第27話 猿夢 (残り53名)
「これからどうすんだよ! おい!!」
苛立たし気に叫んだのは篠田武光(金髪)だ。
声が大きく気性も荒いため、野木智美(オカメン)は苦手意識を持っていた。
一同は再び、運動場へ戻って来ていた。
この廃村から外に出ることはできない。
それが今の共通認識。
トンネル以外から、外に出ることはできないか?
そんな意見もあったが、試すには人の命がひとつ必要だった。
「7日間経てば、このヒガン髑髏の試練は終わるんですよね?」
真壁浩人(イケメン)が念押しするように、向井慎太郎(オカメン)たちに尋ねた。
「悪いけど、僕もヒガン髑髏を経験したわけじゃないんだ。確実ってことは言えない」
「そう…ですよね」
真壁は少し考えるような仕草をしたあと、こう提案した。
「このまま7日、ここで過ごしましょう」
「はぁ!? 馬鹿なの!? 7人しか願いは叶わないのよ!?」
真っ先に抗議したのは忽那来夏(ヒステリック)だ。
「その情報に確証はないんだろ? 俺は賛成だぜ。食料もぎりぎりだが、なんとかなりそうだしな」
反論したのは篠田。
ちなみに食事については、最初に3日分を買いだめしてあって、途中で1回補充するスケジュールとなっていた。
人数が半分になったこともあり、消費期限を気にしなければ、量的には足りるのだ。
「だから嘘じゃないのよ!」
「嘘だとは言ってません。でも忽那さん、向井さんたちの情報と忽那さんの情報で共通しているのは、7日で終了する点です。下手に動くと命の危険がある以上、何もしないのが得策かと」
真壁が優しく諭すように言う。
良く通る綺麗な声で、耳に心地良い低音。しかもイケメンのルックスでそんなふうに言われたら、大抵の女子は何も言えなくなるだろう。
来夏も例外ではなかった。
「はいはい! 私も賛成! ってかさ、普通7日も帰ってこなかったら、心配して警察が来るよね!? 私天才じゃない!?」
場違いにテンションの高い声を出したのは、阿久津未来(ギャル)だった。
「いや、馬鹿だろ」
篠田が吐き捨てるように言う。
「はぁ!? なんでよ? あんた友達いないの?」
「あのな、嬢ちゃん。俺たちは自分の意志で7日のデスゲーム企画に参加してんだ。7日間は誰も心配しねえよ」
健三郎が呆れたように補足した。
「あ、そうじゃん! おっさん、頭いいんだね」
「へいへい」
「でも、阿久津さんが意見を言ってくれて嬉しいです」真壁が微笑みながら言った。「本来は僕たちだけですべてを決めていくべきじゃない。ただ、意見を言いづらい空気もあるとは思うで、阿久津さんみたいに考えを言っていただけると、みんなも発現しやすいと思います」
「え? そう…。なんか馬鹿なこと言いそうで恥ずかしいけど…」
明るく振る舞っていたが、内心では恥ずかしく思っていたらしい。未来は嬉しそうに応えた。
昼の時間は穏やかに過ぎた。
呪蓋が降りた状態では、常に何かが出そうな異様な気配を感じているが、誰かと一緒ならば気にならないくらいには慣れてきていた。
「目黒圭祐くん、だよね? いる?」
智美は一度、圭祐(幽霊)に呼び掛けた。
トンネルで注意を促してくれた声は、確かに圭祐の声だった。
どういう経緯であの場所にいたかは不明だが、彼の今の居場所を知りたいと思った。
しかし、圭祐からは何の反応もなかった。
夕食を終え、智美はオカルトコミュニティの輪の隅に入って、みんなの話に耳を傾けていた。
興味があるわけじゃない。他にやることがなく暇なのだ。
リーダー集団は廃校の中で、死体の処理をどうするかの話し合いをしているらしい。
そうこうするうちに夜も更けて来て、各自がシュラフに入った。
廃校の床に寝る人、入り口近くの運動場にテントを張ってその中で寝る人、様々だった。
テントで寝る人も一人では寝ず、誰かと一緒に使用した。
智美も今日はテントのほうだ。
もう肝試しのイベントは終わったのだ。わざわざ一人で寝る必要もない。
異変は夢の中で起こった。
ガタン、ゴトン。
電車の音がしていた。
いつのまに電車に乗ったのだろう?
薄暗い車内。どこか現実離れした感覚。
窓の外は暗く、まるで地下鉄に乗っているかのようだった。
ああ、夢だな。と智美は理解した。
電車には自分以外に、2人の乗客が乗っていた。
同じオカルトコミュニティのメンバーで、建抜和文と中村彩芽だった。
現実世界の彩芽は、同じテントの中、自分の横で眠っているはずだ。
二人とも電車に揺られているだけで動こうともせず、まるで人形のようだった。
智美は、ふと、何かの音を聞いたような気がした。
遠くから、金属の音が聞こえてくる。
だんだんと大きくなる音。シンバルだ。シンバルの音が近づいてくる。
智美は言いようのない不安を覚えた。
このままここにいては、何か恐ろしいことが起こる気配。
ふと、電車内に外から灯が差し込んだ。
走っている窓の外から途切れ途切れに、灯が車内を照らす。
智美は息を呑んだ。
どうしてすぐに気づかなかったのか?
車内には、猿のポスターが大量に貼られていた。
シンバルを持った、ギョロ目の猿のポスターだ。
「次は~、活け造り、活け造り~です」
突如、アナウンスが鳴った。
(ひぃいいいいいいい!!)
智美は悲鳴をあげた。でも、声は出なかった。
(うそうそうそうそうそうそ!!??)
オカルトコミュニティに所属しているなら、誰もが知っている有名な都市伝説。
もちろん智美も知っていた。
これは、──猿夢だ!!
いつの間にか、彩芽の周囲に、猿のような奇怪な生き物が集まっていた。
手には、日本包丁を持っている。
次の瞬間、猿たちは彩芽を包丁でめった刺しにした。
「ぎゃああああああああああああ!!!!」
彩芽の悲痛な声が車内に響き渡る。逃げたいのに体が動かない。
(早く目が覚めろ!早く目が覚めろ!)
智美は目を閉じて必死に念じたが、一向に夢から覚める気配がない。
涙が出てくる。
どうすれば、この悪夢から逃れられる?
都市伝説の猿夢だと、殺される直前に目が覚めるというが、本当に自分は目を醒ますことができるのだろうか?
目を開ける。
いつの間にか、猿たちは消えていた。
奥には彩芽の無惨な「活け造り」が転がっていた。
順番的に、次は建抜が無惨に殺されてしまうはずだ。
「次は~」
再びアナウンスが流れる。
智美は生きた心地がしなかった。
恐る恐る建抜のほうを見る。
猿の化物はまだ現れていなかった。
いや、それ以前に、アナウンスの続きが流れてこない。
智美は何の気もなく、周囲を見回した。
すぐ横に猿の顔があった。
「おまえだぁああああ!!」
「きゃああああああああ!!!」
智美は悲鳴とともに飛び起きた。
あまりの恐ろしい経験に、目が覚めた後も、心臓が激しく脈を打っていた。
まるで水をかけられたように、全身が汗でびっしょりとなっている。
荒い呼吸をなんとか落ち着けた。
そして、隣で眠る彩芽に視線を送る。
自分の悲鳴で起こしてしまったのではないか?
しかし、彩芽はぐっすりと熟睡しているようだった。
微動だにしない。
──微動だに?
智美の中に、言いようのない不安が去来する。
まさか? という思いは、目の奥が熱くなっていく感覚の前では無意味だった。
智美はテントの灯をつけた。
シュラフの中で、静かに目を閉じる彩芽の姿があった。
「中村さん?」
呼びかける。返事はない。
「中村…さん?」
今度は体を揺すってみた。反応はない。
代わりに、妙な違和感がある。
智美はゆっくりとシュラフのカバーを外した。
そこには、活け造りとなった彩芽の死体が転がっていた。
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