その少女は天才魔道士

 ———ララーナたちがズベルサムシュ渓谷に到着した頃。

 

 サラカの頭蓋骨が無事にくっついた事を確認したビークイットは、一度処置室を離れて休憩をすると言い始めた。 ヒビがくっついても、骨が定着するまでは安静にしなければならないが、処置室にずっといる必要は無くなったため、ようやく休むことができるようになったのだ。

 

 一昨日の夜中に搬送されたサラカと、昨日の朝方ララーナに連行されてきたアディール。 二人の怪我は重傷とまではいかないが、サラカに関しては頭蓋骨にヒビが入っていたため繊細な作業が必要だった。

 一日経ってようやく休むことができるビークイットは、上機嫌で処置室から出ていく。

 

 そんなビークイットの後ろ姿を見ながら、ソワソワし始めるサラカ。 そして現在、処置室にはサラカ一人。

 サラカは足音を立てないようにベットから降り、忍足で窓まで向かった。 窓に到着すると、音を立てないように鍵を開け、慎重に窓を開いていく。

 音を出さないようゆっくりと窓を開けるサラカの額には、汗がじんわりとにじみ始めていた。 窓がある程度開き、ごくりと喉を鳴らしたサラカは、開けた窓から周囲の様子を確認する。

 

「よし、窓の外には誰もいねえな」

「あれ? サラカ先輩。 そんなところでコソコソと何してるんですか?」

 

 窓枠に足をかけ、顔を青ざめさせながらゆっくりと振り返るサラカ。 処置室の扉を開いた状態で固まっているシェンアン。

 病院の処置室は二階、窓の外は林になっている。

 確かに、外には誰もいなかったかもしれない。

 けれど中から誰か来た。

 二人はばっちりと目があった瞬間、気まずい空気が漂いだす。

 

「まさか! まだ安静にしていろと言われたのに! ドロンと脱走するつもりですか!」

「ちょ! 馬鹿野郎! 声がでけえ! しかもまだ脱走もしてねぇ! もしビークイットさんに聞こえたら………」

 

 そこまで言って言葉を詰まらせるサラカ。

 

「………脱走? 念のため、外出する時は報告するように、と言いに戻ってきてみれば。 脱走ですって?」

 

 錆びついた歯車のように、ぎこちない動作で振り返るシェンアン。 そこには般若面のビークイットが立っていた。

 

「あ、ビークイットさん。 私はサラカ先輩のお見舞いに来ました。 そして、ぶらぶらと脱走しようとしているサラカ先輩を見つけました。 私は何も悪いことはしていませんよ?」

「違うんですビークイットさん! 俺はまだ………」

「問答無用だこのクソガキどもぉぉぉぉぉ!」

 

 両手を交差させながら、白衣の胸ポケットに手を突っ込み、大量のメスを取り出すビークイット。

 両腕をぶんぶんと振り回すと、大量のメスが飛び道具のように飛んでいく。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ! 俺、患者だから! 余計怪我が増えちゃうって!」

「いやぁぁぁぁぁ! 私はほんっとうに何もしてないのにぃぃぃぃぃ!」

 

 処置室から二人の悲鳴が轟いた。

 

 

 

 数分後、鎖の錠で足をベットに繋がれ涙目で正座をするサラカと、同じく涙目で正座をさせられているシェンアンの前で、踏ん反り返りながらソファーに腰掛けるビークイット。 組んでいた足を色っぽい仕草で組み替えながら大きなため息を吐く。

 サラカはビークイットが足を組み替えた瞬間、頬を朱に染めながら身をかがめ始めたが、ゴミを睨むような目をしたシェンアンが怪しい動きをしていたサラカを肘でこずく。

 

「ビークイットお姉様、サラカ先輩がお姉様のパンツをチラチラ覗こうとしていました! もうそろそろいい年なんですから、パツパツのミニスカートを履くのはやめた方がいいと思います!」

「サラカ君、あなたは瞼を縫ってあげる。 シェンアンちゃんは口を縫わないとね」

 

 鬼の形相で二人を睨みつけるビークイット。 サラカとシェンアンは、顔を青ざめさせながらガクガク震え出す。

 

「と、とばっちりだ! シェンアンが余計なこと言うから!」

「いえいえ、そもそもサラカ先輩が脱走なんてチマチマしたこと考えるから悪いんです!」

「サラカ君! なんで脱走なんかしようとしたのか、正直に言わないとベットに縫いつけるわよ!」

 

 コソコソと話し始めた二人に、鋭い声音で質問を始めるビークイット。

 サラカは縮こまりながら、ポツポツと弁明を始めた。

 

「アディールが、朝………ララーナちゃんと迷宮に行っただろ? それで、その〜。 なんと言うか〜」

「二人が心配だから、様子を見に行こうとしたのね?」

 

 呆れたような声で確認を取るビークイットに、無言でうなづきながら返事をするサラカ。

 

「まったく、それならそうと言いなさいよ。 さっきわたくしが休憩取るって言った時に相談すればよかったじゃない」

「だ、だってその。 ビークイットさんは疲れてるかと思って。 もう三十路だし………」

「あら、サラカ君。 もっと長い期間入院したいのかしら?」

 

 満面の笑みで青筋を立てるビークイット。

 たまらずサラカは頭を抱えた。

 

「なんでサラカ先輩はいつもボソボソ余計なこと言うんですか!」

 

 隣で正座していたシェンアンが、サラカに小声で文句を言う。

 

「シェンアンちゃん!」

「ひゃ! ひゃいい!」

 

 突然名前を呼ばれたシェンアンが、肩をびくりとさせながらビークイットに視線を向ける。

 

「あなた、今日はどこかの迷宮に行く予定なの?」

「あ、いえ! いつもの日課で母のお見舞いに来たついでに、アディール先輩に惨敗したと噂のサラカ先輩をケラケラ笑いに来たところでした!」

「てめぇ! フッざけんなよ!」

 

 弾かれたように立ち上がったサラカが、ぐっと拳を握りながらシェンアンににじり寄る。

 

「へっへーんだ! サラカ先輩のせいでいっつもとばっちり受けてるんですから! このくらいのやり返しはしておかないとですからね!」

 

 ジリジリと火花を散らしながら睨み合うサラカとシェンアン。 そんな二人を見て、ビークイットが呆れた顔でパンッ!と手を打った。

 すると、滑らかな動作で正座し直す二人。

 

「そう言うことならシェンアンちゃん、護衛を引き受けてくれないかしら?」

「………ほぇ? 何を護衛するんですか?」

 

 すっとぼけた返事を返すシェンアン。

 

「わたくしに決まってるでしょう? アディール君たちの様子を、わたくしが代わりに見てきてあげるって言ってるのよ」

 

 サラカとシェンアンは、呆けた顔でゆっくりと視線を交差させる。

 

「ビークイットさん、行き先分かるんすか?」

 

 サラカは首を傾げながらビークイットに視線を戻す。

 

「大方の予想はつくわ? ララーナちゃんならきっと三等級以下の迷宮で、ここから歩いて二時間以内のところに向かうはずよ?」

「ビークイットさん! アディール先輩も一緒なんですよ? あの聞かん坊が、三等級に行くって言ってコクコク首を振ると思いますか?」

 

 シェンアンの指摘を受け、ビークイットは顎をさする。

 

「それもそうねえ、ここから二時間以内で………念のため六等級以内と仮定すると、候補が結構多いわね」

 

 渋面を作るビークイットに、シェンアンが得意げな顔を向けた。

 

「そう言う時こそ! この私の出番ですねぇ! こんなところで新兵器が役に立つとは思いませんでしたよ!」

 

 シェンアンは背負っていた革のバックを親指で示し、背中から下ろして膝の上に置く。

 ランドセルのような形状をしたバックの中には、大量の魔石が詰められていた。

 

 最年少の五聖守護者、シェンアン・アルセルフは闇聖の刻印が入っていて、魔法が得意だ。

 彼女の突出した点は、脅威的な能力以外にも自分以外の相手が魔力を操作した際、魔法の仕組みや原理を的中させるという特技だ。

 

 生まれた時から強大な魔力を保持していたシェンアンは無意識に魔法を暴発させてしまうことがあったせいで、そう言った事故を多発させないために幼い頃から魔法に関する知識を集め続けていた。

 そうして彼女はこの街で最強の魔道士になったと同時に、魔石の開発という偉業を成し遂げたのだ。

 半分魔石作りが趣味になってしまっている彼女は、しょっちゅう意味不明な魔石を開発してはサラカやエンハに呆れられている。

 

「えーっと、確かこのあたりにギュウギュウ詰めたんですが………お、あったあった!」

 

 バックの中をまさぐるシェンアンに、ジト目を向けるサラカ。

 

「今度はどんなヘンテコ魔石作ったんだよ」

「ヘンテコとは失敬な! エクセレントな魔女っ子シェンシェンは、生活の役に立つものから冒険の補助をできるものまで、幅広く便利な魔石を作り出すんですからね!」

 

 シェンアンは頬を膨らませながらバックをまさぐっていた腕を天高く掲げる。

 

「これです! ジャッジャジャーン! 雷属性の魔石、その名もダウジング魔石! 本来ダウジングとは、人間の不覚筋動による無意識動作を元に自分が探しているものを見つけ出す物ですが………」

「シェンアンちゃん、簡潔に説明できるかしら?」

 

 急に早口になり出したシェンアンに、困った顔で視線を送るビークイット。

 

「こほん、つまりこれは! 同じ属性の魔法を得意とする守護者をビビッと示してくれる魔石です。 示した守護者が近ければ近いほど、魔力が高ければ高いほど強く示します。 一度に大量の針がプスプス出てきて方角を示しますが、アディール先輩レベルの守護者ならちょちょいと特定できると思いますよ?」

 

 説明を終えたシェンアンに、二人がジッと視線を送る。

 

「え? なんですか? なんでそんなにジロジロと………」

「お前は天才か!」

「すごいわシェンアンちゃん!」

 

 二人は同時に口を開き、あたふたしているシェンアンにずずいと身を寄せた。

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