第7話 お分かりいただけただろうか? 2
圭祐と乙希は、電車に乗りこんだ。
目的をもってどこかへ行くというよりは、あの怪異から距離を取るための行為。
「ふぅ、なんとかなったね」
電車の横向きのソファに座りながら、乙希は大きく息を吐いてから言った。
なんとなくだが、圭祐も理解していた。
あの怪異は、動物の死体に反応するのだ。
だから、乙希の持つビニール袋の中には、スーパーで購入したと思われる、魚や肉が入っていた。
「雛原さん、あいつが何だか分かったんですか?」
乙希はちらりと圭祐のほうを見て、視線を床に降ろしてから言った。
「うん。友達の霊能力者に相談したら、たぶんだけど分かった。…あいつはオクリヌシ。目黒くんを襲う理由については、後で言うけど──」
「なんでですか!?」
「…私を信じて。理由を黙っているのは、目黒くんを助けるのに必要だから。無事に逃げおおせたら、必ず理由を教えるから」
乙希が小さく肩で息をしながら答える。
まだ整っていない呼吸が桜色の口から洩れていた。
全力で走ってきた証拠。
乙希が本気で、自分を助けようとしている証だ。
圭祐は少し冷静になった。
乙希は、交換条件があるとはいえ、命の危険を冒してまで自分を助けようとしてくれている。
ここで自分の我がままを通すのは、愚かなことだ。
「わかりました。信じます」
「ありがと」
「それで、あいつはどうやればいいんですか? 魚や肉で注意は引けるようですけど…」
「正解。基本はこれで時間を稼ぐの。7日間逃げ伸びれば、もう二度と、あいつは現れない」
「な、7日って…」
そのときだ。
電車の中が異様な空気に包まれた。
風呂場で感じた、あの素肌で恐怖を感じているかのような感覚。
不気味な気配があたりを包み込む。
チカチカと電車の蛍光灯が点滅した。
ふっと、灯が消え、周囲が真っ暗になる。
次に灯がついたとき、電車の中にそいつは立っていた。
「おかえりなさ、いませ~」
「テラーフィールド!? もしかして来た!? 距離は関係ないの!?」
立ち上がった乙希は、ビニール袋から肉の塊を出して、床に投げつけた。
「うおっ! 何やっての?」
近くにいた乗客が驚いた声をあげた。
当然だ。
怪異が見えていない彼らにとって、乙希は電車のなかでいきなり肉を投げつけた変人でしかない。
「こんなにちいさく~、バラバラ~、ひどぉい~」
怪異が肉に近づいていく。
そうしてしばらく声をかけたあと、口を縦に伸ばした。
(なんだ?)
圭祐はそれを見た。
床に落ちた肉から、黒い靄のようなモノが湧き出てきて、吸い込まれるようにして、怪異の口の中に消えていったのだ。
「おかえりなさ、いませ~」
「くっ!」
乙希は憎らしげな声を漏らして、次に魚を投げつけた。
「おいおい! だからなんだよ!?」
ほかの乗客が騒ぎはじめた。
けれども止めるわけにはいかない。
逃げ道のない電車の中。
ビニール袋から死体を取りだして投げるも、次第にじり貧になっていく。
「何をされているんですか?」
誰かが呼んだのだろう、駅員がやってきた。
「ここは電車の中ですよ。片づけてください」
「あなたに霊感はありますか?」
乙希の科白に駅員は面食らった表情になった。
「この電車の中に悪い霊がいます。生贄を捧げないと、あなたたちもタダじゃすまないわよ!!」
乙希の剣幕に、駅員も乗客も、戸惑ったように顔を見合わせる。
「わかりましたから。片づけてください」
そんな科白を言う時点で、駅員には何も伝わっていなかった。
「おかえり~」
魚からも黒い靄を吸い上げた怪異が、再び迫ってくる。
乙希は再び魚を投げつけた。
「おい、こら!」
駅員が声を荒げると同時に、電車が駅に到着した。
乙希と圭祐は、急いで電車を後にする。駅員が何か叫んでいたが、気にする余裕はなかった。
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