第57話 ワンナイト人狼 3

「荷物を取ってきて、証拠品を出してもいいですか?」

 自分を占い師だと言った真壁浩人は、梅宮清明に許可を求めて、自分の荷物が置いてある場所へと移動した。

 占い師。

 人狼ゲームで、誰かひとりのカードを見る能力を持った、人間側の役職だ。


 真壁は2冊の本を持って、戻ってきた。

 日記帳のような分厚い装丁の本。

 真壁が本を開く。

 本の中はくり抜かれていて、一冊の手帳が入っていた。

「念のため持ってきたものです。使うことがあるかと思って」

 出してきたのは、警察手帳だった。


 そこには、今の黒髪でなく、金髪に染めたチャラけた感じのする真壁の写真が載っていた。

 いや、真壁と呼んでいいのだろうか?

 警察手帳に書いてあった名前は「竹林森人」だ。


「真壁浩人は偽名というか、もともと参加する予定だった人の名前なんですよ。だから、しおりちゃん日記に名前を呼ばれても死ななかったんだと思います。潜入捜査なので、本名は名乗ってはならない決まりだったのですが、その規則に救われましたね」

「…潜入捜査?」

 梅宮愛が、呆然と呟く。

「僕はそこの彼、目黒家一家殺人事件の容疑者を追って、このイベントに参加したんです」

 亜里斗はまったく理解が追いつかなかった。

 真壁、…いや、それは偽名だが、面倒なので真壁と呼ぶことにするが、真壁が説明をはじめた。


 目黒一家の殺人現場を見た真壁は、それが呪憑物・キンシン袋を作るための殺人だと瞬時に悟った。

 オカルト版に目を通すことが日課となっていた真壁は、ヒガン髑髏の話題を知っており、ウイスパーとも遭遇していた。

 そのふたつの情報だけで充分だった。

 真壁は5人のYoutuberの中に、目黒家一家殺人事件の犯人がいると睨んだ。

「当然、僕はH乳牛の中身が誰なのかを知っています。H乳牛は、篠田武光さん、あなたですよね?」

「でたらめだ!!」

 篠田は叫んでいた。

「いえ、ここには持ってきてないんですが、きちんと税務署で屋号と本名を確認しました。あと、あなたが恋人である雛原乙希さんとホテルから出てくる写真もあります。ここには持ってきてないですが…」

「みんな! 騙されるな! こいつが言ってることはすべて嘘だ!! 証拠が無いのをいいことに好き放題言ってるだけだからな!」

「人狼ゲームとは、そんなものですよ」


「いや、やっぱり納得いかねえ」

 葉月が冷静な声を放つ。

「その警察手帳が本物だって証拠は? 逆に準備万端ってのが違和感ありまくりだぜ」

「そう言うと思って、こちらも持ってきました」

 真壁が一冊の本を広げて見せる。

本のページの上に、紙が貼りつけてあった。

「空いた時間に目を通そうとしていた捜査資料のコピーです。持ち出し禁止なのですが、暇な時間も多そうだったので持ってきちゃいました。一応、関係者外秘の資料です」

 真壁が見せてきた資料のコピーには、凄惨な事件現場の写真が載っていた。

 殺人犯にも撮影は可能なように思えたが、彼の写真には、警察官や科学分析班の姿も映り込んでいる。

 証拠としては充分だった。


「私には見分けがつかないが、最近はAIで本物そっくりの写真が作成できるらしいからな」

「信用ないですね」

「とにかく、準備万端てのが気に喰わねえ」


「あの…」

 睨むような顔で発言してきたのは愛だった。

「そこまで分かっていて、どうして逮捕しなかったんですか? この残酷なイベントを、止められたんじゃないんですか?」

 愛の主張は理解できた。

 もしも真壁の言うことがすべて本当だったとすると、彼は意図してこの惨劇を見逃していたことになる。

「黒幕だからだろ?」

 言ったのは葉月だ。

「仮に警察官だったのが事実だったとしても、犯人じゃない理由にはならねえだろ? 警察官なんて不祥事のオンパレードじゃねえか」

「あ! 最近ドラマを3つくらい見たんだけど、3つとも警察官が犯人だったよ!」

 未来が葉月の言葉を後押しする。

 言った後に、「あっ」というかたちで口を押さえた。

 真壁に不利となる発言だと気づいたのだろう。


「どうなんですか?」

 愛が責めるように言う。

「…証拠がなかったんですよ。日本の法律だと確実な証拠がなければ、何もできないんです。だから証拠を掴むため、このイベントに潜入しました」

「でも、人が死んだ時に、名乗り出ることはできましたよね? 名乗り出て、場を治めることもできた!」

「それはやってたじゃん!」

 擁護したのは未来だ。

「真壁さんは、ちゃんと多くの人が生き残れるよう、一番いい判断をしてたと思うよ。警察官だって名乗り出たとしても、正直だから何って感じだったと思う! 呪いの部分は、どうしようもなかったでしょ!?」

「でも、篠田さんが黒幕だって知ってたんでしょ!?」

「知りませんでしたよ」

 真壁の言葉に、全員が「え?」という表情になった。


「正確に言うと、僕は確かに5人のYoutuberの中に犯人がいるとは思っていました。だけど、誰かまではわかりませんでした。Youtuberの名前は屋号なので、念のため全員の名前を把握し、素行調査をしていただけです。篠田さんと雛原さんが交際している情報もそのとき手に入りましたが、事件との関連性まではわかりませんでした。

 100人の参加者の中に、雛原さんと篠田さんの名前があったことは把握していましが、それだけでは弱いです。ちなみに雛原さんと目黒圭祐くんは、同じ学校なので、僕はもしかしたら雛原さんが主犯で、篠田は利用されているだけと疑っていたほどです。あと、阿久津さんも実は疑っていました」

「え? 私?」

 未来は目をパチパチさせた。

「心当たりないですか?」

「…もしかして、朝陽っちと友達だったから?」


「妹と知り合いだったんですか!?」

 訊ねたのは、目黒圭祐だった。

「うん。実はギャルのたまり場みたいなところがあって、そこで仲良くなった。でも、死んじゃったと聞いて…」

 未来が涙を流す。

 本気の涙なのか、演技の涙なのか、分からなかった。


「とにかく、警察だと名乗っても、あまり意味はなかったと思います。それに犯人は少なくとも3名以上はいることが現場の分析から分かっていて、全体像がわかっていない状態で名乗れば、僕が殺されていた可能性がありました」


「そろそろ議論の時間は終了です」

 圭祐が静かに告げる。

 亜里斗は、そんなに時間が過ぎていたことに驚いた。


「真壁さん。最後に質問です」

 愛はまだ、納得していないようだった。

「真壁さんは、生き残ったら、どんな才能を得るつもりなんですか?」

「──名探偵の才能です。迷宮入り事件を解決したいんですよ」

「ふざけないで!!」

「…本当です。僕が刑事になったのは、そのためです。20年前に、T市で起こった髑髏仮面殺人事件。僕の家族は、その事件の被害者です」

「え!? 真壁さんって何歳!?」

 未来が微妙にズレた質問をした。

「髑髏仮面は博学な呪術の知識をもって、人間を使った呪憑物をたくさん作った殺人鬼です。キンシン袋の作り方も、奴が残したものです。正体不明の殺人鬼。僕はなんとしても奴を見つけ出し、逮捕してやりたい!」

 真壁の本性を見た気がした。

 この青い炎こそが、真壁の本当の姿なのだ。


「じゃあ、才能ほしさに、このイベントに参加したことを認めるんですね?」

「…ええ」

「じゃあ、あなたには、そのキンシン袋を作る知識も、作る動機もあったということですね?」

「…………」

 真壁は答えなかった。


「そういう梅宮さんはどんな才能がほしいの?」

「さあ? 私はもらえないんじゃない? だって私はヒガン髑髏を一度も見てないから。清明が行きたいと言ったから参加しただけで…」


「──議論は終了です!」

 圭祐が話し合いの終了を告げる。

 ここでしゃべったりすれば、ルールを破ることになり、死ぬ可能性があった。

 まだ納得がいっていない者も、口を紡ぐ。


「それでは投票に入ります」

 愛がすっと指向ける。

 真壁だった。

 彼女の真壁に対する疑いは、とうとう晴れなかったのだ。


 真壁は、篠田を指差した。

 篠田は当然、真壁を指差す。

 葉月も真壁を指した。


 麻衣は恐る恐るといった感じで、篠田を指差した。

「はぁ? ふざんけんな!」

 麻衣が小さく悲鳴を上げる。

「おい、下手なことはするな!」

 怒鳴った篠田を葉月がいさめる。ルール違反をした場合、篠田は死んでしまうのだ。


 未来は当然の如く、篠田を指した。


 これで真壁に3票、篠田に3票。

 見事に票が割れた。

 少なくともH乳牛が黒幕なのは間違いない。

 彼は男性だ。だから仮に人狼がふたりいたとしても、男のほうを選ぶのがセオリーとなる。


 文才亜里斗は、ふと自分に注がれる視線に気づいた。

 あとは亜里斗だけ、その結果ですべてが決まるのだ。

 

 ──すべてが決まる!?


 その事実に愕然とする。

 亜里斗は投票の順番を呪った。

 自分の1票ですべてが決まる。

 つまりは、無実の者の命は、亜里斗の手に握られているということだ。


 緊張で呼吸することすらも忘れた。

 全身が痺れている。

 バレーの試合で一度だけレギュラーになって、初めて試合に出たときの緊張を思い出した。

 指先がガクガクと震え、どうにも止められなかった。

 どうして自分のような脇役に、こんな重要な役目が回ってくるのか。


 なんとか会話を思い出してみる。

 普通に考えれば、真壁の主張が正しく思えた。

 説得力があり、信用できる内容。

 だが、それ故に恐ろしかった。

 自分が騙されても、おそらく気づくことはできないだろう。

 彼ならば、完璧に相手を欺くことができるという、逆の意味での信頼があった。


 逆に篠田はどうだろう?

 確かに彼の話の内容は、真壁に比べて説得力がない。

 けれども、必死に「違う」と主張していた姿は、本物のように思えた。

 不利な状況だけど、信じて欲しい。

 人狼ゲームで良くある無実のパターンだ。


 命のかかった人狼ゲーム。

 こんなにも恐ろしいゲームがあるのだろうか。


「そろそろ時間ですよ。文才さん決めてください」

 圭祐が急かしてきた。

 もはや、覚悟を決める必要があった。


 真壁を信じるか、篠田を信じるか。


 亜里斗は、その人物を指差した。

 こうして、最後のデスゲームは幕を閉じた。

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