第51話 テリトリー 5

 如月葉月(霊媒師)と篠田武光(金髪)は、呆然と目の前の風景を見つめていた。

 平屋を出て左に曲がった葉月たちは、そのまま廃校へ向かい、ゲームを終わらせるつもりだった。

 だが、彼女たちは田舎の道を理解していなかった。


 道は途中で行き止まりとなっていた。

 迂回するようなルートはなく、廃校に行くとすれば、Uターンするしかない。

 つまりは一本道。

 あの平屋の前を通るのはリスクでしかない。


「どうすりゃいいんだ?」

 葉月は篠田に訊ねた。

「奴としては本体を守りたいはずだ。こっちには来ないだろう」

「いや、来てるよ」

 答えたのは後部座席に乗る、梅宮清明(小学生)だった。

「…なんでそう思う?」

「周囲の霊がそう言ってる。向こうも霊としゃべって、こっちの状況を知ってるみたい」

 葉月は驚きを隠せなかった。

 確かに高い感能力があれば、霊との交信も可能だ。

 呪憑物に憑りつかれた山下朋子なら、充分にその力を発揮できる。


 葉月は妙な違和感を覚えた。

 清明は母親と同じく、高い霊能力を持っている。

 そして子供は大人よりも高い感能力を持つことが多いので、霊と交信できることは、それほど不思議ではない。

 異様なのは、この落ち着いた雰囲気。

 とても命の危険を感じているとは思えない。


 だが、呪憑物に憑りつかれているかと言えば、そうは思わなかった。

 呪いに精神を破壊された人間が、こんなにも理性的に会話できるはずがないのだ。

(エクステンドか?)

 思春期の精神は不安定で、その結果、大人でさえ凌駕する霊力に目覚めることがある。

 霊的な刺激を受け続けた幼い精神は、一種の超人状態にあるのかもしれなかった。

 なんにせよ、この状況では嬉しい戦力だ。


「如月さん、上に登ってくれる?」

「うえ?」

「うん。少し戻ったところに、上に登る坂道があったでしょ? 霊の情報はそこまで正確じゃないから…」


 *****


 夜の一本道を、ライトをつけた車がやってくる。

 山下朋子の乗る車だった。

 車のエンジンを止め、完全に闇夜に紛れる葉月たちは、じっと車が近づいてくるのを待った。

 50メートル、20メートル、5メートル。

 そして朋子の車は、葉月たちが待つ丘の下を走り抜けていった。

 葉月たちは、ほっと息を吐いた。

 第一段階はクリアだ。

 次は──。


「あ、気づいた」

 ややあって、清明が教えてくれた。それが出発の合図。

 丘の上から一気に下の道路に飛び出した。

 途中で石か何かに車体の下をぶつけたらしく、大きくバウンドする。

 危うく事故りそうになるも、なんとかハンドルを固定して、体勢を持ち直した。

「やったぞ! 完全に撒いた!!」

 篠田が歓喜の声をあげる。

 一本道のUターンできるスペースも少ない田舎道。

 余裕で葉月たちが先に運動場へ到着できる。

 勝利は目前だった。


 ガクン、と車のスピードが落ちた。

「は? なんだ!?」

 葉月はアクセルを踏むも、スピードが全然出なくなった。

「おい! 何やってんだよ!!」

「知らねえよ! 急にスピードが!」

 そうこうするうちに、車は完全に止まってしまった。

「おい、燃料がなくねえか?」

「はぁ? そんなはずは──」

 葉月はガソリンのメーターを確認した。

 篠田の指摘どおりだった。車の燃料がいつの間にか、空になっていた。

「ちっ!」

 篠田が車を降りて確認する。

「さっきぶつけたときだ! 燃料タンクが破損してやがる!」

 葉月は自分の運の悪さを呪った。


 葉月たちは車を降りて走った。

 葉月と篠田は山の方へ、清明と麻衣は田んぼの方へと移動する。

 空が明るみはじめていた。

 朝が来れば霊障も若干おさまり、霊と交信して、こちらの居場所を知ることはできなくなるはずだ。

 あと少しの辛抱。


 そんな葉月の背後から、車のエンジン音が聞こえてきた。


*****


 遡ること数時間前。

夜の森の中を隠れながら進む真壁浩人(イケメン)は、「しっ!」と口元に指を立てて、みなに静かにするように指示を出した。

全員が猫のように周囲を警戒する。

「いま、車の音が聞こえませんでした?」

「うん。聞こえた」

 阿久津未来(ギャル)が同意する。


「それがどうかしたんです?」

「おかしいです。如月さんたちが、再び車を動かすとは思えない。それに、音はあっちのほうから──、しまった! そうか!!」

「いったいどうしたの?」

「盲点でした。トンネルに行けば鍵のついた車がたくさんあります。山下さんが、それを使った可能性があります」

 最悪の展開だと亜里斗は思った。

 敵のほうが移動力が上ならば、カウンター狙いは極めて難しくなる。

「あれ? ってことは、向井さんたちは?」

「おそらくは、見つかってしまったのだと思います」

 みな、神妙な面持ちになった。


「で? どうします? カウンターのチャンスですよ」

 大柄な体躯の黒岩直弥(大柄)が、真壁に尋ねる。

「僕の考えは、変わらず隠れ続ける、です。車で移動できても、山の中には入って来れません。ひとりで捜索するにはこの廃村は広い。きっと逃げ切れると思っています」

「だったら、固まるよりもバラけたほうが良くね?」

 財前博隆(フリーター)の提案を真壁は了承して、2名ずつの班に分かれることになった。

 それぞれバラバラの場所を目指して移動を開始する。


 そのときだった。

 遠くから凄まじい音が響いてきた。

 まるで壁がぶち破られたかのような音。

 そして、騒がしい喧騒が聞こえてきた。


「まさか…」 

 真壁が呆然と呟く。

 みな、同じ気持ちだっただろう。

 自分たちしかいない静かな廃村。こんな騒ぎが起こる理由はひとつしかない。

 葉月たちが朋子に見つかってしまったのだ。


「みなさん、待ってください! 一度集まって!!」

 真壁が収集をかける。

 真壁の緊迫した空気を感じて、バラけようとしていたプレイヤーたちが集まってきた。

「車の音が聞こえてから、襲撃までの時間があまりにも早いです。まっすぐ如月さんたちが隠れている場所へ向かったとしか思えない」

 確かにそうだ。すごく気になる点ではあった。



「GPSとか?」

「ここは電波が入りません。発電機の音も聞こえてこないので、まだスマホは使えない状態です」

「超能力で居場所を知ったとか?」

「いや、それはないだろ?」

 未来の発言を、倉崎月緒(薄毛)が否定した。


「いえ、僕は正直、その可能性があると思っています」

「はぁ? マジかよ?」

「問題は方法でなく、向こうにこっちの居場所を知る術があるかどうか、です。もしもあるのなら、僕の作戦では詰みます」

「あるんじゃないでしょうか?」

 肯定したのは、縦抜和文(オカメン)だ。

「ゲーム開始から深夜になるまで動かなかったことが気になります。もしも霊的な能力を使っているのなら、力が強くなる丑の刻を待っていた可能性がある」

 オカメンらしい意見だと、亜里斗は思った。


「確証はないんでしょ?」

 黒岩直弥は慎重な意見を口にする。

「証拠を掴むのを待っていたら、おそらく詰みます」

「げっ!? だったら、どうすんの!?」

 

「僕たちが生き残る方法はひとつしかありません。人海戦術です」

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