第26話 デスゲーム2日目 (残り91名)

 野木智美(オカメン)は、目黒圭祐(幽霊)の提案を断った。

 本人は大丈夫だと言ったが、やはり頭の中を覗かれてしまうのではないか、という不安が付きまとってしまったのだ。

 あの事実を知れば、彼はきっと自分を許さないだろう。

 そうでなくとも、これから起こることを考えると、「幽霊付き」は、それだけで疑われてしまう。リスクしかなかった。


 圭祐は「わかりました」とだけ告げて、掻き消えるように気配を消した。

 智美はぎょっとした。

 魂魄のある幽霊は、生前の意識が強く、一般的な幽霊のイメージである、壁のすり抜けや宙に浮いたりが出来ない。圭祐もそうだと言っていた。

 だが、今の圭祐は、まるで本物の幽霊のように、姿をかき消してしまったのだ。

 呪蓋の影響だろうか?

 常に霊の気配を感じているため、圭祐個人をうまく認識できないのかもしれない。

 あるいは、圭祐の呪いの部分が強まり、怨霊と化してきているのだろうか?

 

「では、9時になったので、みんなで出発しましょうか?」

 真壁浩人(イケメン)の科白で、みんなが重い腰を上げて立ち上がった。

 朝の9時まで待ったのには、三つの意味がある。


 ひとつは朝食を取るため。けれど、ほとんどの人は何も口にしなかった。

 もうひとつは、警察が来るのを待っていたから。

 もしも昨日、外に向かった人たちが無事だったなら、少なくとも9時までには警察が来るだろうという想定。しかし、警察は来なかった。


 最後は、単に揉めたからだ。

 ここに残りたい人と、全員で行くべきと考える人との間で、議論が起こったのだ。

 残りたいと言った人の主張は、主に「全滅の危険がある」だった。

 女子供を残すべきという、古臭いけど、智美にとっては有利な提案も出た。

 けれども最終的には却下された。

 忽那来夏(ヒステリック)の主張が重視されたからだ。


「この状況で残るほうを選ぶって、実は黒幕でしたって自白してるようなもんじゃない!? 私たちが離れた途端、呪憑物を使って、呪い殺してくるかもよ!!」

 酷い言い掛かりだったが、不安と疑念を抱かせるには十分だった。

 特に事情を知らなかった人たちは、「騙された」という気持ちが強い。


 呪蓋の範囲については、ずっと議論がなされていた。

 運営の資料から呪憑物の設置場所を地図上で確認し、おおよそ廃村と外を繋ぐトンネルあたりが境界だと目星をつけた。

 全員で行くといっても、もしものため、縦に長い隊列を組んだ。

 当然、先頭ほど命のリスクがある。

 そして何故か智美は、先頭のほうにいた。

 本来ならば、如月葉月(霊能者)が適任のはずなのだが、「私に何かあったら詰むよ」の一言で見送りになった。

 同じ理屈で、実質リーダーとなっている真壁も、後方へ追いやられた。

 先頭は一番の不信感を持たれているシュンケル(Youtuber)。

 次に霊感の強い、智美を含むオカルトコミュニティのメンバーが選出され、天元健三郎(髭)を中心とした男性集団が、先頭グループを率いていた。


「おい、なんだよ、あれ?」

 シュンケルの動揺した声が届く。

 トンネルの中には、何台もの車が、整列して止まっていた。

「おい、シュンケルだっけ? 車の中を覗いて来い」

「馬鹿か! この髭ジジイ! どう見てもヤバいだろ!!」

「…まだ、大丈夫だと思います。嫌な感じはしない」

 向井が答える。

 シュンケルは半泣きになりながら拒否していたが、やがて諦めたように、トンネルの中の車に近づいていった。

 そして中を覗く。


「うぐぅううううううううう!!」 

 途端に口元を押さえ、トンネルの外の草むらに嘔吐する。

「し、死んでるよ! くそっ!! みんな死んでる!!」

「嘘言うな! 全部はまだ見てないだろ!!」

 叫んだのは、須賀義昭(フリーター)だった。

 恋人がこの中にいるかもしれない。

 そう思うからこそ出た、否定の言葉だろう。

 恋人の乗る車を捜すため、須賀はみなの制止の声も聞かず、トンネルの奥へと走っていく。

「ちぃ!! おい、待て!!」

 健三郎たちも彼の後を追った。


 智美は口元を押さえながら、前に進んだ。

 綺麗に並べられた車。その中には、確認するまでもなく死んだと理解できるほど破壊された死体の数々が座っていた。

「奏!! どこだ! 奏!!?」

 須賀はずんずんと前に進んでいく。

 彼は自分の車を見つければ良いのだ。立ち止まって、中を確認する必要がない。

 智美はちらりと後ろを見た。

 トンネルの入り口で、後続の集団は止まっていた。

 リスクを避けてのことだろう。

(ヤバいんじゃないの!? このまま進んでいいの!?)

 

 智美の霊感は危険を察知していなかった。

 呪蓋のせいか、感覚が鈍くなっている。


 ──危ない! 止まれ!!


 刹那、誰かの声が聞こえた。

 智美は何が起こったか理解する前に叫んでいた。

「危ない!! 止まってください!!」

「止まれ!!」

 健三郎も制止の声を叫ぶ。

 先頭集団は止まったが、須賀は止まらない。


「須賀ぁあああ!! 戻れ、須賀ぁあああああ!!」

 そのときだ。

 健三郎の声が届いたのか、須賀が動きを止めた。

 

 いや、違った。

 須賀はすぐ隣の車を呆然と見て、誘われるようにフラフラと中を覗いた。

 あは

 あはははははは

 あははははははははははは


 狂ったように笑い出し、最期にこっちを見て、気味の悪い満面の笑みで言った。

「まいります」

 グシャ!!

 

 須賀は真上から目に見えない何かに押し潰されて死んだ。

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