第38話 デスゲーム3日目 4(残り48名)
「なんで私を助けたんですか!?」
野木智美(オカメン)は目黒圭祐(幽霊)に問い掛けた。
今は、トイレに行くと言って、一人きりになっている。
ワン・オールドメイドは、松田加奈代(小学生の母)の負けで決定した。
案の定、松田親子は泣き崩れ、周囲も同情の視線を送った。
智美は完全にヒールになった。
智美は勝手に圭祐に嵌められたと思ったが、引いたカードはスペードの5で、圭祐は智美を助けてくれたのだ。
「前も言ったと思いますけど、俺は俺を殺した人物を捜しています。協力はしてもらえそうになかったので、勝手に憑りついて犯人を捜してました。まだ、あなたに死なれると困るので」
「助けてくれたことには感謝しています! だけどもう、勘弁して!! 私に憑りついていることがバレたら、私も龍脈封印されてしまうわ!」
「生魂憑依なら大丈夫です。向井さんも以前、憑りつかれていると気づくには、精神同士の反発が必要だと言っていました」
霊能者が、幽霊に憑りつかれた人を見分けることができるのは、生者と使者の精神の葛藤、すなわちプネウマの座で衝突が起こるからだ。
生魂憑依が周囲に気づかれないのは、霊体側の意志で精神の衝突を避け、大人しく隠れることが可能だから。意志のない霊体には、基本的にこれが出来ない。
呪憑物の場合は、これとまったく逆の出来事が起こっている。
強力な呪いは、生者の精神を破壊、または洗脳し、思いのままに操ることも出来る。
つまり生者側の精神を消すことによって、衝突を回避しているため、霊能者に認識されないのだ。
「そうだけど、もしも外に出られなければ、次は如月さん(霊媒師)がエンティティを見つける方法を試すって言ってる! それでもし、あなたのことが見つかったら!」
「…わかりました」
圭祐は意外にあっさり引いてくれた。
「…そう。わかってくれたなら、嬉しいです」
「最後です。野木さんが何を捨てたのか、教えてください」
ズキン、と心臓が鈍い痛みを発した。
悪い病気が侵食していくように、その鈍い痛みが全身に広がっていく。
「な、なんのこと?」
「無くなった呪憑物を捜すため、各自の持ち物を検査するって話になったときです。運動場で騒ぎが起こっているときに、野木さんは何かを服の中に隠して、外に投げ捨てましたよね?」
ズキン。
やはり、見られていた。
「あれは、なんです?」
「せ、生理用品です。は、恥ずかしいから…」
「…ナイフでしたよね? 布に包んでありましたが、隙間から少し見えました。最初は人面ナイフを持っていたのは野木さんかと思いましたが、そっちは運動場で畑中由詩さん(ポニテ)が持ち主でした。あのナイフはなんです?」
「し、知らないわ! 目黒さんには関係ないでしょ!!」
ぞわりとした気配がした。
目の前に、透明な男の姿が現れる。
「ひぃいいいいいいい」
思わず悲鳴が漏れた。
さきほどまで普通に会話していたが、こうして姿を見ると、やはり恐ろしい。
「僕に何もできないと思っていますか?」
刹那、不気味で濃厚な死の気配が、智美を襲ってきた。
第六感が理解する。
この感覚は──。
「うそ!? …呪蓋が降りた!?」
「俺の呪蓋です。ヒガン髑髏の影響かもしれません。日に日に俺の中の呪いの力が強くなっていってる。憎い憎いって。そのうち俺は、悪霊となって自我を失くしてしまうかもしれません。その前に、犯人を見つけたいんですよ!」
圭祐の手がすっと伸びてきて、智美の首を絞めつける。
霊体である彼らは、ソーマの座、いわゆる肉体に触れることはできない。
なのに、今の圭祐はまるで肉体があるかのように、智美の首を絞めていた。
いや、正確には違う。
やはり圭祐の手は、肉体には影響を及ぼしてはいない。
これは精神への攻撃だ。
首を絞めているという情報を与えることで、智美は息を止めるという行為をしている。
精神に影響を与えることで、憑依者の肉体を操る。
これではまるで、呪憑物と同じではないか!?
「ごめんなさい! わかった! 言うから!!」
必死に智美は叫んだ。
果たして自分の声が音として出たかも分からなかった。
けれども、首から流しこまれていた情報が掻き消える。
途端に、智美の肉体は呼吸をすることを思い出した。
肩を大きく上下させて、必死に酸素を吸い込んだ。
「あの、ナイフはなんです? 包んでいた布には血の跡がついてました」
「…あれは、人を刺したものです」
「誰を?」
智美は一瞬、躊躇した。
けれども無意味だと悟り、静かにその名を告げた。
「雛原乙希さんです」
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