第52話 テリトリー 6
「人海戦術ですか!?」
黒岩直弥(大柄)が素っ頓狂な声をあげた。
真壁浩人(イケメン)は頷いて説明を続ける。
山下朋子(しおりちゃん日記)にこちらの位置を知る術があるのなら、隠れる行為に意味はない。
そのため生き残るには、早期のゲームクリアしかない。
タイミングとしては、朋子が本体を離れている今がベスト。
捜索能力が夜にしか使えないとしても、向こうとしては、昼間はずっと本体に近くにいて、夜に行動するという戦略を取れる。
一斉に本体へ突撃する人海戦術なら、全員の名前が呼ばれる前に、誰かが本体に到達できる可能性がある。逆にこの方法は、人の数が減れば減るだけ失敗率が高くなるので、その意味でも今がベスト。
無論、山下朋子が戻ってくる前に本体に触れることが出来れば、犠牲者はゼロで済む。
「私、賛成。ほかに手はない気がする」
真っ先に同意したのは、阿久津未来(ギャル)だった。
次に、縦抜和文(オカメン)と金村翔太(下睫毛)、倉崎月緒(薄毛)の3人が同意した。
文才亜里斗(眼鏡)は迷っていた。
参加すれば死ぬ可能性があるが、しなければ漁夫の利を得られる可能性があった。
ただし、面と向かってそう言えるほど、厚顔無恥な言動はできなかった。
黒岩真弥と財前博隆(フリーター)も同じ気持ちなのだろう。
「覚悟を決めてよ! 男でしょ!? 馬鹿な私にだってわかる! 時間が経つほど不利になる作戦なの!!」
未来の発破をかける。
それで男たちの意志は固まった。
迷うくらいならやるしかないのだ。
「わかった。やろう!」
*******
佐土原麻衣(小学生)は、もう自分が助からないことを予感していた。
車が故障したと言って、車を降ろされた。
一緒に行動するのかと思ったら、自分たちは田んぼのほうへ逃げるように言われた。
そのときは分からなかったが、今なら分かる。
いわゆる、オトリだ。
「きゃははははは! そっちに誰かいるねぇ」
如月葉月(霊媒師)と篠田武光(金髪)の思惑どおり、遮蔽物のないほうに逃げた自分たちの姿が先に見つかった。
まだ距離があるせいか、幸い名前までは呼ばれていないが、時間の問題だろう。
恐怖で足がすくんで、麻衣はうまく走れなかった。
「隠れよう」
梅宮清明(小学生)が、麻衣の頭を押さえつけるようにして、土手の裏側に身を隠した。
けれども、山下朋子はまっすぐにこっちにやってくる。
「あれぇ? 確かここら辺だったけどなぁ」
周囲を捜す気配。
心臓がばくんばくんと鳴っている。
涙で熱い。
思わず泣きそうになるのを必死に我慢する。
「そっちかなぁ?」
朋子がこちらに近づいてくる気配を感じた。
もう、駄目だ。
その瞬間、清明がガバッと立ち上がって、朋子の前に立った。
そして葉月たちが逃げた山のほうを指差す。
「うん? ああ…、情報ありがと」
何故か朋子は、清明の名前を呼ばなかった。
そしてそのまま立ち去っていく。
いったい、何が起きたのか?
朋子がぴたりと動きを止めた。
麻衣は思わず、少し上げていた頭を地面につける。
「きゃははは! 本体狙い? ウケる~」
朋子は車に戻ると、そのまま車を発進させて立ち去ってしまった。
何が起こっているのか、麻衣にはぜんぜん理解できなかった。
ただひとつ、理解できたことがあった。
「君は…、いったい誰なの? 梅宮くんを返してよぅ~」
我慢していた感情が一気に爆発する。
先ほど朋子が清明を見逃した理由、それはおそらく、清明が清明ではないからだ。
「お願い! これ以上、私から奪っていかないで!! お願い!!」
清明が驚くほど、冷血な表情を向けてくる。
ぞわりと背筋が凍り付いた。
刹那、呪蓋が降りた。
途端に、首を絞められたように息ができなくなる。
「うるさいよ、おまえ」
ああ、やっぱり彼は、梅宮清明ではなかった。
おそらく昨日の晩、自分が呼ばれたときに、身代わりとなってしまったのだ。
自分のせいで、清明は…。
「お願い、梅宮くん。正気に戻って。優しかった梅宮くんに、戻ってよぉ!」
意識が消えそうになる。
死が間近に迫っている。
みんなみんな死んでいってしまった。
お母さんも、お父さんも、仲良しだった末次くんも松田くんも…。
そして、梅宮くんももういない。
ああ、今だったら理解できる。
たぶん私は、梅宮くんのことが好きだった。
「うめ…み、や…くん」
麻衣は必死に手を伸ばした。
最期に、清明だったものに触れていたかった。
彼の頬に手が触れる。
しっとりと熱い感触。
涙だ。
清明が涙を流していた。
刹那、
──やめろぉおおおお!!
清明の叫び声がして、呪蓋がはじけ飛んだ。
無呼吸から解放された麻衣は、必死に酸素を肺に送り込む。
「梅宮…くん?」
涙で霞んだ視界でそれを見た。
清明の顔がふたつの表情を交互に映し出している。
優しかった清明の表情と、冷たくどこか大人びた表情。
清明と清明に憑りついていた何かの精神が、激しく抵抗し合っていた。
「さど…わ、ら…逃げ…ろ」
麻衣の知る清明が、必死に言葉を紡ぐ。
「梅宮くん! 梅宮くん!!」
よかった! 清明は生きていた!
そう思った瞬間。
バシッという音とともに、清明が大きくのけぞった。
やがてゆっくりと、顔を戻してくる。
その動きに、先ほどまでの葛藤は微塵も見受けられなかった。
清明は再び、あの落ち着いた空気を取り戻していた。
「う、梅宮くん…?」
麻衣は本能で感じ取った。
これは、梅宮清明ではない。
──殺される!
麻衣は今度こそ、死を覚悟した。
だが──。
「ごめん。佐土原麻衣さん、俺は君に酷い事をした」
清明が清明でない声で、優しく語りかけてくる。
「もう少しだけ、彼の体を貸してほしい。絶対に無事に返すから。約束する」
怨霊の類とは違う、真摯な態度。
麻衣は思わず質問をしていた。
「あなたは、誰なんですか?」
「自己紹介をするのは何度目かな。妹の呪いに感化されて自分を見失っていたけど、佐土原さんと梅宮くんのおかげで、自我を取り戻すことができた。ありがとう」
清明の体を借りた何者かが、優しい口調で言う。
「俺の名前は目黒圭祐。俺は俺を殺した犯人を知りたいだけなんだ」
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