第6話 お分かりいただけただろうか? 1

「うぎゃああああああ!!」

 途端に鋭く焼けるような痛みが背中と股間に走った。

 圭祐はのたうち回りながらも、焼きゴテを当てられたかのような痛みを発する股間を、両手で押さえる。

 違和感があった。


 本来あるはずの感触が、どこにもない。

 股間にあるはずのモノが消えていた。

 切り取られたのだ。

 切断面が鋭い痛みを発していた。


「くそう!! ちくしょう!!」

 圭祐は涙を流しながら怨嗟の声をあげた。

 どうして自分がこんな目に遭わなければならない!?

 俺がいったい何をした!?

 人に恨まれるようなことをしたのか!?


「ねえ? かえろう?」

 怪異が例の血で描いたような、耳まで口が裂けた笑顔で訊いた。

「帰るか! ボケ!!」

「なんで?なんで?おかしいよ~」


 怪異の口がゆっくりと縦に伸びはじめた。

 いや、これは口を開いているのだ。

 絶望を思わせるような、真っ暗な穴が、口の向こう側に空いていた。

 あの中に入れられたら、自分は終わる。

 自分のすべてが終わる。

 圭祐の中の何かが、全力でそれを肯定していた。

 逃げなきゃ逃げなきゃ!

 

 けれども怪異の力は強く、両手でも、相手の指の一本すら動かすことができなかった。

(くそう!くそう!死ぬ!死ぬぅううう!! 嫌だ!死にたくない!死にたくない!!誰か!!!)


 ひゅっと風を切るような音が聞こえた。

 ぼとりと何か重たい物が落ちる気配。

 鶏肉だった。


 スーパーに売ってあるかのような、綺麗なささみ肉。


「目黒くん! 無事!?」

 部屋に飛び込んできたのは、乙希だった。


「ああ、かわいそ~。かわいそ~。バラバラ~、ひどい」


 怪異は何故か圭祐の拘束を解いて、床に落ちた、ささみ肉に関心を示した。

「動ける? 無事?」

 乙希が手を伸ばしてくる。

 圭祐は手を伸ばそうとして、自分の体の傷が消えていることに気づいた。

 股間にも、あるべき物が戻って来ている感覚がある。

「お、俺は無事だけど、妹たちが!!!」

「それはあと! 今はここから逃げるよ!!」


 玄関を飛び出したところで、強烈な光が襲って来た。

 圭祐は思わず顔を背ける。

「おい、何をしている!?」「どうしてこんな所にいるんだ!」


 ライトを持った男たちが声を荒げる。

 制服を着た警察官だ。


「ごめんなさい!」

 乙希は叫んで、圭祐の手首を握ると、急いでその場から走りだした。

「雛原さん! 待って! 警察! 警察だって!!」

「無駄! 彼らには見えない!!」


 乙希の言うとおりだった。

 彼らには怪異は見えない。

 むしろ下手に足止めを喰らって、怪異に追いつかれる可能性すらあった。


アパートの敷地を出て、夜のアスファルトを駆ける。

乙希の足が急に止まった。

「うわっ!」

 乙希にぶつかりそうになって、圭祐は思わず声を漏らした。

「どうし…」

 言葉は最後まで必要なかった。

 街灯の先に、あの怪異が佇んでいた。

 そして、もの凄い速度で、こちらに走ってくる。


「うわああああああああ!!!」

「くそっ!!」

 乙希は、ビニール袋の中から何かを取りだした。

 魚だった。

 なんの魚かはよく分からなかったが、15センチくらいの魚を取りだして、乙希はそれを怪異に向かって投げつけた。

「ああ~、ひどい~。かわいそ~」


 怪異は圭祐たちを追うのをやめ、道路におちた魚へと興味を逸らした。

 その隙に圭祐たちは逃げ出した。

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