第14話 デスゲーム1日目 1
デスゲームの初日は、悍ましい呪詛を感じさせないような、真夏の晴天だった。
乙希は、まるでキャンプに行くような高揚感を覚えていた。
今は、向井の車で集合場所へ向かっている途中だ。
隣には圭祐の姿もある。
人間の頃の記憶が色濃く残る圭祐は、一般的な幽霊のイメージである、宙に浮いたりだとか、壁をすり抜けるなどが出来ないらしい。
移動は地面の上を歩いてだし、こうして乗り物にも乗れる。
でも、現実の物を動かしたりは出来ないから、当然ドアを開けることも出来ない。じゃあ、ドアが閉まっている場所には入れないのかというと、そうでもないらしい。
鍵が開いてれば入れるそうだ。
圭祐の認識としては、ドアを開けて中に入っているらしい。
一度、その場面を見たのだが、実際にはドアは動いておらず、圭祐がドアをすり抜けていた。
「肉体を持たないから、認識が彼の世界に強く影響を及ぼしているんだ」
そう説明してくれたのは、向井だ。
オクリヌシに追われている際、圭祐に「すでに死んでいる」事実を伝えなかったのも、それが理由だ。
乙希の目には、オクリヌシは淡い光に包まれた天使に見えた。
けれども圭祐には、自分を死の国へと誘う怪異に見えたらしい。
圭祐が自分の死を知れば、オクリヌシは違った存在に見えてしまう。自ら、「送られる」ことを受け入れる可能性があった。
「間に合いますかね?」
「大丈夫だよ。電話は入れているし、安全運転で行こう」
圭祐の科白に、向井が優しい口調で答えた。
「うん。肝試しに行く途中で事故ったらシャレにならないもんね」
乙希も明るい口調で言った。
「本当にすみません」
乙希たちは、集合時間に遅れかけていた。
自宅に戻った圭祐が、地縛霊化しかけていたからだ。
「あれはこっちのミスだよ。自分が死んだ部屋で、死んだことを認識していれば、地縛霊化することは想定すべきだった。家に帰すべきじゃなかったと思う。まぁ、結果的にだけど、呪縛を解くことができて幸いだったよ」
目的地である廃村は、長いトンネルを抜けた先にあり、左手には大きなダムが広がっていた。周囲は高い山々に囲まれており、蒼色の樹木が陽の光を反射していた。
民家は良い感じにボロボロで、肝試しとしては申し分ない雰囲気を醸し出している。
前方から、運転手のみを乗せたマイクロバス2台がやってくる。
「たぶん、デスゲームのバスだろうね」
向井が呟くように言った。
目的地となる廃村には、公共交通機関がないため、マイカーを持っていない参加者のため、1時間以上離れた最寄り駅に、マクロバスを手配してくれていたのだ。
人が乗っていないということは、乗客を降ろして、その帰りなのだろう。
「やった! 到着~」
乙希が御機嫌に言った。
廃校となった小学校の運動場、その中央に百人くらいの人と、端のほうに何台かの車が止まっていた。
「もう全員来ているみたいだね」
車を降りて、参加者の待つスペースへ移動する。
「あ~、向井さん! 乙希っちも! やっほ~!!」
畑中由詩が元気に駆け寄ってきた。ポニーテールがその名の如く、上下に飛び跳ねている。
その後ろから、数人の男女が近づいてくる。
全員がオカルトコミュニティのメンバーで、オフ会などで意気投合した仲だ。
「一番最後だよ。二人で何してたの~?」
由詩がからかうような表情で言った。
「え? そんなんじゃないよ!!」
向井が動揺したように言う。傍から見ても誤解を受けそうなリアクションだった。
「ともなく、乙希ちゃんとお泊りできて嬉しいな! テンション爆あがり!」
由詩が乙希の手を両手で握って、上下に振った。
そして、ふと動きを止める。
「あれ?」
目を細めて、乙希の背後を見つめてきた。
(…バレたかな)
乙希は内心で焦っていた。
乙希の背後には圭祐がいる。
オカルトコミュニティのメンバーの中には、乙希や向井のように、ガチの霊能力が何人かいる。気づかれたかもしれない。
「どうかしたの?」
「ううん。なんか気のせいみたい」
乙希はほっと息を吐いた。できれば、圭祐のことは隠しておきたかった。
*****
「実験したいことがある」
乙希はファミレスで、圭祐にそのように言った。
実験の内容。それは、生魂憑依だ。
通常の憑依の場合は、憑りつかれた当人と取りついた霊の間でプネウマの衝突、喧嘩が起こるため、霊感の強い人から見れば、憑りついている霊の姿が見えたりする。
けれども、衝突を起こさずに憑依できれば、憑りついた霊の気配を生者のオーラに紛れ込ませることも可能だ。そうなると、極めて見えにくくなる。
「昼間に幽霊と星が見えなくなるのと同じ原理ね」
乙希としては、絶妙な比喩を言ったつもりだったが、圭祐は微妙な表情を返した。
ともかく、何度か練習して、向井には見えないレベルまで気配を消すことに成功した。
これでデスゲームに連れて行っても、騒がれることはないだろう。
*****
ふと、乙希は怯えるような視線を送る女性の姿に気づいた。
自分と同じ年の少女、野木智美だった。
その視線は明らかに、圭祐を捉えていた。
「野木さん、もしかして…」
乙希は皆の視線が自分から外れたのを見て、小声で智美に話しかけた。
智美は眼鏡の向こう側で視線を逸らし、コクンと頷く。
「はい。ちょっとですけど、見えてます」
「あちゃ~。やっぱ気づかれるかぁ」
おそらく彼女は、圭祐との縁が強いのだろう。
縁の強さは、条件を踏むことを除けば、相性が良いか、「生前になんらかの関係がある」ことで強くなる。
野木は自分とは違い、圭祐と同じ学校などの関係でないから、おそらく相性が良いのだろう。
「後で説明するから、みんなには黙って。お願い」
乙希が両手を合わせると、智美はコクンと頷いた。
ふと、乙希は圭祐の表情がいつもと違うことに気づいた。
「…どうかした?」
「わかりません…。何か体に違和感が…、死んだ時の怪我が疼くんです…」
「え? それって…」
「みなさ~ん! こちらに集合し下さ~い!!」
校舎のほうから拡声器の声が響いてきた。
運動場の校舎前には朝礼台が置いてあり、そこに動画配信で見た顔が立っていた。
YouTuberのハイジンとシュンケルだ。
H乳牛に、やまだ天気、夜昼寝の姿もあった。
ほかにも数名の男女の姿があったが、おそろいのTシャツを着ていることからも、おそらくは運営スタッフだろう。
「H乳業だぁあああ!!」
小学校高学年くらいの男女数人が騒いでいた。
「モウ~! 違うって! 俺はH乳牛だ! 業者じゃねえ!! ミルク絞らねえぞ!!」
牛の着ぐるみを来た男が、くぐもった声で叫ぶ。小学生たちは、キャッキャと笑った。
よく「H乳業」と間違えられるため、ネタと化した定番のやり取りだ。
「小学生かな? 子供も来てるんだ」
「夏休みだからね。親子同伴っぽいな。YouTuberは子供に人気だからね」
好の女性の呟きに、金村くんが答えた。長い下睫毛が特徴の男性で、ハンドルネームは「ラクダ」だったりする。
「うっ!」
くぐもった圭祐の悲鳴が聞こえた。
何かに耐えるように、ぐっと目を閉じている。
「圭祐くん、大丈夫…?」
そして、苦しげな表情で目を開いた圭祐は、どきりとする一言を放った。
「この中に、俺を殺した犯人がいる」
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