その連携は最強最速

 昨日の夜、迷宮から帰った僕はエンハさんに誘われて酒場に向かった。

 酒場だというのに二人とも酒は頼まず、席に座った途端にエンハさんが上機嫌で語り出す。

 

「よし、さっきの話の続きをするぞ? ガイスよ、明日はビリビリ小僧が退院であろう。 おそらく小娘と一緒に迷宮に行くのは明日になる。 そこでだ、おぬしもそれがしと一緒に奴らを尾行せんか?」

「え? 尾行? 別にいいですけど、どうしてですか?」

 

 突然の提案に驚いた僕は、思わず聞き返してしまったが、本当はなんとなく理由はわかってた。

 

「悪霊が相手となると何が起きるかわからん。 ビリビリ小僧は確かに強い、しかしもしものことがあるかもしれん。 その、もしものことがあったときに、それがしが助太刀しようと思うてな。 おぬしにはもしもの事態になったとき、すぐ街に戻って助けを呼んでもらうぞ?」

 

 エンハさんは真剣な顔つきでそう言った。 その一言で悪霊がどれほど危険なのかをなんとなく悟った。

 けれど、僕は自分の認識の甘さを知った。 エンハさんとアディールが一緒に戦えば、どんな凶悪な敵にも負けるわけがないと思っていた。

 

 あれは、バケモノだ。

 アディールたちが戦っているのに、僕は安全なところから様子を見ていることしかできない。

 岩陰に隠れ、単眼鏡を握りしめる。 悔しさのあまり下唇を噛む。

 みんなは明らかに苦戦している、攻撃の手が足りないのは見ればわかる。

 

 ———怖い。

 

 悪霊があんなに強いだなんて、勝てる気がしない。 恐怖で足が震え出す。

 けれど、僕が怖がって隠れているにも関わらず、ララーナちゃんは何の躊躇ちゅうちょもせず飛び出して行った。

 そんな勇敢なララーナちゃんも、たった今吹き飛ばされた。

 

 ———自分が恥ずかしい。

 

 さっきまでララーナちゃんさえいなければ、アディールがこんな危険な目に合わなくて済んだのに、だなんて思ってた。

 いなくなってしまえば、いつもみたいにアディールと迷宮に行けたのに、と思ってしまっていた。

 

 ———僕は大バカだ。

 

 本当にここで見ているだけしかできないのか?

 ここに来る直前、エンハさんに言われた。

 

 『おぬしはまだ未熟だ。 悪霊との戦闘になり、それがしやビリビリ小僧の助力をしようとすれば、足を引っ張ることになる。 戦闘になった時、おぬしにできるのは安全地帯から様子を見て、やばいと思ったらすぐ街に助けを呼びに行くこと。 何があってもそれがしたちの戦いには入って来るでないぞ!』

 

 エンハさんはそう言っていたけど、本当にこのままでいいのか?

 僕は変わりたいと思って、エンハさんに修行をお願いした。

 ここで何もせずに見てるだけなんて、そんなの今までの僕と変わらないじゃないか。

 

 そうは思っていても、足は震えている。 悪霊の予想外の強さを目の当たりにして、怖くないわけがない

 けれど、もっと怖いのは………

 

 ———アディールたちと、二度と会えなくなることだ!


 ここで飛び出したとしても、僕に出来ることは少ないかもしれない。

 でも、少しでもアディールのためになると思ったから、強くなろうと思ったんだ。

 

 訓練場で費やした二年間を無駄にするのか?

 

 役に立たないとか、才能がないとバカにされながらも耐え抜いたあの日々を、棒に振るのか?

 

 僕は、何のために守護者になった?

 

 見ず知らずの他人にチヤホヤされたいからじゃない。 憧れの親友を、最強にしたいと思ったからだ!

 ただそれだけを目標に、何を言われても耐え続けてきたんだ!

 ここでみんなを見捨てて逃げれば、エンハさんのいう通り、僕は弱き者のまま一生を過ごすことになる。

 僕は弱き者なんかじゃない!

 

 ———最速の男を、最強にする、最高の支援術師だ!

 

 震える足に、拳を叩き落とす。 そして僕は、弾かれたように岩陰から飛び出した。

 アディールはララーナちゃんが吹き飛ばされてから、怒り狂ったように無茶な特攻を多用している。

 そのせいでエンハさんのサポートとうまく噛み合っていない。 まずは冷静さを取り戻してもらわないと!

 

「アディールゥゥゥゥゥ!」

 

 僕が憧れてる、守護者の名を叫ぶ!

 

「僕が! 君を最強にする! 悪霊なんて、ぶっ倒しちゃえ!」

 

 エンハさんは振り向きながら、憤怒の表情を向けてきた。

 

「バカもん! 今のおぬしが出来ることなど………」

「………ガイス! お前も来てたのか! ナイスだぜ! お前がいんなら、こんなやつ怖くねぇ!」

 

 エンハさんが、驚いた顔でアディールに視線を送っていた。 そして、僕が声をかけた瞬間、アディールの表情が変わった。

 これで大丈夫だ、そう思ったと同時に———

 

 ………なんだか嬉しかった。

 

 こんな僕を、心から信頼してくれるアディールの期待に応えるため、僕は今ある全てを尽くすだけだ。




 突然駆け寄ってきたガイスが、アディールに向けて手を伸ばす。

 エンハは動揺しているが、怒り狂っていたはずのアディールは、自信に溢れた表情に変わった。

 

「ビリビリ小僧! あんなド素人に何が出来るのだ!」

「黙って見てろよジジイ! あいつの面倒見てんなら、あいつの凄さは知ってるはずだぜ?」

 

 エンハは、ここに来るまでのガイスにいろいろなことを教えていた。

 しかしガイスは、教わったことを必死にやろうと努力はするが、昨日から一度もエンハへの支援に成功していない。

 

 アディールがなぜガイスを高く評価しているのかを疑うほどだった。

 不安に駆られる表情のエンハに、駆け寄ってきたガイスが視線を向けた。

 

「エンハさん、大丈夫です。 僕たちなら戦えます!」

 

 エンハはガイスの言葉を聞き、すかさず反論しようとする。

 

「しかし………」

「確かに僕は、あなたに修行をお願いしてから、たくさんのことを教えてもらったのに、一度もあなたにタイミングを合わせられないド素人です」

 

 ガイスは悪霊から距離をとり、アディールに向けて伸ばした手をグッと握りしめた。

 

「けれど、恥ずかしながら………言い訳させてもらいます」

 

 左目にかかった前髪を、もう片方の手で乱暴に掻き上げる。

 

「僕のタイミングが合わなかったのは、あんたがトロすぎたからだ!」

 

 自信に満ちた、鋭い目つきで悪霊を睨みつけるガイス。 横目に様子を見ていたエンハは、豹変したガイスを見て思わず目を見開いた。

 ガイスの支援を受け、アディールの体を風が包み込む。

 

「これで、俺たちは………最強だ」

 

 アディールの通る道に浮遊していた泡が、かまいたちによって破裂させられる。

 かまいたちが作り出した道を、音を置き去りにしながら移動するアディール。

 悪霊が慌てて自身に泡を纏うが、纏った泡は即座にかまいたちが破裂させる。

 泡を破裂させられ無防備になった側腹部に、アディールが強烈な蹴りをお見舞いした。

 

「なん、だとぉぉぉ!」

 

 側腹部にアディールの蹴りがめり込んだ悪霊が、苦悶の声を響かせる。

 慌てて泡を大量に生成するが、エンハの炎の刃がムチのように伸び、辺りに広がるのを防ぐ。

 三人は絶妙な連携で泡の鎧を破壊していく。

 

 ガイスのかまいたちがアディールの通り道を作り出し、超高速で戦場を駆け回る。

 エンハは駆け回るアディールに合わせ、泡が広がるのを防ぐ。

 

 この滑らかな攻防ができているのは、ガイスが作った道をアディールが選んでいるからではない。

 アディールが通ると予測した道に、ガイスが先にかまいたちを飛ばしているからだ。 刀を振りながら、驚愕の表情をするエンハ。

 

「こんなもの、反則級ではないか! ビリビリ小僧の動きを、目で追うことすらできん!」

 

 ガイスは瞬きすることすら忘れ、何かに取り憑かれたように、ものすごい集中力で瞳をを右往左往させている。

 エンハですら目で追えないスピードで動き回るアディールの位置を、ガイスはしっかりと目で追い、風の振動でどのような体勢になっているかを把握しながらサポートしている。

 このとてつもない動体視力を鍛えるために、訓練所にいた二年間、想像もつかないような努力をしてきたのだ。

 その姿を横目に見たエンハは困ったように肩を窄めた。

 

「これは、ビリビリ小僧が興奮する理由もわかるわい。 最速の冒険者を最強にする支援術師。 こんな高速の戦闘に慣れておるなら、ビリビリ小僧以外のタイミングに合わせられないのも当然であろうなぁ」

 

 エンハは皮肉混じりの笑みを浮かべながら、アディールの動きをフォローする。

 アディールの強烈な蹴りが何度も何度も悪霊にめり込んでいく。

 

「オノレッ! ヲノレェ! ………ゥオノレェ!」

 

 苦悶の叫びを上げながら、何度も身をよじる悪霊。 しかし、今のアディールの速さなら、たとえ泡に触れてしまったとしても、泡が破裂する前に遥か彼方まで離れてしまうほどの神速。

 

 エンハですら残像も見えていない。 しかし悪霊も必死に足掻く。

 身体中に何度も渾身の蹴りが入っているにもかかわらず、その場から動かずに頭の部分だけは泡の鎧を剥がされないよう細心の注意を払っていた。

 

「頭だけは守り切るつもりかのう! そううまくはいかせんぞ!」

 

 攻め立てる絶好の好奇だと踏んだエンハが、折れた足を引きずりながら一気に前に出る。

 

「ハナビ! もう一発いくぞ! 加減は調整できるかの!」

「分かってるわよ!」

 

 ハナビの返事を聞き、エンハは満足そうに鼻を鳴らした。

 

「ビリビリ小僧! それがしがあやつの守りをぶち抜いてやる! トドメは任せたぞ!」

「上等!」

 

 高速で動き回っていたアディールが、駆け寄ってきたエンハの隣に突然現れる。

 それを確認して大きく深呼吸し、一呼吸入れるガイス。 エンハは目つきをかえ、再度刀を鞘に収めた。

 

 今回は硬直せずに、片足で地面を蹴り、前に進みながら柄をキュッと握る。

 しかしその瞬間、悪霊は纏っていた泡を全て破裂させた。

 まさかの行動に、全員が目を見開く。

 

「これイジョウ、チョウシにノるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 悪霊の体全体から、水の膜が膨れ上がっていく。

 自身の体から直接泡を作り出し、その泡の中で不気味な笑みを浮かべる悪霊。

 泡の中に篭ってしまわれたら、いくら神速状態のアディールでも手が出せない。

 

「とっておきをツカわせられるとはな! ホめてやるぞニンゲンドモ! だが! カイシンゲキはここまでだぁぁぁぁぁ!」

「まずい! エンハさん! アディール!」

 

 泡の大きさは先ほど破裂した泡より一回り小さい、しかしアディールとエンハはかなりの距離まで近づいてしまっている。

 まともに食らえば全身バラバラに引き裂かれてしまうだろう。

 

 それを悟ったガイスは、弾かれたように飛び出し、二人に向けて両手を伸ばす。

 そして、再び鳴り響く破裂音が、渓谷にこだました。

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