第40話 デスゲーム3日目 5(残り48名)

 友枝姫路(ギャル)にとって、阿久津未来(ギャル)は憧れの存在であった。

 可愛くてオシャレでキラキラしていて、頭の回転も速い。

 確かに私らギャルは勉強が苦手で、未来もその例に漏れずテストの成績は悪いし、常識を知らなくてよく馬鹿にされたりもする。

 でも姫路は、未来が会社の社長になったり、芸能界で有名になったとしても、さほど驚かないだろう。

 なんというか、未来にはそんなテストや知識の多さでは推し量れない「頭の良さ」を感じていた。


 姫路がデスゲーム企画のことを知ったのは、知り合いのチャラ男から動画を見せられたからだ。

 その場に未来も居た。

 それから数日後、ヒガン髑髏の使者がやってきて、世にも恐ろしい経験をした。


「あ、私のとこにも来たよ」

 あっけらかんと未来は答えた。

「怖くなかったの?」

「めっちゃ怖かった! おしっこちびりそうになった!」

 その言い方に姫路は大笑いする。

「でも、才能がもらえるなら、有りかなって思ってる」

 急に真剣になる横顔。

 綺麗だな、と思った。

「未来は、なんの才能がほしいん?」

 姫路にとっての未来は完璧な人間だ。これ以上、何を望むのだろう?


「う~ん。『子育ての才能』?」

「え!? 未来って子供いたんだ!!」

 姫路は驚いた。いつの間に未来は子供を産んでいたんだろう?

「うんなわけあるか!」

 未来が軽くチョップを食らわせてくる。

「ずっと一緒にいたんだから分かんでしょ! …将来のためにだよ。子供欲しいし。でも、私に子育ての才能がなかったら可哀想じゃん。私は別に欲しい才能はないけど、子供は違うかも、でしょ?」

 さすがだな、と姫路は感心した。

 自分のためだけに才能がほしいと考えていた姫路は、自分の視野の狭さを恥ずかしく思った。


 同じく使者がやってきた山下朋子(ギャル)と武藤葵(ギャル)のふたりを誘って、4人で応募した。

 男も誘う? って話になったけど、未来がそれを拒否した。

「男なんかに頼らずに、ウチらだけでやらない?」

 みんな一度は男に嫌な思いをさせられた経験があるので、すぐに得心がいった。

「いざってなったら絶対役に立たないよね?」

「ヤルことばっかしか考えてないからウゼえし」

「確かにゲームの間、迫られるとか面倒」

 みんなでキャッキャと悪口を言って、盛り上がった。


 だけど、このときは、こんな悲惨なゲームになるなんて思っていなかった。

 未来がいなければ、とっくの昔に心が折れていただろう。

 未来はやっぱり凄いなと思った。

 いつの間にか、集団をまとめあげたリーダー集団。

 頭が良くて凄い人たちの集まりに、未来は臆することもなく、自分の意見をぶつけていく。

 私だったら馬鹿にされるのが嫌で、ちゃんと言える自信もなくて、黙っているだけだったけど、未来は馬鹿にされても、黙り込むことはなかった。

 むしろ未来は、私たちの意見を代弁してくれているのではないか、とすら思えてる。

 

 頭の良い人たちはどんどん話を進めてくれるし、間違っているとは思わないけど、それでも私は全然話についていけなかったりする。

 疑問を抱くこともあった。

 さっきもそうだ。

 ババ抜きをするくらいなら、ジャンケンのほうが良い。そう思っていた。

 そしたら未来が、私の意見を代弁してくれた。

 意見は却下されたけど、私が納得する理由と時間をくれた。

 やっぱり未来は凄いなと思う。


 そんな未来が今は、苦しげな表情をしている。

 目の前には、松田親子の姿。

 ゲームで負けた松田加奈代(小学生の母)は、呪蓋の外へ行けるかどうか、命を懸けて検証する。

 最期になるかもしれない息子との時間を、抱き締めながら肌に刻んでいた。


「誰か代わってあげればいいのに…」

 私は思わず呟いていた。

「うん。そうだね。だけど、言っちゃ駄目」

 未来が松田親子から目を離すことなく答える。

「だって、私らも代われないでしょ? 自分が出来ないことを誰かに頼ったら駄目だ」

 少しだけ胸が痛んだ。

 どうして自分はこんなに愚かなんだろう?

「心の中でお祈りしよ。まだ駄目だって決まったわけじゃない。無事に帰れるかもしれない」


 やがて意を決した加奈代が立ち上がった。

 彼女を先頭に、前にトンネルに向かったときのように、縦長の集団を作って彼女の後に続いた。

 トンネルの出口付近。

 車が停車する最前列のあたりに、押し潰されて絶命した男性の死体がある。

 おそらくそこが、呪蓋の境界線だ。


 加奈代がそこへ到達する。

 一度だけこちらを振り返って、息子の龍也(小学生)に「心配しないで」と語りかけるように、落ち着いた表情で頷いてみせた。

 そのまま境界を越えた。


 何も起こらなかった。


 みんなの祈りが届いたのかもしれない。

 加奈代は感極まった表情で、再び後ろを向くと、もう一度頷いてから、さらに歩を進めた。

 1歩、2歩…。

 やはり何も起こらない。

 そのまま加奈代は、トンネルの外へ出た。


 歓声が上がる。

 みんなの胸に希望が舞い降りる。

 悍ましい呪いは終わったのだ。家に、帰れる!!


 トンネルの外で太陽の陽を浴びる加奈代は、両手で大きな丸を作った。

 大丈夫のサイン。

 自然とみんなの足が早まる。

 出口へ向かって、人の列が動きはじめる。


 姫路はふと、未来の姿がないことに気づいた。

 後ろを振り返る。

 未来は一歩も動いていなかった。

 どうして外に出ようとしないのだろう?

 もしかして未来は、ここに残るつもりなのだろうか?

 

 そのときだ。


「龍也! 待って!! 止まれ!! 変だよ!!」

 子供の叫び声が聞こえた。

 集団の先頭を龍也が走っている。

 早く母親に会いたいのだろう。

 梅宮清明(小学生)の声も届いていないようだった。

 彼の足は止まらない。


「龍也! 止まれって!!」


 刹那、龍也の体が横に吹き飛ばされた。

「ひっ!!」

 私の口から小さな悲鳴が漏れる。

 もしかして、呪いで殺された!?


 だがすぐに、そうでないことに気づく。

 龍也のすぐ後ろを走っていた白川哲也(マッチョ)が、タックルして龍也の動きを止めたのだ。

 そこはぎりぎり、境界の手前だった。

「何すんだよ!!」

 龍也が叫ぶ。

「よく見てよ! 何か変だよ!!」

 

 清明の言葉を聞いて、姫路もじっと加奈代を見た。

 両手で大きな円を作って微笑む加奈代の姿。

 変なところはどこにもない。

「ひっいいい!?」

「うわぁああああ!!」

 周囲から悲鳴とざわめきが起こる。

 え!? と思った。

 何が変なのだろう?

 特に違和感はない。ポーズも普通だ。天井に届くほどの大きな円は、脱出できた喜びだろう。

 …天井に届くほど?


 ぞわりと背筋が凍る。

 どうしてすぐに気づかなかったのか?

 普通の人間のサイズで手がトンネルの天井まで届くはずがない。

 加奈代は伸びていた。

 人の姿のまま、人ではない何かに変貌していた。


 大きな円を作っていた加奈代の腕が、だらりと下げられる。

 両手を地面についたその姿は、巨大な足長蜘蛛に思えた。

「ウケケケケケケケケ!!!」

 奇妙な声を発して、もとは加奈代だったそれは、もの凄いスピードで国道の向こう側へと消えていった。

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