第22話 惨劇の始まり2 (残り91名)

 ここは地獄だと、鳴瀬大吉は思った。

 動揺で胸が張り裂けそうに痛い。

 痺れるような感覚が全身を襲っている。

「心菜ちゃん!!」

 それでも、必死に自分の恋人の名前を呼んだ。

「大くん!!」

 人の波の間から、心菜がまろび出てきた。

 この混乱の中で再会できたことを、大吉は奇跡だと思った。

「相川くんが! 相川くんが!!」

 心菜が声にならない悲鳴を上げる。

「ああ、わかってる!」

 大吉も相川の最期を見た。

 行動力があって頼れるアイツは、今も真っ先にスマホで助けを求めようとして、首が捻じれて絶命した。

 友人の唐突な死に、心がついて行かない。


 どうして、こんなことになったのだろう?


 デスゲームに大学のサークルメンバーを誘ったのは、大吉だった。

 理由は下心から。

 自身もYouTuberである大吉は、まったくもって人気が出なかった。

 流行りを研究し、ほとんどパクリみたいな企画もやったが、まったくもって視聴者数は伸びなかった。

 YouTuberなんて誰でも出来る。

 簡単に儲けることができる。

 みんなそんなふうに言ってたし、大吉自身もそう話したことがあった。


 だが、それは嘘だ。

 何も為すことが出来ないクズのルサンチマンだ。

 この世に、「誰にでも簡単に儲けることができる」なんて甘い現実は存在しない。

 ハードルが低ければ、すぐにレッドオーシャンになって、血の海に沈んでいくだけだ。


 長い活動の中で、大吉は一度だけバズったことがあった。

 ちょっとした発言が炎上したのだ。

 炎上したこと自体にも驚いたが、自分に反応する人がこんなにいたことのほうが、大吉には驚きだった。

 いつもは透明なガラスの向こうで話しているかのように誰も反応しないのに、誹謗中傷のときだけ、ボウフラのように大量に湧いて出てくる。

 日本人は他人がどんなに努力しようが頑張ろうが他人事なのに、相手を攻撃するときだけ元気になれる。褒めるのは苦手なのに、貶すのは得意。マイナス評価でしか、物事を測れないのだ。


 いっそのこと、炎上系YouTuberになろうか?

 大吉は本気でそのように考えていた。

 一度、炎上した輩が、しばらくしてわざと炎上するような配信をする理由がよく分かる。

 この国は、真面目に頑張っている者を評価しない。


 しかし、そんな考えを止めたのは、心菜だった。

「鳴瀬くんの配信おもしろいよ。私は好きだなぁ」

 しばらくして、大吉は心菜と付き合うことになった。

 相変わらず、配信は人気がなかったが、それでも幸せだった。


 就職を見据えて、YouTuberを辞めようと思っていた矢先、この企画を知った。

 もしも有名YouTuberと仲良くなって、コラボなんかできたら、一気に有名になれるかもしれない。

 そんな気持ちで、サークルメンバーを誘って参加した。

 だが、大吉は落ちて、心菜が受かった。

 マジで、最悪だ。

 心菜は代わると言ってくれたが、できれば二人で参加したかった。

 そんな大吉を見兼ねてか、サークルメンバーの小山大吾が、参加枠を譲ってくれたのだ。

 幸い応募の段階では写真の提出などはなかったため、偽装は簡単にできた。


 ──だが今は、激しく後悔していた。

 小山と交代したことじゃない。

 こんな企画に、サークルメンバーや心菜を誘ったことをだ。


(俺がなんとかしなくちゃ!!)


 参加者たちは、運動場の端に止めてあった車に群がった。

 運営のライトバンが走り去るのを見た多くの参加者が、これこそが、こんな訳の分からない状況から逃げ出す唯一の手段だと理解した。

「頼む! 乗せてくれ!!」

 大吉は叫ぶが、誰も乗せようとはしてくれない。

 参加者のうち半分は、マイカーではなく、運営が準備した最寄駅からのバスでやって来ている。

 つまり単純計算で、半分はこの場所に取り残されてしまうのだ。

「どうしよう…。大ちゃん」

 心菜の泣きそうな顔。

 なんとしても、俺が助けなければ!!


 目の前から車が突っ込んできた。

「うわっ!」

 心菜を突き飛ばすようにして、大吉は車をかわした。

 我先に逃げようとする車たちが、ほかの車を押し飛ばして、運動場を去っていく。

「せめて、子供だけでも乗せて!!」

 小学生の子供がいる親たちが叫んでいたが、誰も耳を貸そうとしない。

 みんな余裕をなくしていた。


 ガン!!

 

 すぐ近くで音がした。

 運転席に乗り込もうとしていた男が、車にぶつかられた衝撃で、回転する車からまろび出る。

 刹那、大吉は走っていた。

 運転手の手から車の鍵を奪うと、心菜を押し込んで、自分も運席に乗り込んだ。

「あんた、何してんの!!」

 すでに助手席に乗り込んでいた女が叫ぶが、大吉は無視して車を急発進させた。

 その勢いで、心菜が後ろの席に転がった。

「義昭を乗せて!!」

「うるせえ! 黙ってろ!!」

 逃げ出そうとする車がいっぱいで、渋滞が起こっていた。

 大吉はハンドルを切って、抜け道を捜した。


「いい加減にして! 戻って!!」

 女がハンドルに手をかけてくる。

「危ねえだろ!!」

 予想外の力が加わって、それを振りほどこうとして、大吉はハンドル操作を誤った。

 目の前に人の群れがある。

「うわあああああああ!!」

 パニックになった大吉はブレーキを踏んだ。

 いや、違った。

 車が急加速する。

 ブレーキと思って踏んだのは、アクセルだったのだ。


 慌てて本物のブレーキを踏む。

 途端に衝撃が走って、目の前が真っ白になった。

 エアバックだ。

 事故を起こしてしまった

「心菜、無事か!!」

 大吉は慌てて後ろを振り返った。

「う、うん。大丈夫」

 心菜はいつの間にか、シートベルトを締めていた。

こんな状況でも、いつもどおりにきちんとシートベルトを締めているところが、心菜らしいと思った。


「ひぃ!!」

 隣から息を飲む声が聞こえた。

 彼女の視線の先を見る。

 エアバックが萎んでいく向こう側、そこには校舎の壁と車に体を押しつぶされた、ハイジンの姿があった。

「うわあああああああ!!」

 大吉はパニックになりながらも、車をバックさせた。

 そのまま文字通りに逃げ去る。


「うそ。大ちゃん…そんな…」

「俺は悪くない! こいつがハンドルを掴むから!!」

「私が悪いってえの!! 義昭を置いてきたくせに! 地獄に落ちろ!!」

「うるせえ! 次に事故ったら死ぬぞ!!」

 大吉の怒声に、女は感極まったのか、わんわんと泣きだした。

 後ろから、心菜の泣く気配もする。

 

 別のルートを通ったせいか、渋滞に巻き込まれずに、廃村と外を繋ぐトンネルにたどり着いた。

「ほら、もうすぐここを出るぞ。泣くのをやめてくれ!」

 車はトンネルの中に入った。

 オレンジ色の灯が、怪しく周囲を照らす。

 ややあって、トンネルを出た。

 しばらくすると、またトンネルがあった。


 あれ? という疑念を抱く。

 トンネルを抜けた。すぐにまたトンネルが現れる。

「おかしい。こんなにトンネルあったっけ?」

 疑問を口にした途端。

 ガクン、と車が揺れた。

 力が抜けるように、ゆっくりと速度が落ちていく。

「はぁ!? なんだよ、それ! 故障か!!」

 大吉は何度もアクセルを踏むが、車が加速することはない。

 完全に止まってしまった。


 後ろから車が衝突して来たら──。

 大吉はぞっとなる。

 そして、ふと気づいた。


(そういや、ほかの車を全然見ないな)

 何かがおかしいと思った。

「おい、何か変じゃ──、うわああああああああああああ!!」

 大吉は悲鳴をあげて、車が揺れるほどに暴れた。


 助手席の女は、首から上が消えていた。


 大吉は、はっとなる。

 悪い予感が胸を締め付けてくる。

「こ、心菜!!?」

 後部座席の恋人を振り返った。

 ちゃんと顔は残っていた。


 違ったのは、顔だけしか残ってなかった点だ。

 髪の毛が蜘蛛の巣のように伸びて、首だけが宙に浮いていた。


「うわあああああああ!!」

 大吉は車から、ほうほうの体で飛び出した。

 何が何だか分からない。

 ただ、大好きだった心菜が死んでしまったことは、理解できた。

 

 俺のせいなのか? 

 俺が悪いのか?


 涙で視界が歪む。

 後悔で心が押し潰されそうだった。


 ふと、後ろに気配を感じた。

 何者かが、真後ろに立っている気配。

 地面に両膝を突く大吉を、見下ろしている気配。


 どくん、どくん。


 心臓が奇怪な音を鳴らす。

 大吉はゆっくりと、恐る恐る振り返った。


 何もなかった。

 ほっと息を吐く。


 刹那、真上から真っ黒な目と真っ黒な口を開けた女が、大吉の視界を覆ってきた。

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