第46話 デスゲーム5日目(残り23名)

 文才亜里斗(眼鏡)は、自分の名前が嫌いだった。

 なぜなら、自分には文才がないからだ。

 まぁ正直、苗字のほうは百歩譲って仕方がないと思う。

 だが名前はどうよ?

 確かに、否定的な名前だったり、無関係だったりすると、ちょっとは「うん?」ってなるけど、「ありと」はちょっとやり過ぎだった。


 一応、自分には文才があるのではないか、という思春期特有の万能感で、小説投稿サイトなどで書いたことはあったけど、まったく人気が出なかった。

 何度も辞めようかと思ったが、こんな自分にもひとりだけ常に反応をしてくれる読者がいて、その人が応援してくれるのが嬉しく心地よくて、辞めるのが申し訳なくて、結局はダラダラと続けてしまっていた。


 けど、そろそろ潮時かなとは思っていた。

 そんなときだった。

 ヒガン髑髏の動画配信を見てしまったのは。

 自分に霊感があることを今まで知らなかったが、7日間過ごすだけで絶対的な才能が手に入るのだという。砂漠で干からびそうなときに、オアシスを発見したような気持だった。

 だが──。


 亜里斗が歯を磨いていると、「こんにちは」と真壁浩人(イケメン)が挨拶してきた。

 軽く会釈を返しながら、ちょっと立ち去りたい気持ちになっていた。

 純粋に怖いのだ、この人物が。

 完璧なイケメン、みんなが頼れるリーダー。

 すげえ、こんな人間、本当にいるんだな、と感心していたが、一昨日のゲームで、彼の印象にしこりが残った。

 

 猿姫人形のエンティティを炙り出す際に起きた「ケンケン相撲」。

 そのとき、真壁は相手の女性をぶん殴って勝者となった。

 ある意味当然の行為で、生き残っている自分にそれを否定できる権利はないのだが、今までのイメージが完璧すぎたため、彼も普通の人間だったという事実に、ちょっとばかりビビッてしまっていた。


「何か?」

 問われて、亜里斗は自分が、真壁をチラ見していることに気づいた。

「ああ、いや、特には…。だいぶん、臭ってきましたよね」

 言ったあと、しまったと思った。

 臭っているとは当然ながら、死体のことだ。

 この洗面所は、死体を安置している教室から近い場所にある。呪蓋の中にいるとはいえ、今は夏場で、最初の死体から、もう5日が過ぎていた。

 誤魔化すためとはいえ、自分をぶん殴りたいくらい、不謹慎な科白だった。


「…そうですね。あと3日の辛抱ですが、無駄にストレスを受けるのは、よろしくないですね。今から全部の遺体を動かすのは大変ですし、女性用の洗面所を使わせてもらいましょうか」

 意外にも怒られることはなかった。

 あるいは亜里斗が失言を反省していることに気づき、気を遣ってくれたのかもしれない。


 3日目の「ケンケン相撲」が終わったあと、精神的にも肉体的にも限界の来ていた参加者たちは、泥のように眠った。

 起きたのは、次の日の昼過ぎ。全員が12時間近く眠っていた。

 起きてから初めにやったことは、死体の運搬だった。

 正直、ずっとあまり食べていなかったせいか、空腹も酷く、死体の真横でも食事にがっつける自信はあったのだが、先に死体を片づける、という当然の流れになった。

 死体はやけに重く、死後硬直もはじまっていたため、片付けが終わったのは夕方だった。

 

 そこからみんなで料理をして、もしかしたら悪くなっていた食材もあったかもしれないが、そんなことを気にすることもなく、全員ががつがつと食事をした。

 生き延びたという実感があったのかもしれない。

 体が精神以上に、エネルギーを必要としていたのかもしれない。

 人を殺した直後とは思えないほど、みんな一心不乱に食事をした。 

 その後、特に会話することもなく、全員が再び足りない睡眠をむさぼるように床に就いた。


 そして今日、5日目の昼となった。

 異変があったのは、夕方過ぎだ。

 そろそろ夕食の準備をしようと動きはじめたころだった。 

「あれ? モコがいないんだけど?」

 阿久津未来(ギャル)が、不安げな声をあげた。

「モコ?」

 彼女の隣にいた大柄な体躯の黒岩直弥(大柄)が、誰?といった感じで訊き返す。

「朋子だよ! 山下朋子!! 私と一緒にいつもいたじゃん!!

 言われて、亜里斗も彼女の顔が浮かんだ。

 山下朋子(ギャル)。未来の友人でショートヘアのギャルだ。

 確かに姿が見当たらない。


「捜しましょう。ただしペアで行動してください」

 真壁が当然のように言って、亜里斗たちは廃校の教室を出た。

「あれじゃないのか?」

 亜里斗は自分と同じフリーターの財前博隆(フリーター)と運動場へ向かっていたが、すぐに朝礼台の横に立つ朋子らしき人物を見つけた。

 近くにいた数名とともに、彼女の元へと駆け寄った。


「お~い、そろそろ飯だぞ」

 隣の財前が呼びかけるも、朋子は反応しない。

 嫌な、予感がした。


「モコ~。どうしたの?」

 後ろから未来がやってきた。

 彼女の声を聞いて、朋子がゆっくりと朝礼台を指差す。

 ぞわりとなった。


 そこにあったのは、こっくりさんの紙だった。

 確か前に使用したやつは、如月葉月(霊媒師)が燃やして処理をしたはずだ。

 よくよく見ると紙質が違う。

 色褪せていることから、廃校の壁に張ってあったポスターの裏に書いたものだろう。


「いったい誰がこれを…」

「ウチだよ」

 芝浦恭平(大学生)の呟きに、朋子が答える。

 え? となった。

 どうして、彼女がこれを…。


「みんな、ずるよ。ウチとも遊んで欲しいな~。それともウチのこと嫌い?」

「モコ、あんた何言って…」

 刹那、呪蓋が降りた。


「ウチも、ももももも‥‥、しお、しおおおおおおりも…遊び、たいよう」

 くるりと振り向いた朋子の頭の上に、幼い少女の呪影が現れた。

「うわぁああああああ!!」

 亜里斗は思わず悲鳴を上げてしまった。

 一瞬で理解する。

 彼女は呪憑物のエンティティに憑りつかれていた。


「うわああああ!!」

 亜里斗は芝浦恭平と一緒に走って逃げ出した。


 ──逃げないで。こっちに来てよう。


 脳に直接、呪いの声が聞こえた。

 恐ろしさのあまり、足がもつれてコケてしまう。


 ──逃げるなぁ!!!


 その瞬間、亜里斗の前を走っていた芝浦の首から鮮血がほとばしった。

 鮮血は首のまわりを一周するように噴き出し、ぼとりと彼の首が落ちる。

「うわっ! うわぁあああ!!」

 眼前に生首が転がって来て、亜里斗は情けない悲鳴をあげた。

 おそらくは逃げようとしたから殺されたのだ。

 コケていなかったら、亜里斗も同じ運命をたどったのかもしれない。


「何してんだ! おまえら!!」

 廃校から葉月が飛び出してきた。その後ろには真壁たちの姿もあった。

 そして、芝浦の斬首された遺体と、朋子に憑りつくエンティティを見て、すべてを察した。


 新たなゲームが始まるのだ。

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