その判断は痛恨の失態

「兄さん………だと?」

「やはり、そういうカラクリであったか」

 

 渋面で呟くアディールとエンハ。

 

「まさか、あいつもあたしと同じ方法で悪霊になったって言うの?」

 

 エンハの鞘から、ハナビの声が聞こえてくる。

 ハナビは悪霊に襲われたエンハを救うため、自らに残っていた全魔力を暴発させ、獄炎を作り出し、襲ってきた悪霊を灰にした。

 その炎から生まれた聖霊が、ハナビだ。

 

 今戦闘中の悪霊も同じく人型、つまり相手もなんらかの理由で自らの魔力を暴発させて産まれた悪霊なのだ。

 ララーナは他の守護者と迷宮に行くたびに悪霊に襲われ、死を呼ぶ少女と呼ばれてしまった不幸な少女だ。

 彼女の側ではたくさんの守護者が殺されている。

 

「なんとなく予想はしておったが………」

「ララーナと迷宮に行った十二人の犠牲者の中に、悪霊になっちまったやつが一人くらいいてもおかしくはねえ」

 

 ギリと歯を鳴らすアディール。

 駆けつけたララーナは、チラリとアディールに視線を向けた後、すぐ悪霊に視線を送り、背負っていた大鎌に手を添えた。

 

「私のせいで、あなたが悪霊になってしまったのなら………私自身の手で引導を渡さなければならないですね」

 

 大鎌を軽々と引き抜き、いつもの無表情で悪霊をジッと見るララーナ。

 

「ザンネンだよララーナ。 ワタシとトモにコないとイうなら、ホカのダレかのテにワタるマエに………キヨいカラダのままコロしてしまうしかないね」

 

 悪霊はアディールやエンハに向けていた注意を、ララーナに集中させた。 途端、大量の泡がララーナに向けて発射される。

 慌ててエンハとアディールが放出された泡を対処しようと地面を蹴る。

 

「ジャマをするな、ガイチュウドモ!」

 

 悪霊が両手を広げると、悪霊を挟むように大きな泡が二つ出現する。

 サイズ的には成人男性が入れそうな大きさ。

 大きさの規模が今までとは桁違いのため、直撃したら確実に肉片にされてしまう。

 これでは悪霊に近づけない、アディールは咄嗟にララーナを見た。

 

「下がれ! ララーナ!」

 

 ララーナは飛んでくる無数の泡を大鎌で薙ぎ払おうとしていた。

 アディールは血相を変えながら高速で駆け寄り、彼女の腕を引いて難を逃れる。

 

「何を………」

「あの泡には直接触れんな! あの小ささからは想像もつかない威力で破裂する! まともに食らえばタダじゃ済まねえぞ!」

 

 アディールが叫びながらララーナを庇うように前に出た。

 するとララーナは慌ててアディールの肩をガシリと掴む。

 

「あの泡はファカーラさんの能力のはず。 ならきっと、本命は大きい方の泡じゃない」

 

 普段よりも大きめの声で伝えるララーナ。

 

「本命? どう言う事だ!」

「大きい泡は遅く、小さい泡は早く動きます。 そして、泡の形は自在に変えられるんです。 こっちに飛んで来てる小さな泡が、合体して大きくなる前に潰さないと………」

 

 ようやく意図を察したアディールは、判断を誤った事に気がついた。

 

「ごメイトウ、さすがララーナだ」

 

 ララーナの方へ一直線に飛んでいた小さな泡が、一箇所に集まっていく。

 

「ボクのアワは、ボクのイシでガッタイできるし、ボクのスきなタイミングでハレツさせるコトもできるんだよ。 さようならララーナ。 そしてシにサラせ、ララーナにつきまとうクソムシめ!」

 

 次の瞬間、三つの泡が同時に破裂し、今までとは比べ物にならないほどの轟音がとどろいた。

 

 

 

 三つの巨大なクレーターに囲まれた悪霊が、フルフルと肩を揺さぶりながら笑っている。

 

「ふふふ、バカなニンゲンめ! カワイイララーナにテをダそうとしたバツだ!」

 

 周囲に視線を送り、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。 しかし、次の瞬間!

 何かの攻撃をくらった悪霊がクレーターの中に勢いよく吹き飛ばされた。

 

「ならお前の罪は、あんなにも可愛いくて優しいララーナに、ずっと辛い思いをさせやがった事だな。 ったく、頭を泡で覆ってなければ一撃で仕留めてやったのによ。 随分と用心深い野郎だな」

 

 全身からバチバチと赤色光の雷を光らせるアディールが、悪霊を睨み殺してしまいそうな迫力で立っていた。

 

「バカな! チョクゲキしたはず………」

「するかよバカが」

 

 アディールは泡が爆発する直前で、ララーナを抱え最高速度でそこを離れた。

 本気を出したアディールの最高速度は音速に匹敵する速さだ。

 泡が破裂する前のコンマ数秒で、かなりの距離を離れたことで威力を緩和する事ができた。

 

「ま、ララーナの能力で軽量化してもらったからな。 いつもより早く移動できた。 お前の泡爆発で即死しない距離までだがな」

 

 もしもそばにいたのがララーナでなければ、このような芸当は不可能だったろう。

 ララーナの能力は重力軽減。 自分と、自分が触れた物質にかかる重力を軽減できる。

 軽減できるのは自分が持ち上げることができる重さまでという制限があるが、制限以内なら全身鎧で固めていたとしても、自らの重さを超軽量化できる。

 

 二人の能力のおかげで直撃を免れてはいたが、アディールの右腕は力無く下げられていて、振り子のようにぷらぷらと揺れている。

 

「は、ミギウデはもうツカえないみたいだな」

 

 蹴られた衝撃で地面にめりこみながら口角を上げる悪霊。

 

「俺は基本的に蹴りで戦うんだ。 腕なんか使えなくても困らねえ。 ララーナを守るための、名誉の怪我だ!」

 

 アディールは冷や汗をかきながら、服の裾を噛みちぎり、無事である左腕と口で器用に縛り付け、動かないよう体に固定する。

 

「おいジジイ! どこだ! 生きてっか!」

 

 周囲に視線を送るアディール。

 

「無論、まだ戦えるわい」

 

 全身泥だらけになったエンハが大声で返事を返してきた。

 声がした方向に視線を送ると、足を引きずりながらクレーターの側まで戻ってくるエンハが目につく。

 

「ジジイも腕が無事なら問題ねえな」

「かなり魔力を持っていかれたがのう」

 

 エンハは爆発の直前、ハナビが作り出した炎の塊を刀に纏わせて全力で振り抜き、その威力で爆発の威力をわずかに相殺した。

 しかし二人ともまだ戦えるとはいえかなりの痛手だ。

 悪霊にはエンハの最初の抜刀術と、先ほどのアディールの不意打ちが炸裂したが、余裕の笑みを浮かべながら立ち上がっている。

 

「アディー! エンハ! あたしたち魔力生命体は、頭に核がある。 狙うなら心臓じゃなくて頭よ!」

「わかってらぁ。 さっきからこの野郎、頭だけは用心深く守ってやがるからな」

 

 エンハの鞘からハナビの声が響き、こくりとうなずくアディール。

 

「ダイニラウンドとイくか? しかしそのマエに………」

 

 悪霊は急に上半身だけを捻って方向転換し、左手の上で手のひらサイズの泡を作り出した。

 背後に振り向きながらその左手をまっすぐに伸ばす。

 

「キシュウなんてヒキョウなテはね、ニカイレンゾクでウマくいくワケナいんだよ? ララーナ」

 

 底冷えする声音で呟く悪霊。

 

「バカッ! お前は隠れて見てろって言ったろ!」

 

 冷や汗をかきながら悪霊の背後に視線を送るアディール。

 悪霊の背後には、大鎌を思い切り振りかぶった状態で突進しようとしていたララーナがいた。

 

「………アディール君、ごめんなさい」

「ララーナァァァァァッァァァァァァァァァァ!」

 

 アディールが声を裏返しながら叫び、同時に地を蹴ったが………

 次の瞬間、破裂音と共に粉砕された鉄片を撒き散らしながらララーナが宙を舞う。

 

 宙を舞っているララーナは、大鎌だけではなく上半身を覆っていた鎧も粉砕されていた。

 アディールは、吹き飛ばされたララーナを見て、瞳が怒りに煮えたぎる。

 吹き飛ばされたララーナの元に即座に駆け寄り、優しく受け止めたアディールは静かにつぶやいた。

 

「………………なっさけねぇ。 何やってんだよ俺は」

 

 少し離れた場所にララーナを優しく下ろし、下唇を噛み締める。

 割れた大鎌の大きな刃が、近くに刺さっていた。 それを横目に見て、ふるふると肩を震わせるアディール。

 

「おい、クソムシ! そのキタナいテでララーナのカラダにサワ………」

「黙れ」

 

 アディールは肌を凍らせるほどの冷たい声音でつぶやきながら、禍々しい殺気を振り撒いた。

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