第19話 向井慎太郎

 向井慎太郎は、陰キャの人生を歩んできた。

 大人しくて真面目な彼は、まるでそれが運命の如く、イジメの対象となっていた。

 女子の前で裸にされる。

 虫を無理やり食わされる。

 お金を奪われサンドバックにされる。

 いまどき漫画でもやらないようなイジメを実際に受けていた。


 向井は学校へ行かなくなった。

 だが、担任の教師は、向井を無理やりに学校に連れて行こうとした。

 それが、お前の為なんだ、と。

 結果、向井は精神に異常をきたし、いつの間にか、この世あらざるモノの姿を見ることができるようになっていた。

 最初は恐怖しかなかった。

 どうして自分がこんな目に? と嘆いていた。


 けれども、すぐに気づく。

 彼または彼女らは、自分に何も危害を加えない。

 ただ恐怖と不安を与えてくるだけ…。

 ならば、いじめっ子よりはマシだ。


 やがて向井は、自分には特別な力──霊能力があることを理解した。

 最下層の人間にとって、特別な力ほど、自分を奮い立たせるものはない。

 向井は霊能力を極めたいと思った。

 学校に行っていない彼には、有限だが無限の時間があった。

 みなが青春に費やす時間を、オカルト関係の勉強に捧げた。

 いや、これこそが、向井の青春だった。


 気が付けば、オカルト版ではちょっとした有名人になっていた。

トラブルを避け、自分にとって気持ちいい居場所を作る目的で、オカルト系のコミュニティを立ち上げたりもした。

 陰キャの自分が有名人になって、サイトの管理人にもなる。

 自信を取り戻した向井は、性格も前向きになり、オフ会などにも堂々と参加できるようになっていた。


 そこで、雛原乙希と出会った。


 目を見張るような美少女。

 自分とは住む世界が違う存在。

 そう思っていた。

 最初のうちは──。


「私にも見えるんです」

 彼女は自分と同じ霊感持ちだったのだ。

 向井は乙希に夢中になった。

 だがそれは、恋心とは、ちょっと別の感情だった。

 恋愛経験もなく、女の子にもキモがられていた彼は、女子に対して透明な壁を作っていた。

 心の奥底に染みこんだ苦手意識は、恋愛という感情を凍らせていたのだ。

 

 たとえるのなら、乙希は向井にとって推しのアイドルで、気の合う姪っ子のような感じだった。

 だから、頼られるのは嬉しかった。

 今回のデスゲームの件も、目黒圭祐のときも、自分を一番に頼ってくれて、向井は本当に嬉しかった。

 乙希のためなら何でもしようと心に誓った。


 だが──。


 ******


「まさか、雛原さんが!?」

「落ち着け、目黒くん! そんなはずはない!!」

 向井は叫んでいた。

 まるで自分に言い聞かせるように。

 あんな可憐で、映画のヒロインのような乙希が、こんな初日に命を落とすはずがない。

 

「でも!!」

 今にもテントを飛び出そうとする圭祐を、向井は必死に止めた。

「今は呪蓋が降りている。君の姿はおそらく多くの人に見えるだろう! 乙希の様子は僕が見てくるから!」

「じゃあ、向井さんに憑りつかせてください!」

「僕とは無理だっただろ!? 残念だけど、僕とは相性が悪い! とにかく僕の邪魔をしないでくれ!!」


 叫んでから、向井はテントを飛び出した。

 乙希のテントが近づくにつれて、人の数が多くなっている。

「どけ!!」

 向井は人垣を割って、前にまろび出た。

 入口が開け広げられたテントの中。


 そこには、雛原乙希の死体があった。

 両目と口は半分開かれ、魂が抜け落ちた肉の塊。


 向井はその現実を受け止めるのに、長い時間を要した。

「なんだよ、それ……。こんなの意味がないじゃないか…。うわぁああああ!!」

 

「ちょっと待て!」

 乙希の遺体に泣き縋ろうとした向井の体を、何者が止めた。

「何すんだよ! 離せよ!!」

「おっさん、落ち着けよ!」

 乱暴な言葉と共に、向井を投げ飛ばす。

 そこには、如何にもガラの悪そうな金髪の青年が立っていた。

 名前は確か、篠田武光と言ったはず。


「なんで邪魔すんだよ! 君には関係ないだろ!!」

「証拠が消えるかもしんねえだろ?」

「証拠?」

 向井には言われた意味がわからなかった。

「こいつは何で死んだんだ?」

「そんなの呪いのせいに決まってんだろ!!」

 向井の叫びに、数人が「ひっ!」という悲鳴をあげた。


「だとしたら、なんで呪い殺されたんだよ?」

 向井は言葉に詰まった。

 竹林の言うとおりだ。

「おそらくは…条件を踏んだんだと思う」

「その条件ってのは?」

「そ、そんなの知るかよ!」


「ちょっと待てよ」

 割って入ってきたのは、髭面でひっつめ髪の男性、天元健三郎だった。

「なんで呪いのせいだって思うんだ? 俺はそっちの金髪の兄ちゃんと同じ意見だ。彼女は殺されたんじゃないのか?」

「殺…された?」

 向井は自分の耳を疑った。

「向井さん、私もそう思います。だって、さっきウイスパーが現れて『贄が捧げられた』って。呪蓋が降りたのって、それが原因なんじゃ? だとしたら、雛原さんはその前に亡くなったんですよ!」

 岡森麗奈(オカメン)も、賛同してきた。


 その発言をきっかけに、周囲でざわざわと議論がはじまる。

 あの幽霊はなんだったのか?

 呪蓋とは何か?

 人殺しが混じってるのか?


 ──人殺し?


 その単語が耳に入った瞬間、向井はある予感に狩られた。

「H乳牛だ! あいつはどこにいる!! あいつがきっと──」

 向井の科白は、最期まで続かなかった。


「おい、大変だ!!」

 別の声が割って入ってきたからだ。


「向こうでも人が死んでるって!! H乳牛が死んでいるらしい!!」

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