その共闘は無謀への挑戦
五聖守護者、エンハ・カグズチ。
彼は炎の精霊と契約をした、劫火を操る侍剣士。 彼は前衛と中衛両方を担う万能な守護者だ。
能力は単純。 炎を刀の形に変え、それを鞭のように伸縮させて相手を切り刻む。
その能力の恐ろしさは刀身の温度と間合いの広さ。
高熱の刀身は触れたものを全て溶かすか焼き切るため、防御不可能な上に攻撃の軌道が読めない。
さらにはエンハ自身、刀を扱えば達人級の技術を持つため、彼が繰り出す高速の斬撃は反応するだけでも難しい。
「また、ララーナにつきマトうムシがフえたか。 ナンニンフえようとハジけトばしてくれる!」
悪霊が再度泡を大量に放出する。
それを横目に確認したエンハが担いでいた刀を横薙ぎに振った。
すると、エンハの太刀筋の延長線上で、悪霊に向かっていくように大量の泡が破裂していく。
しかし、悪霊の纏っていた泡の直前で破裂が止まった。
眉をしかめながら刀身をじっと見つめるエンハ。
「それがしの炎が消されおった。 やはり水属性は相性が悪いのう」
「ったく、俺の話しシカトすんなよ。 まあいい、助かったぜジジイ。 テメェがいりゃあなんとかなんだろ。 手伝ってくれや」
全身から赤色光の稲妻をほとばしらせたアディールが、頬が裂けんばかりに口角を上げる。
「久しぶりの共闘だからのう。 それがし、気合い入りすぎていいところ持っていっちまうかもしれんぞ?」
嬉しそうに鼻を鳴らしながら、刀を鞘に収めるエンハ。
「ハナビ、遠慮は無用じゃ。 初めから全力で行くぞ!」
「ひっさしぶりにあたしの出番が到来ね! 覚悟しなさい! 悪霊なんか、チョチョイのちょいなんだからね!」
ハナビが全身から真紅の光を放ちながら、鞘の中に溶けるように消えていく。
それを横目に見たアディールが少し困ったような顔をした。
「この渓谷、駆け出し守護者とかも結構来るんだからよ………張り切りすぎて焼土にすんなよ?」
聖霊と守護者の契約にはいくつかの条件がある。
第一に聖霊の弱体化。
聖霊と悪霊は対をなす関係にあり、生まれた際に発生した魔力の量や相性にもよるが、ほぼ力は同格の存在にある。
しかし人間と契約する際、この契約は人間側が聖霊の力を借りるという内容になっているため、魔力総量が圧倒的に少ない人間側に合わせ、聖霊は力を制御しなければならないのだ。
もし立場が逆になった契約内容の場合、魔力量が少ない人間は聖霊に取り込まれてしまう。 ハナビが掌サイズの大きさに対し現在戦闘中の悪霊は、サイズ的に小学生低学年と同程度。
魔力の結晶体で作られている聖霊や悪霊は、その大きさによって力の優劣が分かれるのだ。
第二に力を使用する相手の指定。
聖霊の力は魔物や悪霊以外に使うことが許されない。 この条件に対しては未だ謎に包まれている。
元素型の聖霊のみがこの条件を提示するため、人型の聖霊もこの謎については詳しくわかっていないようだ。
そもそも元素型の聖霊は、何故かノルンの聖水を集めることに協力的なのだ。
未発見の迷宮を発見した際も、守護者と契約している元素型の聖霊は攻略を急かしたりする。
これに関しては元素型の聖霊は、黙秘を貫くと共に詮索しないことが条件に加えられてしまう。
第三に契約者自らの魔力。
聖霊との契約後は、魔力の操作や管理は基本的に聖霊が行うことになる。 魔力によって生まれた生命体のため、聖霊は人間よりも効率良く魔法を使うことができる。
守護者側にとっては魔力の制御に集中せず、魔法による攻撃は聖霊に任せ、自分は肉弾戦に集中できるようになるという利点はあるが、これは諸刃の剣でもある。
なぜなら、契約した守護者が聖霊に見限られた場合、いとも簡単に全ての魔力を吸収されてしまうからだ。 自らが持つ魔力の所有権を渡すということは、実質上自らの命を代価にしているようなもの。
魔力は生命の源でもあるため、全ての魔力を吸収されるということは死を意味する。
聖霊は寿命も長く、契約する守護者が多ければ多いほど、契約した守護者が死ねば死ぬほど魔力総量が増えることになる。 他と契約は重複できないため、一度契約した守護者と死ぬまで時を共にすることになるが、元素型の聖霊たちは魔力量を増やすために次から次へと守護者を乗り換えていくのだ。
しかし、ここまでで説明した条件はあくまで元素型の精霊に限った契約内容。
無論、希少種である人型は例外だ。
五聖守護者、エンハ・カグズチが契約している炎の精霊ハナビは、生まれ方が特殊だったため元素型の聖霊とは契約条件がまったく違う。
ハナビが提示した条件はたった一つ。
『たとえ何を犠牲にしようとも、エンハ自身の命を最優先すること』
刀を鞘に収めたエンハが、刀の柄に手を添えたままゆっくりと目を閉じ、深く、長く呼吸をする。 それを見たアディールは何も言わずにエンハの後ろに下がった。
エンハからは、皮膚を刺すような殺気が振りまかれている。 それを受け、アディールは額からこぼれた汗を拭った。
この辺り一体の気温が急上昇し、じめじめとまとわりつくような熱気が漂い始めたのだ。
ごくりと喉を鳴らし、エンハの動きをじっと待つアディール。
悪霊は今この瞬間も大量の泡を生成し、辺り一帯に振り撒いている。
「ゆくぞハナビ」
「いつでも行けるわよ! ドカンとかましちゃいなさい!」
エンハが刀の柄をグッと握りしめた次の瞬間。
目の前の景色が全て、紅色に染まる。
エンハの奥の手、ハナビの魔力操作とエンハの卓越した剣技が合わさることで、とてつもない破壊力を生み出す超高速の抜刀術。
瞬きしてる合間にエンハの攻撃範囲内に入った物は全て焼却され、目の前には灰しか残らない。
悪霊はそのとてつもない一撃を真正面から受け、大量に振り撒かれていた泡が全て破裂した。
大量の泡が破裂したことで、水蒸気がモクモクと上がる。
視界を覆い尽くすほどの水蒸気の中に、鋭い視線を向けるエンハ。
「ワタシがウまれてから、ここまでダメージをウけたのはハジめてだ」
悪霊もまた………魔力の塊から生まれた魔力生命体。
大量の泡を巧みに操作し、エンハが繰り出した抜刀術の勢いを弱めていた。
しかし纏っていた泡は全て破裂している。
「ま、これも予想していたことであったがのう。 これだから水属性の相手は嫌なのだ」
「マジでバケモンだな」
苦笑いするアディール。
灰になった大地の上に堂々と立っている悪霊を、油断なく警戒する二人。
纏っていた泡がなくなっていることを視認した瞬間、アディールは全身から赤色光の雷を弾けさせながら地面を蹴る。
そして、一瞬で悪霊の背後に回り込んだ。 しかし悪霊もそれを見越して背中から大量の泡を作り出す。
アディールは吹き出した泡を見て、少し距離をとりながら放電した。
放電したことで泡が破裂し、その衝撃でアディールも大きく後ろに飛ばされる。
「クッソ! 俺は間合いが狭すぎて普通に泡を破壊すると、衝撃波に飛ばされちまう!」
苛立たしげな顔で受け身をとり、思い切り地面を踏みつけ足元の岩板を割ると、岩の塊を多数作り出す。
間髪入れず、正面ではエンハが刀の形に変化させた炎を伸ばし、ムチのように操作する。
悪霊が纏おうとしていた泡は、エンハが伸ばした刀に触れて再度破裂していった。
炎を刀に変化させ操っているのはハナビの能力だ。 刀身の温度は三千度を超える。
ハナビの力を活かし、エンハ自身の刀捌きでこれを最大限に引き出す。
踊るように刀の柄を振るエンハに合わせ、炎の刀は龍のように舞い踊る。 炎の刀がうねるたび、悪霊が纏っていた泡は次々と破裂していく。
しかし、すでに悪霊は全身に泡を纏っている。 これ以上纏わせれば攻撃は愚か、近づく事も困難になってしまう。
エンハの炎で本体を攻撃しようにも、水の力を使う悪霊が相手では武が悪い。 泡がこれ以上増えないよう食い止めるのが精一杯だ。
一方アディールは後方から砕いた岩を蹴飛ばしての遠距離攻撃。
わざと岩を砕きながら蹴り飛ばすことで、散弾銃のように放射状に広がる小さな岩が、大量の泡を破壊する。
エンハの抜刀後、纏った泡を二人がかりで一瞬だけ剥がすことはできるようになった。
しかし、本体に攻撃する暇がない。
「一手足りぬな」
「しかもあの野郎、随分余裕ぶっこいでるぜ?」
アディールが悪霊の左側腹部に視線を送る。
明らかにそこの一箇所だけが泡の層が薄い。
「誘い込もうとしておるのが見え見えであるな」
「きな臭えけど突っ込んでみるか?」
アディールが岩の塊を蹴飛ばしながら、ニヤリと口角を上げる。
それを横目に確認したエンハが刀を横薙ぎに振り抜く。
炎の刀は一直線にガラ空きだった左側腹部に飛んでいく。
すると、炎の刀が触れようとした瞬間に、左側腹部から人間の頭同等の大きさをした泡の半球が出てきた。
今までとは比べ物にならないほどの破裂音が響き、思わず頬を引きつらせるアディール。
「蹴り飛ばそうとしてたらヤバかったな」
「厄介じゃな、あれはあからさまな誘いだったがのう。 これから先はいつアレをやってくるかもわからん。 わざと層を厚くしてる部分にあの大きな泡を展開してる可能性も考えねばならなくなってしもうたわい」
眉間にシワを寄せながら、再度炎の刀を振り回すエンハ。
「俺らの中に遠距離で高火力を出せる守護者はいねえ! こんな事ならここに来たのがジジイじゃなくて、シェンアンかトゥアルドなら楽だったんだけどな」
「おぬし、後で覚えておれよ? そもそも、あの泡を広範囲に広めずに保っとるのはハナビの炎刀なのを忘れるでない」
苦笑いしながらも、次々と悪霊が生成している泡を破壊していくエンハ。
一進一退の攻防が続く中、そこにもう一人の守護者が到着してしまう。
「アディール君。 どうして一人で行ってしまったんですか」
全力で駆け寄ってくるララーナを見て、アディールは表情をこわばらせた。
「バカッ! お前は下がってろ!」
しかし、悪霊はララーナを見て群青色のオーラを大量に放出し始めた。
「ああ、ララーナ! アイカわらずカワイらしい! キミのニイさんがずっとマっている! ワタシとイッショにキてくれるね?」
今までとは比べ物にならないテンションで、ララーナに語りかける悪霊。
エンハとアディールは同時に驚愕の表情を浮かべた。
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