第45話 デスゲーム4日目 (残り23名)

 佐土原麻衣(小学生)は、壊れた人形のように、虚ろな表情で体育座りをしていた。

 父親を亡くし、仲の良い友達だった松田龍也(小学生)も死んでしまった。

 幼い少女には、あまりのも辛い出来事の数々。

「佐土原…」

 梅宮清明(小学生)はなんと声をかけるべきは分からなかったが、このまま麻衣を放っておくこともできなかった。

「佐土原、大丈夫?」


「大丈夫に見えるの?」

 非難するような麻衣の声。

 瞬きすらも忘れ光の消えた瞳で、清明を見上げてくる。

「あの…、佐土原…。僕は…」

「なんで? あんたが生きてんの?」

 ジクリと胸が鋭い痛みを発した。


「私が好きだったのは龍也くんのほう! なのになんで、あんたのほうが生きてんの!?」

 清明は泣きそうになるのを必死に耐えた。

「パパも死んだ。宏樹くんも龍也くんも死んだ。なのに、なんで一番嫌いなあんただけが生きてるの!?」

 容赦のない罵声が、ブスブスと胸を貫いていく。

 死にたいと思った。

 好きな女の子に嫌われ、彼女が好きだった相手まで奪ってしまったのだ。

 申し訳なくて、情けなくて、死んでしまいたいと思った。


「ねえ? 聞こえる?」

 ふと、麻衣がトーンの違う声で問うてきた。

「え? なにが?」

「ほら、やっぱり聞こえる!」

 麻衣が立ち上がって、電車の奥のほうへ見る。


 電車。

 そう、清明はいつの間にか、電車に乗っていた。


「次は~、肝吸い。肝吸い」

 

 刹那、全身が痛いほどに粟立った。

 ドクンドクンと脈打つ心臓が、握り締められているように苦しい。

 不気味な電車の風景。

 これは、猿夢だ!!


「なんで猿夢が!!? 猿姫人形は封印したはずなのに!!」

「なに言ってるの? あれは偽物だったじゃない」

「偽物…?」

 そうなのか?

 いや、そうだった気がする。

 確か、お母さんたちがそんなふうに話していた。


「じゃあ、本物の猿姫人形はどこに?」

「そんなの…決まってるでしょ?」

 声が違っていた。

 目の前の麻衣が、ゴキゴキと関節を鳴らしながら、奇妙な動きをする。

 絶対に人間にはできない奇妙で不気味な動きを…。

「さ、佐土原…?」


「次は~」

 体は正面を向いたまま、くるりと麻衣が振り返ってきた。

「おまえの番だよ!!」


 清明は文字通り、跳ね起きた。

 びっしょりと汗をかいている。

 周囲に広がるのは、真っ暗で静かな闇。

 ときおり大人のいびきの音が聞こえてくる。


 だんだんと荒かった呼吸が落ち着いてきた。

 同時に、清明は理解する。

 夢を見ていたのだ。

 本当の夢。

 呪いは関係なく、人が記憶を整理するために見るとされる夢を。


 猿姫人形は封印された。

 エンティティを宿していた蜜蜂花子(運営スタッフ)は、諦めたように自ら穴に入っていった。

 それ以上は見てはいけないと言われ、清明と麻衣は数人の大人と一緒に、廃校の教室で時間を潰した。

 やがて真壁浩人(イケメン)たちが帰って来て、無事に封印が完了したと教えられた。


 それでも、すぐに眠る気にはなれなかった。

 体はだるくて、頭もぼんやりしていたけど、心の中で何かが昂っていて、どうしても眠ることができなかった。

 大人たちもそうだ。

 もしかしたら、大丈夫だと言われても、まだ不安が残っていて、誰かが先に眠るのを待っていたのかもしれない。


 最初に寝息を立てたのは、おそらく麻衣だった。

 その寝顔を見たのが、清明の最後の記憶。

 おそらく、清明もそのまま眠ってしまったのだろう。


 嫌な夢を見たと思った。

 同時に、あれは正夢かもしれないと思った。

 龍也は、「麻衣が好きなのは清明」だと言って身を引いたが、それは龍也の勘違いだったと思っている。だって、龍也は足が速いし、サッカーも得意だし、女子にも人気だ。

 だから、…あんな夢を見たのだ。


──しゃわしゃわしゃわ。


 何かが囁くような声が耳に届いてきた。

 呪蓋が降りて数日が経過したせいか、徐々に霊の気配を感じることが多くなってきている。

 怨霊というのが、無念の死を遂げた者の憎しみの感情だとすれば、ここには大量の素材が置いてある。

 幽霊がいないはずがなかった。

 

 ──…て、……を‥‥て。


 言葉らしきものが聞こえた。

 でも、電波の悪い電話みたいで、よく聞き取れない。

 怖くなって、もう一度寝ようとして、違和感に気づいた。

 

 廊下を誰かが歩いていた。

 背筋が凍りつく。

 まさか、こんなにはっきりと幽霊を見るとは思っていなかった。


 いや、違う。

 あれは、麻衣だ。


 念のため、麻衣が寝ていたシュラフを見てみる。

 空っぽだった。

 まだ温かいことから、たった今出て行ったばかりだろう。


 ──い…よう、こっちに…て


 再び、気味の悪い声が聞こえてきた。

 直感で理解する。

 麻衣が向かっている方向、声はそっちから聞こえてきていた。

 呼ばれているのだ。


「お母さん、起きて! お母さん!!」

 清明は隣で眠る愛を起こそうとした。

 けれども、目覚める気配はない。

 何かが変だった。

「真壁さん、起きて! 佐土原がやばいんだ」

 今度は少し離れたところで眠る真壁を揺すった。

 やはり起きる気配がない。


 おかしい。

 確かに疲れがたまっていて、昨日は一睡もできていなかったけど、こんなにも深く眠るものだろうか?

 清明は何か不気味な気配を感じた。

 悍ましくも強力な力が、寝ている人全員を押さえつけているような、そんな気配を感じた。


 清明は意を決して、教室を飛び出した。

 ただでさえ真っ暗な夜。呪蓋が降りて、より一層、闇が深くなっている。

 正直怖かった。

 シュラフを被って、朝が来るのを待っていたかった。

 だけど──。


 ──麻衣を頼む。


 親友の言葉を思い出す。

 命を賭してまで、龍也は自分に彼女を託したのだ。怖いなんて言ってられなかった。


 急いで麻衣の後を追う。

 時間をロスしてしまったのか、あたりに麻衣の姿はない。

 だけど、気配がする。

 麻衣を呼んでいる、悍ましい気配が。

 

 土手を登り、木に頭上を覆われたアスファルトの上を走る。

 やがて、声の気配が濃厚になる場所を見つけた。

(ここは…?)

 偶然だろうか?

 清明がたどり着いた場所は、最初に自分の宿泊ポイントがあった場所だ。

 呪蓋が降りる直前、確かここで黒い靄のような幽霊の姿を目撃したのだった。


 かさり。

 葉が擦れる音が聞こえた。

 霊的な音ではなく、もっと肉質な音。

 森に入っていく麻衣の姿を見つける。


「佐土原!!」

 名前を呼ぶも、麻衣は反応しない。

 ただ、ひたすらに森の中を進んでいく。


 清明は急いで森の中に入り、麻衣の後を追った。

 やがて、麻衣に追いついた。

 彼女が歩くのをやめていたからだ。

 代わりの地面の一部を、じっと見つめている。


 カラスの死体があった。

 口に不気味な巾着袋をくわえていた。


 ぶわっと爆発するような寒気を覚えた。

 全身の産毛か一気に逆立つ。

 間違いない。これは大人たちが捜していた呪憑物、「キンシン袋」だ。

この気配、中にはまだ、エンティティが残っている。

 

 麻衣がゆっくりと、それに手を伸ばそうとしいていた。

「駄目だ、佐土原!!」

 叫んでも、麻衣は止まらない。

 清明は後ろから麻衣を抱き締めると、そのまま後ろに倒れ込んだ。

 麻衣のやわらかい肌の感触と、髪の毛の匂いが、清明を包み込んでくる。

 いつも一緒に遊んでいたけど、こんなふうに触れたのは初めての経験だった。

 思春期直前の男子にとっては刺激が強かったが、それ以上に、麻衣に死んでほしくなかった。


──邪魔するな!!


奈落の底から響くような、低くて絡みつくような女の声が聞こえた。

真っ黒な森の中、木の枝から吊るされるように、ゆらゆらと揺れている白い影があった。

あらゆる憎しみを表情に詰め込んだかのような、恐ろしい形相の女の幽霊。

「うわぁあああああああ!!」

 情けのない声が漏れた。

 だけど、絶対に麻衣は放さなかった。

 強大な力を持った呪憑物といえども、条件を満たさない限り、人に影響を及ぼすことはできない。

 せいぜいが、波長の合う者を呼んで、誘う程度。

 大丈夫だ!

 触れなければ、絶対に大丈夫!!


 だが、その刹那。

 ズン、と背後に何か異様な気配を感じた。


 慌てて振り返ろうとして、頭を殴られたような、鈍い衝撃を覚えた。

(佐土原…)

 清明は途切れ行く意識の中、何よりも大切な少女の名を呼んだ。


******


「梅宮くん! 梅宮くん!!」

 麻衣は必死に清明の名前を呼んだ。

 気づいたら森の中にいた。

 何かに呼ばれていた記憶はあるものの、どうして自分がそこにいたかは分からない。

 すぐ近くに清明が倒れていた。

 死んでいる!?

 麻衣は泣きそうな気持で、清明の名前を呼んだ。


「う…、うん」

 すぐに反応があった。

 ほっと息を吐く。

「…ここは?」

「わからない。気づいたら、ここにいて、梅宮くんが倒れていたの」

「……」

「ああ、そうか」

 言って、清明がゆっくりと立ち上がる。

「帰ろうか?」

「え? あ、うん…」

 なんだろ、と麻衣は思った。

 どこか違和感がある。

 清明なのに、清明じゃないかのような、落ち着いた雰囲気があった。


「きゃっ!」

 足元にカラスの死体があることに気づき、麻衣は小さく声をあげた。

 真っ暗なので、夜目に慣れていなければ、踏んでしまっていたかもしれない。

 口から泡を吐いて、死んでいた。

 毒でも食べたのだろうか?


 一瞬、フラッシュバックするものがあった。

 どこかでこのカラスを見て、そのときは口に何かを咥えていたかのような…。

「はやく、行こうよ」

「…うん。手を繋いでもらっていい」

「うん、いいよ」

 清明に手に、自分の手が包まれる。安心感とともに、麻衣は少し気恥ずかしかった。

 清明も同じ気持ちだろうか?

 ふと、彼の横顔を見た。

 まるで一切の感情が無いかのような、能面がそこにはあった。

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