第20話 梅宮清明
小学校最後の夏休み。
梅宮清明は、最初はデスゲームに参加するつもりはなかった。
物心ついた頃から一緒に遊ぶ仲良し4人組。
運動神経が抜群でサッカーが得意な、松田龍也。
ひょうきんで良く先生に叱られる、末次宏樹。
紅一点で最近急に大人びてきた、佐土原麻衣
そして、何の取り柄もない、清明の4人。
小6の春に、その関係が大きく変わった。
麻衣が引っ越すことになったのだ。
そして、それを知った龍也が、清明にこう告げてきた。
「悪い、清明。俺、麻衣に告白しようと思う」
*******
「H乳牛が肝試しのイベントやるんだって! みんなで参加しようぜ!」
いつも通り公園に集まると、宏樹が興奮気味に切り出してきた。
「え~、肝試しは嫌かなぁ」
麻衣が露骨に嫌そうな顔をする。
「何言ってんだよ! 佐土原は中学になったら引っ越すんだろ? 夏休みはみんなでどっか行こうって約束したじゃん!」
「肝試しは約束してないよぉ」
「ヒロ。嫌がってんだから諦めろって」
龍也が諭すように言った。
「賞金も出るんだぜ。絶対に楽しいって!」
「賞金? なんで?」
清明の疑問に、宏樹は企画の内容を説明するが、少し引っかかる部分があった。
「それだと、たぶん全員は参加できなんじゃない?」
「え? そうなの?」
「清明の言うとおりだと思うぜ。麻衣、スマホ持ってるだろ? ちょっと調べてみ?」
小学生でもスマホを持っている子は多い。
特に女子は、親が心配して、位置がわかるアプリの入ったスマホを持たせたりするのだ。
4人でシュンケルの配信動画を見る。
「やっぱり100名限定って言ってるじゃん」
「うげぇ! マジかよ!! 最悪…」
宏樹が大袈裟に項垂れた。
そうしている間にも動画は流れ続け、「今からデスゲームに持っていく呪いの品、呪憑物を紹介します」という声が聞こえた。
だけど、誰も動画を止めようとしなかった。
「え? 見るの?」
麻衣が不安そうに言う。
「ちょっとだけだよ」
「おもしろそうじゃん!」
龍也と宏樹が興味津々といった感じで答えた。
「怖くないなら教えて」
麻衣は画面を見ないように顔を逸らすも、興味はあるようだった。
怖いけど見たい、という矛盾した心理。
見たら後悔すると分かっているのに、好奇心のほうが勝ってしまう瞬間。
「うぉ~、すげえ」
「こえ~な、これ」
呪いの人形だとか、指のミイラだとか、血の跡がある手紙とか、見るだけで、ぞわぞわするような不気味な呪いの品が紹介されていく。
怖がって見ないようにしていた麻衣も、いつの間にか、動画に張り付いていた。
異変を覚えたのは、ヒガン髑髏と呼ばれる呪憑物を見たときだ。
今までに感じたことのないような寒気と恐怖を覚えた。
嫌だ! 怖い!
そう清明は叫んでいた。
そんな清明の反応に、麻衣は泣きだしてしまい、宏樹も動画を閉じた。
だが、本当の恐怖は、その数日後の夜にやってきた。
清明は夜中にトイレに行きたくなって、目を醒ました。
用を足して、洗面所で手を洗う。
急にキ~ンという耳鳴りが聞こえた。
途端に、肌が痛いぐらいに粟立ち、体が動かなくなった。
背後に何かいた。
鏡にそれが映る。
真っ黒な影。女性のように見える。
角度的に、口元から上の部分は見えない。
そこがぽっかりと欠落していることは、デスゲームの初日に初めて知った。
翌日、龍也たちにその話をした。
幽霊は見たのは清明だけだった。
「兄貴に調べてもらおう。今日は家に居るし」
龍也には年の離れた大学生の兄がいた。
「それって、ヒガン髑髏のウイスパーじゃねえかな?」
龍也の兄はパソコンを操作しながら言った。
「オカルト系のSNSでも話題になってる。なんでも、7日間逃げ出さずにいたら、好きな才能をなんでもくれるらしい」
「マジで!? だったら俺、お笑い芸人の才能がほしい! テレビに出まくって、大金持ちになりたい!」
宏樹が両手に拳を作って言った。
「俺はサッカーの才能がほしいな。ワールドカップで活躍したい。清明は?」
「え? 僕? 僕はゲームクリエイターになりたいかな? …佐土原は?」
「私は別にいい。特になりたいのも無いし」
「本気にすんなって。こんなのはデマに決まってる」
龍也の兄が呆れたように言った。
「こいつらは、こういうデマで盛り上がる生き物なんだよ」
龍也の家を後にして、清明たちは公園に集まった。龍也も一緒についてきた。
「俺、参加しようかな」
「マジで! おっしゃ!」
龍也の科白に、宏樹がジャンプして喜んだ。
「おまえらはどうすんだ?」
龍也に問われて、清明と麻衣は顔を見合わせた。
「私はちょっと…」
「清明は?」
すぐに否定が出来なかった。
自分には何の取り柄もない。
清明はすでにその事実を理解していた。
この先、苦労ばかりで何も良いことはないだろう。
ゲームが好きだからゲームクリエイターになりたいけど、たぶん、ずっと消費する側だ。
清明にはそんな予感があった。
出来ることなら、才能が欲しい。
「さっき見たら、まだ応募枠は空いていた。一緒に参加できるかもしれない」
意外にも、あまり参加者は多くないらしい。
何か理由があるのだろうか?
「でも、子供たちだけじゃ参加できないよ。親も一緒になると思う」
「そっか、そうだよね」
清明の科白に、麻衣も同意してきた。
「じゃあ、運試しだな。親も含めて、全員が受かったら参加しよう。そうじゃなければ、きっぱりと諦める。どうだ?」
龍也はよくこんな考えをした。
大事な何かをする前に、自分の運を試すかのような…。
─俺は、麻衣に告白する。
たぶん、夏休みの間に、龍也は麻衣に想いを告げるだろう。
女子に人気の龍也。
いつも一緒にいた麻衣は、龍也のことをどう思っているだろう?
もしも、応募して落ちたのなら、龍也は麻衣への告白を諦めるんじゃないだろうか?
清明は、そんなふうに思った。
馬鹿な考えだった。
「じゃあ、僕も親を説得してみるよ」
「おし! さすがは清明!」
「え!? 清明くんも参加するの?」
麻衣は少し迷ったような表情のあと、覚悟を決めたような顔で言った。
「みんなが行くなら、私も行くかも…」
そして、全員が参加できてしまった。
それは、どれほどの確率だろう?
あるいは想像よりも応募者が少なかったのか?
または何者かの意志が介入した結果なのか?
デスゲームは不安だったが、実際に参加したら、想像以上に楽しかった。
廃村はそれほど怖くないし、H乳牛に会えてテンションは跳ね上がったし、ホラー体験付きの自己紹介は面白かったし、その後のカレー作りも最高だった。
だが、清明はずっと、とある違和感を覚えていた。
それが確信できたのは、夕食のときだった。
龍也、宏樹、麻衣を集めて、その話をした。
「H乳牛が偽物だって!?」
清明はコクンと頷いた。
「初めから声が少し違うなって思ってたし…」
「そうか? あんな感じじゃなかったか?」
宏樹は一番のH乳牛ファンだったが、声の違いには気づいてないようだった。
「今日のH乳牛は手のひらにホクロがあった。でも、前に見たときはなかったと思う」
「え? 別人?」
まずは親たちに、このことを相談した。
清明の親たちも仲が良く、コーヒーを片手に雑談に興じていた。
「うん。今日来ているH乳牛は偽物だと思う」
親たちは互いに顔を見合わせ、くすりと笑った。
「まぁ、そういう事もあるんじゃない?」
清明の母親である愛が、なんでもないことのように言った。
「大問題じゃん!」
宏樹が大袈裟に抗議する。
「そんなことないわよ。子供にはまだわからないかなぁ~」
宏樹の母親がからかうように言う。
「みなさん、こんばんは」
金髪のイケメン、真壁浩人がやってきた。
宿泊を親と一緒にできるよう主張してくれたこともあり、真壁とは仲良くなっていた。
「あら、どうしたんですか?」
龍也の母親が、はしゃいだように立ち上がった。
子供の目にも、イケメン好き好きオーラが見えている。
「星を見る約束をしてたんですよ。22時までには、責任をもって帰しますから」
「星、いいですよね~」
宏樹の母親も、興奮気味に会話に参加してきた。
「…汚らわしい」
「…右に同意」
龍也と宏樹がぶすっとした顔で呟いた。
「H乳牛が偽物…ですか?」
清明たちは真壁にも同じ話をした。
「でも、お母さんたちは『なんでもない』って…。絶対おかしいのに」
「たぶん、こういう考えなんだと思います」
動画といえど、長く続けていれば病気になったり、何かトラブルになったりして配信できない日もある。
いざというときのため、代役を準備していたのだろう。
「大人ってずりい。だったら俺は、誰を応援してたんだよ」
宏樹は不満そうだった。
「あるいは、元から数人でH乳牛を運営していたのかもしれません。そしたら全員が本物ですよ」
「うん。それに、僕が覚えていたのが偽物だった可能性もあるわけだし」
「おっ、清明くん。いい考えです。ポジティブは大事ですよ」
真壁に褒められて、清明は少しだけ嬉しくなった。
「ま、それもそうだな。H乳牛の一番のファンである俺が気づかなかったんだ。たぶん、今日のが本物だぜ」
お調子者の宏樹は、すぐに元気を取り戻した。
「そういえば、最近、ミステリ小説にハマってるんだけど、顔を隠す場合って、大抵、入れ替わりトリックなんだよ」
「…麻衣。ネタバレすんなよ」
龍也が不満そうに言った。
「え? ごめん。みんなはミステリ小説読まないかと思って…」
「まあ、読まないけど」
「俺も読まんな」
「僕も…」
「だったら良いじゃん!」
麻衣が声をあらげた。
その反応がおもしろくて、みんなで笑った。
それからしばらく、真壁に星座のことを教えてもらいながら、満天の星空に目を奪われた。
「あ、そうそう」
清明たちを宿泊ポイントへ送り届ける途中、真壁が思い出したかのように言った。
「H乳牛が偽物だって話は、もう誰にも言わないほうが良いと思います」
「え? なんでだよ?」
「真相を知って宏樹くんみたいにショックを受ける人もいるでしょう」
納得できる考えだった。
確かに、とみんなで頷いた。
「それに、麻衣さん。麻衣さんが読む推理小説で、主人公以外が被害者の入れ替わりに気づいた場合、大抵どうなりますか?」
「ええと、殺されます」
「「こわ!!」」
龍也と宏樹の声がハモった。
「だから──絶対に言わないように」
(え?)
清明はなぜか、違和感を覚えた。
いつも優しい態度の真壁。
けれども今一瞬、少しだけ、怖いと思った。
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