第28話 猿夢2 (残り52名)

 天元健三郎(髭)は、夜を切り裂くような悲鳴で目を醒ました。

 悲鳴は一カ所でなく、至るところから聞こえてきている。

「何事ですか?」

 隣のテントから、真壁浩人(イケメン)が飛び出してきた。

「俺にも分からねえよ!!」

 兎にも角にも嫌な予感はあった。おそらくは、人が死んだのだ。


*****


「猿夢だって!?」

 健三郎は初めて聞く単語に、首をひねった。視線で真壁に問い掛ける。

「詳しくはないですが、ちょっとだけなら」

「あたしも知ってる~」

 真壁だけでなく、阿久津未来(ギャル)も知っていると言う。知らないと答えたのは自分と、数人の参加者だけだった。


「早い話、夢の中で殺されると死ぬかもしれない、って話です」

 向井慎太郎(オカメン)が説明するが、ふわっとした印象を受けた。

「かもしれないって、死なねえのか?」

「いや、そうじゃなく──」

 オカルトコミュニティのメンバーも入り混じって、猿夢の概要を話してくれた。

 夢の中で電車に乗っている。

 猿または化物に、乗客が殺されていく。

 次は自分の番ってときに目が覚めて、結局どうなるのは分からずじまい。

 それが猿夢の概要だった。


「で、結局は想像通りだったってわけか」

 夢の中で殺された参加者が、現実の世界でも死んでいた。

 相当ヤバい状況だな、と健三郎は思った。

 決して逃れられない死。

 カウントダウン付きで死の恐怖に晒されている。

「まだ寝ている人が居たら起こして下さい。被害の状況とみんなの夢の内容について、早急に整理しましょう」

 真壁が的確な指示をくれる。

 健三郎は心底感心した。まるで人の死に慣れているように、常に冷静で居てくれる。


 被害者は全部で5人だった。

 その中に小学生の末次宏樹も含まれており、親の取り乱し振りや、泣きじゃくる子供たちの悲痛な様子が、見る者の胸を締め付ける。

「っていうか、なんで見てない人がいるの!? おかしいでしょ!!」

 キンキン声で叫んだのは、案の定というか忽那来夏(ヒステリック)だった。

 皆の話を聞いて分かったことだが、猿夢を見た者と、見ていない者がいた。

 その違いはなんだろう?


 来夏がこんなにも突っかかってくるのには、理由がある。

彼女はどうやら、意図的に呪いを発動させている「黒幕」が、この中にいると思い込んでいるらしい。

「霊感の有無もあるかもしれませんが、たぶん、レム睡眠のタイミングじゃないでしょうか? 夢である以上、レム睡眠時にしか見ないわけですし」

 真壁が科学的な意見を述べる。

 理屈は通るが、オカルトと科学はどうにも相性が悪い気がした。

「真壁さんと言うとおりだと思います。だって、僕の夢に天元さんは居ましたし」

「え? 俺が?」

 健三郎の驚きに、金村翔太(下睫毛)がこくりと頷いた。

 他にも、夢を見ていないと主張している参加者を、自分の夢で見たと言う者が現れはじめる。


 どうやら猿夢は、全部で5つのグループに分かれているらしい。

 自分の右手に乗っている乗客は分かるが、左手に乗っている乗客は分からないそうだ。

 そして、最初のひとりは共通だが、2番目の乗客はバラバラだった。

「つまり、…どういうことだ?」

「つまり、こういうことだと思いますよ」


 真壁が手帳に全員の名前を並べはじめた。理解しているらしい向井たちオカルトコミュニティの数人も、作成に協力しはじめる。

 しばらくして真壁の手帳に、5つのグループに分かれた名前の列が作成された。

 健三郎にも理解できる。

 これは死ぬ順番だ。

 夢の中で、3人のうち一番遠くにいるのが、現在の先頭。

 次にいるが、自分の前の人物。

 そう考えて列を作ると、なるほど理屈の通った隊列が出来上がった。

 次の順番になった者たちは、すでに絶望の悲鳴を挙げている。

 来夏もその一人だった。


「なんで私が!!? 向井さん!! あんたが黒幕じゃないの!?」

「な、なんで僕が!?」

「順番が一番最後じゃん! 余裕で7日生き残れるよね? おかしくない!?」

「はぁ!? そんな理由で僕を疑わないでくれ!」


「余裕で生き残れるってのは、違うんじゃないのか?」

 冷静にツッコミを入れたのは、篠田武光(金髪)だった。

 金髪でただのチンピラっぽく思えるが、意外に気の利いた判断をする奴だった。

「タケ、どういう意味だ?」

 健三郎の科白に、篠田は気まずそうな顔をする。

「なんだ?」

「その…、タケって呼ぶのやめてくれよ」

「嫌なのか?」

「嫌っていうか…、嫌っすね」

 煮え切らない態度に健三郎は疑問符を浮かべながらも、「分かった」と了解した。


「睡眠ってのは1日1回とは限らねえ。特に今回は眠らないよう、みんな我慢するだろ? そうすると一気に睡魔が来る。それに元ネタだと、1回で2人が殺されている。7日間無事っては楽観的すぎるぜ」

 説得力があった。

「それ以前に、これって単純にレム睡眠に入った順番じゃないでしょうか? 次は順番が違う可能性もあります」

 真壁が鋭い指摘をする。確かに、その可能性は高い。

「じゃあ、どうすればいいの!? このままじゃ、みんな死んじゃうわ!!」


「おい、オカルト組。その猿夢を見せてる呪憑物って、この『猿姫人形』ってやつじゃねえのか?」

 如月葉月(霊媒師)が一枚の紙を見せながら、向井たちに問うてきた。

 運営が残した呪憑物の管理資料だ。

「あ、もしかしたらそうかも!!」

 畑中由詩(ポニテ)が紙を受け取って声をあげる。


「如月さん。もしかして、何か対策ができるんですか?」

 真壁が縋るように問うた。

「そうなの!? だったら今すぐ、ここから出してよ!」

 葉月が何か言う前に、来夏が割って入ってくる。

「それは無理って言ったろ? ヒガン髑髏の呪蓋から出る方法は知らん」

「そんなぁ」

 来夏がへなへなと腰砕けになる。

「だけどよぉ、猿夢は別だ。ヒガン髑髏の試練が7日生き延びるってことなら、ほかの呪憑物を排除しても問題ないはずだ」

「ってことは?」

 篠田が期待に満ちた声で訊ねた。


「ようやく専門家の出番ってわけさ」

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