【閲覧注意】うわぁあああ!!
赤月カケヤ
第1話 伏線 1
なんのために生きているんだろう?
と思うことがある。
居ても居なくて良い存在。
それが目黒圭祐だった。
他人に認知されない存在など、死んでいるのと一緒だ。
どうしてこんな風になったのか、自分でもわからない。
いつの間にか、誰も自分に話しかけてくれなくなった。
自分から話しかけたりしても、自然な態度で無視されてしまう。
昼休みのチャイムが鳴った。
圭祐は教室の窓際の席で、弁当箱を広げる。他の生物の命が詰まった箱。
自分のような無価値な人間を生かすために犠牲になっている。
と、そのときだった。
「よう、一緒に昼飯食おうぜ」
同級生の男子が話しかけてきた。
突然のことで、動揺が言葉を詰まらせる。
「え? あ…」
「いいぜ~」
すぐ後ろから陽気な声が聞こえた。同級生が話しかけてきたのは自分ではなかったのだ。
当然といえば、当然だ。
どうして自分だと勘違いしたのか。
恥ずかしいし、情けない。
異変は午後の授業のときに起こった。
うとうとと幾人かが頭を上下させるなか、圭祐はぼんやりと窓の外を眺めていた。
(ん? なんだ?)
校庭で何かが動いていた。
男だ。
白いノースリーブに麦色の短パン、麦わら帽子を被っている。
顔は見えないが、体系的にはやや太り気味の男性だった。
(おいおい、不審者じゃないだろうな?)
季節は夏。期末テストを終えて、陽キャたちは夏休みに向けてテンションが上がっていく時期。
薄着な恰好は、それだけ見れば異常ではない。
問題はそこが校庭であるという点。
学校の関係者ではあり得ない。かといって、保護者の格好としても、ラフ過ぎる。
じっと麦わら帽子の人物を見ていた圭祐は、気持ち悪さを覚えた。
(何やってんだ)
男はゆっくりと校舎へ向かってきていたが、その歩き方が奇妙だった。
うねうねと、大きく体を動かしながら歩いてくる。
酔っ払いか、とも思ったが、それにしては違和感がある。
エアダンサーのような非人間的な動き。
中身は空っぽの物体が風に煽られて飛んできているようにも思える。
見ていると、何故か奇妙な不安を覚えた。
不安がどんどん大きくなる。
あれはヤバいモノじゃないだろうか?
ぶるりと悪寒が走った。
「じゃあ、この問題を─」
数学の教師が振り返って、こちらを見た。
(あ、やば)
圭祐は慌てて、黒板と教科書に目を走らせた。
少しの間、授業を聞いていなかった。
可能性は低いが、今当てられでもしたら非常に困ってしまう。
「堤と、中村。それと橋本」
教師に当てられた生徒たちが、席を立つ。
どうやら杞憂だったようだ。
その後ろ姿を眺めながら、圭祐は何の気はなしに、もう一度校庭を見た。
麦わら帽の男の姿はなかった。
(え? あれ?)
圭祐は激しく動揺した。
窓のすぐ外はベランダであり、校庭はベランダの手すりの向こう側に見えていた。
なので、男が校舎に近づけば、その姿はベランダの手すりに隠れて見えなくなる。
問題はその移動速度だ。
先ほど男が居た場所は、校庭の真ん中よりも先。
一瞬目を離しただけで、消えてしまえるような距離ではなかったはずだ。
ぞわりとなった。
圭祐の視界にそれが映る。
窓のすぐ外はベランダになっているのだが、その手すりの部分に、あり得ないものがあった。
見間違いか?
圭祐は一瞬で、その思考を打ち消した。
確かに見えている。
それは、誰かの手だった。
誰かがベランダの手すりに掴まっていた。
あり得ない。
ここは三階だぞ!?
圭祐はようやく異常なことが起こっていることを理解した。
いつの間にか、セミの鳴き声が止んでいた。
いや、教師や生徒たちの声も聞こえない。
奇妙な静寂がそこにはあった。
「しゅらしゅしゃしゃらはぁ~」
掠れるような不気味な音が聞こえてきた。
「しゃしゃらしゅらしゃしゃあ~」
違う。これは声だ。
囁くように、小声で呟くものだから、葉が擦れるような音になっているだけだ。
ベランダを掴んでいる手が、もうひとつ増えていた。
次に、むんずと巨大な頭部が飛び出してくる。
不気味な顔だった。
笑っている顔だった。
ぎょろりと見開いた目玉は極度の三白眼で、白目の部分は真っ赤に充血していた。
無理やりに笑顔を作ったかのような口は、耳まで避けていて、武骨な歯が血で濡れていた。
麦わら帽子の下は、おかっぱの髪型で、女性のようにも見える。
「おかえりなさ、いませ~」
怪異の声が、すぐ真横で聞こえた。
「うわあああああああ!!」
圭祐は転げ落ちるような勢いで、席から飛びのいた。
隣の席にぶつかり、筆箱が床に落ちる。
「なんだ? どうした?」
教師が苛立ったように問うた。
生徒たちの視線が、こちらに集まっている。
生徒たちの顔を見回した圭祐は、少しだけ冷静さを取りもどした。
思い出したかのように、窓の外を見る。
怪異の姿はなかった。
「す、すみません」
圭祐は反射的に謝った。
そのせいか、幾分、冷静さを取りもどした。
思い出したかのように、窓の外を見る。
怪異の姿はなかった。
「チッ!」
隣の席の女子生徒が舌打ちした。
そこで圭祐は、自分が彼女の筆箱を落としてしまったことを思い出す。
「筆箱が落ちました~」
「ご、ごめん」
言って拾おうとしたが、それよりも早く、女子生徒が筆箱を拾ってしまった。
まるで圭祐に触れられることを嫌がるかのように、ひったくる感じで。
地味に圭祐の自尊心を傷つけた。
ふと、もう一度ベランダを見た。
やはり怪異の姿はない。
白昼夢を見たのだろうか?
いや、心臓に残る恐怖の余韻が、それを否定している。
不気味な気配が臓腑の底にこびりついていた。
現実だ。
そう思えるほど、強烈に。
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