その脅威は予想異常

 迷宮の中腹まで差し掛かった二人は、小休憩を取っていた。

 アディールが異空間収納の魔石から取り出したテントを立て、臀部が汚れないようにシートを敷き、ララーナをそこに座らせようとしている。

 

「ほら、座れよ」

 

 アディールはララーナに呼びかけるが、ララーナは明後日の方角を向いていて返事をしない。

 先ほどの戦闘以降、複数のモンスターに襲われたが、連携を取る時以外はこのようにアディールの言葉を聞かないふりしているのだ。

 

「おい、いい加減機嫌直してくれよ。 ちゃんとお前の事、名前で呼べばいいんだろ?」

 

 こめかみを掻きながら声をかけるアディール。 しかしララーナは岩に腰掛けて大鎌の手入れをし始めた。

 アディールはわざわざ用意したテントとララーナを交互に見て小さくため息をつく。

 

「おい、ラッ………ラララララ、んっん〜。 ララーナさん。 お尻が汚れてしまいますのでこちらにお座りください」

 

 赤面しながら挙動不審な動きをするアディール。

 ララーナはそんな彼を横目に見ながら立ち上がった。

 

「言葉遣いが変なのでもう一度」

「あ、あ〜。 ララーナさん。 お尻が汚れちゃうからここに座れよ」

「………ありがとうございます。 アディール『さん』」

 

 『さん』の所だけわざとらしく声のボリュームを大きくするララーナ。 アディールは悔しそうな顔ですれ違うララーナを目で追いかける。

 

「ララーナは意外と乙女なんだな! 名前の呼び方ひとつでご機嫌斜めになっちまうなんてな! まったく、超めんどくせえ女だ」

 

 むすっとした顔をしながら、皮肉混じりに声をかけるアディール。

 しかしララーナはものすごい勢いで振り返り、アディールの顔を凝視する。

 

「よく聞こえなかったのでもう一度」

「またかお前は! もうなんとなくお前の考えてる事分かってきたぜ?」

 

 アディールが呆れたように言い放つと、ララーナは先ほどまで座っていた岩の方に踵を返そうとする。

 

「あっ! おい! せっかくテント貼ったんだから座ってくれよ! 無駄骨になっちまうだろ? ララーナ! ハウス!」

 

 アディールは顔を赤くしながらテントを指差すと、ララーナは再度方向転換してテントの方に向かっていった。

 

 ———機械かよこいつは?

 

 呆れた顔でテントに座ったララーナに視線を送るアディール。

 

「私はあなたたちとお友達になりたいから、名前で呼んでもらいたいだけです。 乙女ではありません。 あと、面倒くさいのはアディール君です」

 

 膝を抱えながらちょこんと座るララーナが、ぼそりと呟いた。

 

「は? 俺たちみんな………ラ、ララーナを友達だって思ってるはずだぞ? そんな事いちいち気にしてんなよ?」

 

 ララーナはアディールに視線を送る。 彼女の顔は、相変わらず無表情のままだ。

 しかしよく見ると、心なしか虚だった青い瞳がキラキラと輝いて見える。

 アディールはそれに気がつき、ニッコリと笑った。

 

「ララーナがニッコリ笑ったりしたら、めっちゃ可愛いんだろうな?」

「あ、すみません。 どうも私は笑い方がわからなくて………」

「ちょっと待て! 俺、今のセリフ………口に出してたか?」

 

 若干赤くなった頬でそっぽを向き、小刻みに頷くララーナ。

 アディールは顔から蒸気を吹き出しそうなほど真っ赤になり、頭を抱えながらうずくまった。

 

 そこから数分間、二人は何も話さずに休憩を取っている。 しかしアディールは突然目つきを変えながら迷宮の奥に視線を送った。

 ララーナは持ち物の整理をしているため違和感には気づいていない。 それを横目で確認したアディールは、音も出さずにその場から移動した。

 

 

 ♤

 休憩していた地点から五百メーターほど離れた茂みの中で、アディールは殺気を振り撒いていた。

 

「ようやくお出ましかよ。 ストーカー野郎」

「カワイイララーナにつきまとうムシめ。 イマすぐにハイジョしてやる!」

 

 アディールと睨み合う小さな人影。

 少年のような見た目をしているが、夜空のような色の髪を短く切り揃えていて、全身から群青色の禍々しいオーラを発している。

 少し口調はぎこちないが、意思の疎通は問題なくできていた。

 

「悪霊見んのは初めてだ、しかも人型かよ。 激レアじゃねえか」

 

 ニヤリと口角を上げるアディール。

 

「ほざけ、キサマのようなミジュクモノにあのコはフサワしくない!」

「よく言うぜ、テメェのせいで、ララーナがどんな目に遭ってんのかも分かってねえくせに。 偉そうにほざくんじゃねえよ!」

 

 アディールが全身から赤色光の稲妻を弾けさせる。 同時に悪霊も全身から無数の泡を放出した。

 まるで水の中にいるかのような勢いで、小さな泡や中くらいの泡を無数に放出する。

 一瞬で全身を泡で包み込む悪霊。 アディールは直感的に泡に触れないよう距離を取った。

 

 近場にあった大きめの岩をサッカーボールのように蹴り飛ばし、悪霊に向けて放つ。

 蹴り飛ばした岩が小さな泡に触れた瞬間、強力な衝撃波を放ちながら岩が消し飛んだ。

 驚愕するアディール。 泡の大きさは人差し指の第一関節程度。 にもかかわらず、触れた瞬間岩が粉々に砕けた。

 

 生身で触れば骨折は間違いない。 しかもそんな危険な泡が無数に放出されている。

 泡が近くの木や大地に触れた途端、尋常じゃない破壊音を放ちながら弾けていく。

 二人が戦闘を始めた林は、たった数秒で木々が薙ぎ倒され、穴ぼこだらけになる。

 いくら速さに自信のあるアディールでも、全ての泡を回避しながら肉薄するのは不可能。 しかし遠距離攻撃をしたところで泡に触れた瞬間弾き返される。

 

 アディールが蹴り飛ばした岩も、大砲並みの勢いで飛んでいたにもかかわらず、ほんの小さな泡に触れただけで消し飛ばされたのだ。

 大粒の汗を垂らしながら思考を巡らせるアディールに、増え続ける泡がどんどん接近していく。

 アディールは下がりながら放電し、近づいてきた泡を破裂させた。 無数の泡が同時に破裂し、破裂の衝撃で突風を巻き起こす。

 踏ん張りが効かず吹き飛ばされるアディール。 近づくこともできない上に、たった数秒でかなりの距離を離される。

 

 ———予想外のバケモンだな。

 

「さっきまでのイセイはどうした? ニげマワっているだけじゃないか」

 

 泡の塊の中から悪霊の声が聞こえてくる。 舌打ちをしながら近くに立っていた太い木を蹴り飛ばし、根本部分を大きく抉って悪霊の方に倒す。

 大きな木にもかかわらず、泡に触れてものすごい速さで抉られた木は一瞬で塵と化してしまう。

 しかし泡が破壊されたことでわずかにできたスペースに体をねじ込んだアディールは、たくみに泡を避けながら前進していく。

 

 すでに周囲には無数の泡が浮遊しており、少しでも触れれば体制を崩し、他の泡にも触れて連鎖的な爆発を起こすだろう。 しかしアディールは一瞬もちゅうちょせずに泡の塊に向かって突進する。

 ある程度近づいたアディールに、浮遊しているだけだった泡が急に意志を持ったかのように近づいていく。 速さはそんなに早くはない、しかし量が多すぎる。

 泡だらけの戦場に踏み込んだアディールは、すでに数センチ先の景色すらよく見えていないだろう。

 

 圧倒的な数の暴力。

 向かって来る泡を見たアディールは、地面に軽く手を触れ、急いでその場を離れた。

 持ち前の速さと身のこなしで、無数の泡をかわしていく。 泡の集合地点から間一髪で抜け出したアディールは猫のように地面を蹴り、天高く跳び上がった。

 天高く飛び上がったアディールは、先ほど地面に手をついた地点に指を差す。 すると指先から高濃度の赤雷が発射され、一直線に伸びていく。

 先ほど手をついた地面に砂鉄を集めて避雷針にしていたのだ。 その避雷針めがけて高濃度の雷を落とす。

 

 鼓膜を指す破壊音が響き、大量の泡が破裂してアディールは遥か後方まで吹き飛ばされた。

 しかし先ほどの雷で無数の泡が破裂、同時に巻き起こった風で周囲の砂や砕けた木の破片などが舞い上がり、大量の泡に触れたことで連鎖的な破裂を起こした。 決死の覚悟で悪霊の近くに接近したのは、泡の爆発で自滅させるのが狙いだったのだ。

 かなりの距離を吹き飛ばされたアディールは、電波による索敵を悪霊の方向に集中させながら急いで戻っていく。 しかし、纏っていた泡は少なくなったが、悪霊の姿は全然変わりなかった。

 

「ワタシはこのアワのエイキョウをウけない。 ジメツをネラったか? ムダだ! ユカイユカイ!  さぁ! クモンのヒョウジョウをミせるがいい!」

 

 泡の塊の中から、小馬鹿にしたような甲高い声が響いてくる。

 

「ま、予想はしてたぜ? こんなアホみたいに泡作れんのは、自滅しない前提じゃないと無理だからな。 それならそれで作戦変更だぜ」

「ヒトつ、チュウコクしてやろう。 キサマはシュウイのケイカイをオコたっていないようだが。 キをつけなければいけないのは、アワだけではないんだぞ?」

 

 ギョッと目を見開くアディールは、自分の周囲に生えていた木々を確認した。

 先ほど大量の泡が破裂した地点からは少し離れていたが、根元が抉られ今にも倒れそうな木々が無数にある。

 悪霊の意図に気がついたアディールはすぐに地面を蹴ったが。 そこら中で泡の破裂音が響き、倒れかけていた無数の木々が、アディールの進行方向を塞ぐように倒れてくる。

 

 ———にゃろー! 器用なことしやがって!

 

 顔を引きつらせながら倒れてくる木々を蹴り返し、軌道を変えて他の木々に当てようとする。

 しかし、軌道を変えた瞬間小さな泡にぶつかった木が、予想外の勢いで倒れてきた。 タイミングをずらされ、顔を青ざめさせるアディール。

 木の下敷きになるのは怖くはない、問題は木の下敷きになった後の硬直。 たった一瞬でも硬直すれば、泡で逃げ道を封鎖されてしまい、いくら速さに自信があるアディールでも逃げられない。

 目の前に迫り来る巨木を見てギリと歯を鳴らすアディール。 踏ん張りが効かないへなちょこな蹴りでは、倒れてくる木を吹き飛ばすことなどできないだろう。

 咄嗟の対応が思いつかず、全身から汗を吹き出し渋面を作る。

 

 しかし、次の瞬間。

 倒れてきていた木々が一瞬にして燃え上がった。 同時に周囲に展開していた泡が次々と破裂していく。

 泡が破裂した衝撃で吹き飛ばされ、尻餅をつくアディール。 奇跡的に、泡に直接触れていなかった。

 慌てて立ち上がり、腰につけたペンデュラムをくるくる回して失った魔力を充電しながら、何が起きたかを確認しようと視線を巡らせる。 すると刀を肩に担いで歩いてくる守護者の姿が目に映った。

 

「ビリビリ小僧、なんだおぬし。 大口叩いといて今死にかけておったな?」

「ジジイ! テメェ余計なことすんじゃねえ! っつーか、なんでここにいやがんだよ!」

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