第9話 お分かりいただけただろうか? 4

 必死に手に持った魚をアピールする乙希。

 けれども怪異たちは、乙希には目もくれず、圭祐を追いかけてきた。

「くっ! やっぱり触ってると駄目か!」

 乙希が魚を放り投げる。

 そこでやっと怪異たちはその存在に気づいたように、魚に群がった。

 

 そして黒い靄を吸われる前に、乙希がその魚を拾って、さらに遠くへ投げる。

 その度に、怪異たちが誘導されていった。

 どうやら怪異が乙希を襲うことはないようだ。


 圭祐は少しだけ安心した。

 だが──


「目黒くん! まえ!!」


 乙希のことを心配しすぎたせいか、周囲への警戒が疎かになっていた。

 指摘を受けて初めて気づく。


「おかえり~」


 目の前にあの怪異が立っていた。

「うわああああああああ!!」


 奴が伸ばしてきた手を辛うじてかわした。

 慌てて違う方向へ逃げるも、そこにも新たな怪異が立ち塞がっていた。

 徐々に、行動範囲を奪われていく。

 生気のない真っ白な腕が、にゅ~っと伸びてくる。


「うわぁっ!!」

 次の瞬間、がくんと体幹が崩れた。

 景色が大きく回転する。


 圭祐は土手から足を踏み外し、転げ落ちていた。

 幸運にも、そのお陰で怪異から触れられずに済んだ。


「目黒くん!!」


 乙希の悲鳴にも似た声。

 慌てて状態を起こした圭祐は、自身の最期を悟った。

 周囲には怪異の群れ。

今落ちてきたばかりの土手の上にも、登ってくるのを待つように、怪異がこちらを見下ろしてきている。完全に囲まれていた。


「おかえりなさ、いませ~」


 ゆっくりと怪異たち手が迫ってくる。

 もはや、避けることはできなかった。

 圭祐は思わず目を閉じた。


 ゴ~ン、ゴ~ン。


 とこからともなく、金の音が聞こえてきた。

 軽快な、結婚式のときに鳴る鐘のような音。

 何事か? と目を開ける。


 怪異たちが動きを止めていた。

 まるで鐘の音に聞き入るように、全員が上のほうを見つめていた。

 やがて上空から、光の筋が伸びてきた。

 曇りの日に現れるようなエンジェルピロー。

 それが怪異一匹一匹の上に降り注いでいる。

 

 怪異が静かに目を閉じる。

 そして光に溶けるように、その姿を消失させていった。

 次々に怪異が消え失せていく。


 何が起こっているのは分からない。

 けれども、助かったのだという事実だけは理解できた。


 とうとう怪異は一匹のみとなった。

 同じように、奴の上にも光の筋が降り注いでいた。


 刹那、怪異はくわっと両目を開き、あの血走った目を圭祐に向けてきた。

 その表情は、いつもとは違い笑ってはいなかった。

 ぞくりと背筋が粟立つ。

 これまでに聞いたことのない、ドスの利いた低い声で、奴はこう言った。


「こうかい、するぞ」

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