第17話 デスゲーム1日目 4

「それでは、『自己紹介&ホラー語り』をはじめたいと思いま~す!」

 YouTuberのハイジンの声が、スピーカーを通して聞こえてきた。

 デスゲームの本番は、ひとりで過ごす夜だ。

 つまり、昼間はちょっと暇になる。

 運営もそのことを理解しているのか、昼間の時間は、レクリエーションや食事の準備などに費やすスケジュールになっていた。

 初日の今日は、自己紹介。

 ただの自己紹介ではなく、怖い話を添えての自己紹介。このレクリエーションのおかげで、圭祐は全員の顔と名前を把握できた。


 自己紹介が終わったら、さっそく夕食の準備がはじまった。

 狙ったのか、メニューは定番のカレーだ。

 ガスを使うため、運動場で料理を行っていた。食事もここでする予定だ。

「食事のときはチャンスかもしれません」

「え? 何が?」

 カレーの鍋を掻き混ぜている乙希に、圭祐は話しかけた。

 幸い、独り言が聞かれそうな位置に人はいない。

「H乳業です。食事のときは、着ぐるみを脱ぐと思うので」

「ああっ、ああ! そうね。あと、H乳牛だから」

「…もしかして忘れてました?」

「そんなわけないよ~。いきなりだったから、どの話かわからなかっただけ」

 圭祐はH乳牛の姿を捜した。

 しかし、見えるところにはいないようだ。


 H乳牛は食事の時間になっても現れなかった。

「どうしたんでしょう?」

「さあ? …聞いてみようか?」

 YouTuberたちは、それぞれ違うテーブルに座っていた。

 彼らだけで固まるのではなく、ファンたちとの交流を優先しているようだった。

 乙希は同じテーブルの夜昼寝(YouTuber)に尋ねた。

「ああ、もう少ししたら来ると思うよ」

「何かあったんですか?」

「ああ。いや、心配するようなことはないけど、ほら、あいつ着ぐるみじゃん」

「ええ」

「ファンに素顔を見せるわけにはいかないから、食ってからこっちに来るってさ」

「……」

 その可能性は考えていなかった。

 確かにファンのことを考えれば、食事とはいえ、素顔を晒すわけにはいかないだろう。

「すぐに行けば間に合うかもしれません」

「え? …ええ、そうね」

 何故か乙希の歯切れは悪い。


「あ! H乳業が来たぁああああ!!」

 小学生たちが騒ぎはじめた。

「もお~! だから業者じゃないって! 

 校舎のほうから、H乳牛がやってきた。どうやら、間に合わなかったらしい。


 食事をとった後は、各自が自分の宿泊ポイントへ移動した。

 廃村は数キロに広がっているため、遠くのポイントを割り当てられた者は、早めに移動する必要がある。それでも、22時までは自由に移動して良い決まりだった。


「焦る気持ちは分かるけど、7日もあるんだから…」

 持参したテントの中で、乙希は小説を読みながら、やんわりと否定してきた。

 スマホが使用できるのは今日知ったので、乙希は暇つぶしに本を持ってきていたのだ。

 ただし、トラフィックと公平性の問題から、22時までは通信は切られていたし、22時以降も助けてコール以外のスマホの使用は禁止されていたため、結果的に暇つぶしのツールは必須だった。

「でも、はやく犯人を特定しないと…」

 圭祐としては、なんとかH乳牛の素顔を見たかった。

 けれども、乙希の反応は鈍い。

 あまり気が進まないようにも思えた。


「雛原さんは、あまり賛成じゃないんですか?」

 思わず尋ねていた。

 乙希は小説から、視線を外した。

「…目黒くんは、犯人を見つけたらどうるすの?」

 その質問に、すぐには答えられなかった。

 自分を殺した相手であり、家族の仇でもある。

 出来るのなら、呪い殺してやりたい。

 けど、どうやったら呪うことができるのだろう?


「私は、少し怖いかな。目黒くんには悪いけど…」

 ああ、そうか。と圭祐は理解した。

 すでに死んでいる自分は大丈夫かもしれないが、乙希は違う。

最悪、殺されてしまう可能性もある。

 犯人に近づきたくない、という気持ちは理解できるものだった。

 犯人を知って、すぐに警察に駆け込めば良いかもしれない。

 けれども、そのためにはデスゲームを降りる必要がある。

 命の危険を覚悟してまで、乙希はこのゲームに参加している。

 途中で降りることはないし、また関係のない殺人に巻き込まれるつもりもないのだろう。

 彼女の立場からすれば、渋るのが当然かもしれない。


「…ごめん。着替えるから、ちょっと外に出てもらえる?」

 乙希は自分の服に手をかけた。

 生前は同級生だった女子のそんな所作を見たら、圭祐としては外に出ざるを得ない。

 幽霊だから、という理由は、ナンセンスだ。

「人が少ないほうだったら、見つからないと思うから」

 乙希の言葉が、圭祐の背中に投げかけられた。


 谷間に位置する廃村は、異様な静寂に包まれていた。

 満天の星空は美しいが、それ以上に不気味な闇があたりを覆っている。

 まだ22時ではないので、散策している参加者がいて、圭祐は今にも飲み込んできそうな、森の暗闇に身を隠した。

 変な話だが、幽霊になっても怖いものは怖い。

 いや、感覚が優れているぶん、ダイレクトに恐怖を感じてしまう。

 

 と、そのときだ。

「…、…い、…ん」

 ぞわぞわと耳にまとわりつくような声が聞こえた。

 この世ならざる者の声。

 ぞくりと背筋が粟立つ。

 闇の奥から何か悍ましいモノが急速に迫ってくる気配を覚えた。

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!)

 圭祐は泣きそうになる。

 明らかに何かが近づいてきている。

 必死に逃げようとするが、体が金縛りになったみたいに重い。

 夢の中で必死に体を動かそうとしているみたいだ。


「お…、…い、ちゃ…」

 掠れた怨嗟の声が頭の中を掻きまわしてくる。

(嫌だ!嫌だ!嫌だ!逃げたい逃げたい逃げたい!!)


「おにい…ちゃん」


 刹那、怨嗟の声がはっきりと聞こえた。

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