第37話 ワン・オールドメイド 4
智美(オカメン)は、縦抜和文(オカメン)の手からカードを抜き取った。
ゆっくりとカードを上げてから、見る。
見知った顔がそこにはあった。
クラブのクィーンだった。
暗い沼の底に落とされたような気持だった。
必死に願って、やっとの思いで追い出したはずの、惨めな死。
それが巡り巡って、再び自分の手に戻ってきたのだ。
こんな皮肉なことがあるだろうか?
熱いものが込み上げてきた。
死の恐怖よりも、自分の惨めな人生を肯定されたことのほうが悔しかった。
何をやっても駄目なんだという絶望が、呪蓋のように自分を覆っていた。
残るカードは3枚。
智美がクィーンを持っていることは、誰もが理解していた。
残るプレイヤーである、松田加奈代(小学生の母)もそうだ。
智美は機械的に、カードをシャッフルする。
なんとなく、自分に決まるだろうな、という予感があった。
カードを裏にして差し出す。
けれども、加奈代はなかなかカードを引かなかった。
智美は訝しげに加奈代を見た。
はっと、感情に火が灯った。
加奈代も泣いていた。
ぐしゃぐしゃに顔を崩しながら、涙を流しながら、震える手を伸ばしている。
命が掛かっているのは、向こうも同じだ。
死にたくないのも、同じだ。
智美は自分ひとりだけが不幸だと思っていたが、加奈代も同じ思いなのだ。
ぐすり、と近くから涙の音が聞こえた。
松田龍也(小学生)だった。
ああ、と智美は理解する。
このトランプは、龍也のトランプだ。
おそらくは、友達と遊ぶからと言って、加奈代に買ってもらったトランプだろう。
夏休みの思い出として、期待に胸を膨らませていたに違いない。
その息子のトランプが、今は母親の命を奪おうとしている。
こんな皮肉なことがあるだろうか?
どれくらい時間が経ったのだろう。
加奈代が、ようやくカードを引いた。
周囲の祈るような気配が伝わってくる。
加奈代がカードをめくる。
耐えきれなくなったように、口元を押さえて涙を流す。
どっちなの?
加奈代の態度からは、どのカードを引いたのか、智美には分からなかった。
智美は先に自分のカードを確認する。
…クラブの5だった。
加奈代が泣きながらカードをシャッフルする。
「お、お願いします」
震える声で懇願してくる。
何をお願いされているかは、なんとなく分かった。
だけど、どうすれば良いかは分からなかった。
周囲の視線が痛い。
加奈代を、息子の龍也が自ら協力してきたゲームで、しかも親子で買ったトランプで、死に追いやっては駄目なことくらい、智美にも理解できる。
空気を読むなら、自分が犠牲になるべきことも分かる。
だけど──
(どうしようもないじゃない!! 私だって生きたいのよ!!!)
誰も何も悪くない!
誰も何も悪くない!!
なのに、なんでこんなことになるわけ!!
忽那来夏(ヒステリック)が犠牲になれば良かったのだ。
あるいは、加奈代以外であれば、こんなに葛藤することもなかった。
あるいは、自分がこの場に残っていなければ、気楽な傍観者になれた。
どうして私は、いつも運が悪いの!?
逃げ出したいと思った。
すべてから逃げ出したい。
智美は意を決して手を伸ばした。
頭に酸素が行き渡っていない。
緊張と罪悪感から、頭がぼぅっとしてきた。
今は、早く終わらせたかった。
向かって左側のカードに手を掴む。
そのときだ。
──違う! そっちじゃない!!
声が聞こえた。
智美はぎょっとなって我に返った。
慌てて周囲を見回す。
けれど見えるのは、自分を訝しむ周囲の表情だけだ。
気のせいだったのだろうか?
智美は再び、向かって左のカードを掴んだ。
──だから、そっちじゃない!!
再び、声が聞こえた。
間違いない。これは、目黒圭祐(幽霊)の声だ。
──左がクィーンだ。
心臓が痺れるような痛みを覚えた。
完全に運だと思っていたゲームに、イカサマが仕込まれていたらどうだろう?
しかも、自分の都合の良いほうに…。
完全に運任せだからこそ、仕方ないと思えることが出来た。
だが、そこに自分の意志が介入できたとしたら?
自分の意志で、選ぶことができるのなら?
智美の中に複雑な想いが交差する。
加奈代が選ばれたのなら、どうなるのか?
泣き叫ぶ親子の姿が容易に想像できた。
龍也少年はきっと、自分のしたことを激しく後悔するだろう。
自分の手で、愛する親を殺してしまったと、幼い心に刻むことだろう。
いや、よくよく考えてみれば、まだ死ぬと決まったわけじゃない。
人面ナイフが封印されたお陰で、ヒガン髑髏の呪蓋は弱まり、無事に外に出ることができるかもしれないのだ。
そうだ。
私は悪くない!!
智美は、向かって右側のカードを引いた。
引いた瞬間、ふと思った。
そもそも圭祐がカードを教えてくれた理由はなんだろう?
おそらく圭祐は、ずっと自分のオーラの中に潜んでいたはず。
あのとき、圭祐に憑りつかれるのを拒否したが、圭祐は消えるふりをして、智美の影に潜んでいたのだろう。
廃校で急に消えた理由も、トンネルで彼の声を聞けた理由も、それなら納得できる。
だとしたら圭祐は、智美の「あの行動」も見ていたはずだ。
言い逃れできない決定的な証拠を残した瞬間を。
ぞわりとした。
やられた! と気づいた。
このカードは、クィーンだ!!!!
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