第49話 テリトリー3 (デスゲーム6日目)

 野木智美(オカメン)たちを乗せた車は、廃村の奥、古い平屋建ての一軒家がある場所で止まった。

 呪蓋の範囲が正確には不明だが、この先は危ない可能性があるので、遮蔽物がある建物の近くで隠れることにしたのだ。

 車で数分の距離。歩いてくる相手に、数時間は稼いだだろう。

 ぎゅうぎゅう詰めの車内はこりごりだった。


「かはぁ! マジで圧迫死するかと思ったぜ」

 助手席から降りた篠田武光(金髪)が、大きく深呼吸して言った。

 助手席には彼以外にも女性をふたり乗せていたが、「役得だった」的な軽い発言を、彼がするようなことはなかった。


「あの、本当に逃げて良かったのでしょうか?」

 梅宮愛(小学生の母)が思いつめた表情で言った。

「なに? 今更。ほかにどんな方法があるって言うの?」

 如月葉月(霊媒師)が不機嫌そうに答える。

「車があるなら、そのまま朝礼台に突っ込んで、ゲームを終わらせることも出来たんじゃ…」

「無理だね。車に乗ってても、顔を見られたら、名を呼ばれて死ぬ。運転できないだろ?」

「見えないように、隠れて運転するのはどうでしょう?」

「馬鹿なの!? できると思うなら、自分でやれば?」

 葉月はにべもない。


「でも、人海戦術って有りですよね?」

 意見を言ったのは、大学生の尾道鳴子だ。

「私もやったことあるんですけど、数人で突っ込んでいくんです。全員の名前は呼べないから、誰かがゴールできます。車があれば、かなり近くまで一気に行けますよね?」

「だから、やりたいならあんたたちでやれば?」

 葉月は話し合う気すらもないようだった。

「篠田さんはどう思いますか?」

 この中で小学生の梅宮清明を除き、唯一の男性。

 車に乗り込んだときは、正直思うことがあったけど、やはり男性がいるのは心強いと思った。


「悪りぃが、俺も葉月に賛成だ。死ぬことのないゲームなら有りだが、自分が死んでも構わないって奴は何人いる? やりたい奴がやることは止めねえ」

 そのように言われると黙り込むしかなかった。

 車で突進する方法。

 最後の手段としては有りだが、まだ死の気配が弱い今の状況で決断できる者はいなかった。


「いっそのこと、車で跳ねたらどう?」

 甲高い声で提案してきたのは、忽那来夏(ヒステリック)だった。

「却下だ、ボケ。だから誰が運転すんだよ? それに成功したとしても、鬼に危害を加えることはルールで禁止されている」


「あの…」

 智美も手をあげて質問した。

「そもそもゲームはクリアしてしまって良いんでしょうか? おそらく7日が過ぎればゲームも強制終了するはずです」

「いい質問だ」

 葉月が主に、次のようなことを述べた。

 ゲームをクリアしても、山下朋子(しおりちゃん日記)が必ずしも死ぬとは限らない。文脈的には死なない可能性のほうが高い。よって、エンティティが誰かに転移することもない。


「持久戦で決定ってとこだな。で? 車はどうする? 目立つところに置いておけば、ここにいますって教えるようなもんだぜ」

 篠田の意見ももっともだった。

 車の発進音は朋子にも聞かれているはず。

 だが心理的に、遠くに捨て置くという判断にはならなかった。

 平屋の脇にガレージのような場所があったので、そこに隠した。


 それから数時間は何事もなかった。

 いや、何度か幽霊が横切るのを見たりして、その度に背筋が粟立つ感覚に襲われた。

 けど、それだけだ。

 佐土原麻衣(小学生)が眠そうにしていたため、念のため車の後部座席で寝せた。

 清明はぜんぜん眠そうではなかったが、麻衣と一緒に車に乗ってもらった。

 なんだろう? と智美は思った。

 清明からはどこか落ち着いた雰囲気が漂っていた。大人たちほどの焦りが見受けられない。


 異変は、午後3時ごろに起こった。

 丑の刻である午前1時を起点とするので、デスゲームは6日目に突入していた。

 遠くから、低いエンジン音のようなものが聞こえてきたのだ。

 見張りに立っていた篠田が、寝ている者全員を起こす。

「車の音が聞こえなかったか?」

「私も聞きました」

 智美も同意した。

「私の車はガレージにあるだろ?」

「……」

 葉月の質問に、篠田は答えなかった。

「…見てくる」

「気を付けろ」

「え? なに? どうしたの?」

 起きたばかりで状況を把握できていない来夏が、空気の読めない声で言った。


 平屋の中から、みんなで外の様子を確認した。

 暗闇のなか、何もない田舎の風景が広がっている。

 

 刹那、闇の中で突如、まばゆい光がこちらを照らした。

 車のライトだ。

 そして激しいエンジン音。

 車が物凄いスピードで、平屋に突っ込んできた。

 激しい衝撃音。

 車が玄関を破壊して中に突っ込んできた。

「きゃはははははは!! いるいる! 大量じゃん!!」


 やけにハイテンションな声が聞こえる。

 間違いない。これは朋子の声だ。

 混乱する思考のなか、なんとか状況を理解する。


 山下朋子が車を運転して、自分たちが隠れている平屋に突っ込んできたのだ。

 運動場には、まだ1台車が残っていたはずだ。

 運よくキーを見つけ出したのか?

 いや、そうじゃない。

 車種が違う。

 

 ああ、そうか。と智美は理解する。

 これは逃げ出そうとしてトンネルで止まっていた車だ。

 それなら鍵は付いたままだ。


 でも、どうしてここが分かったのだろう?

 けれど、その理由を推測できるだけの余裕は、智美にはなかった。


「きゃはははははは!! 尾道さん、みっけ! 広末さん、みっけ!!」

 朋子の声に合わせて、バシュバシュとふたつ、血飛沫の音がした。

「お願い! 助けて!! なんでもしますから、お願い!!」

 来夏のヒステリックな懇願が聞こえる。

「う~ん、どうしようかなぁ?」

「そうだ! 私もきょ、協力するから! みんなを捜してきます!!」

「あ、それ。間に合ってるから。忽那さん、みっけ!」

「ふざけ──ぶぼぉおおおおお!!」

 奇怪な叫びと共に、来夏の首が宙を舞った。血飛沫が、バババッと障子を叩く。


 ブォオオン!!

 

 ガレージからエンジン音が聞こえたのは、そのときだ。

(まさか、逃げ出すつもり!?)

 葉月が車の様子を見るため、ガレージに向かっていたはず。

 朋子の襲撃を知ったのなら、そのまま逃げ出すのは当然の行為だろう。


「きゃはははは!! 逃がさないよぉ~」

 エンジン音にいち早く動いたのは、朋子だった。

 朋子は、外へと飛び出していく。

ガレージに隠した車を道路に出すには、一度玄関前を通る必要があった。

 それはちょうど、逃げ出そうとする車の前に、朋子が飛び出すかたちとなる。

 朋子は無情にも、その科白を発した。


「きゃははは! 如月さん、みっけ!!」

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