その初陣は運命の分岐点
ズベルサムシュ渓谷。
迷宮中央には巨大な川が流れており、橋などをかければすぐに飲み込まれるような勢いで水が流れている。 巨大な山に囲われているため、川から離れた場所は傾斜もかなり急だ。
川から離れた傾斜には、木々が生い茂っているわけではないが、多少の植物が生息しているため、そこを進もうとすれば視界が少し悪くなる。 川の周囲は巨大な岩が連なっており、川から上がった水しぶきが岩肌を濡らし、油断すれば足元を滑らせてしまう。
足場は悪いが、基本的には足元に注意しながら川のそばを上流まで向かうのが一番安全なルートだ。 迷宮で一番注意しなければならないのは魔物からの奇襲。
大ダメージを受ければ迷宮から出ることも困難になる。 それを防ぐため、少しでも視界がひらけているところを進む方が攻略はスムーズになるのだ。
「足元気をつけろよ?」
川の流れに注意しながら先行するアディールを、ララーナが追いかける。
迷宮に入ってしばらく歩いたあたりで、アディールの姿が突然消えた。 ビクリと肩を揺らすララーナ。
しかし後方からものすごい破壊音が響いてくる。
「おいおい、こいつぁ六等級で出るアサドコラスだなぁ。 人喰いの人面ライオンだ、結構早いし背後から襲ってくるからきぃつけろ」
声がした背後に、ゆっくりと視線を向けるララーナ。
いつの間にか、小さなクレーターの中心で、人面ライオンを踏み潰しているアディール。
アサドコラス、六等級の迷宮に現れる幻獣種で、人面のライオンだ。 尾はサソリのようになっており、強力な毒がある上に動きはかなり早い。
「………いつの間に」
ララーナは振り返りながら呟く。 急すぎる戦闘に、驚いたのだろうか、その表情には一切変わりがないが、発した言葉の前にできたわずかな間が動揺を現していた。
「迷宮に入る前から微弱な電波を飛ばして索敵してたんだ。 こいつらくっそ早えから背後から襲われると大怪我だぜ? まぁ、俺にかかりゃあクソトロイがな」
踏みつけられたアサドコラスの首はあらぬ方向に折れている。
アディールの電波による索敵は、本人を中心に円形に展開されており、直径は二百メーターに及ぶ。 魔物が電波に触れた瞬間、アディールは魔物の場所を察知し、奇襲を受ける前に先制攻撃をする。
どんなに視界が悪い迷宮でも、アディールの電波が展開されている限り奇襲は確実に回避できるのだ。
「すごい。 アサドコラスの奇襲に無傷で対応できるなんて」
「たりめぇだ! 俺は五聖守護者で最強の、アディール・バラエイドだからな!」
したり顔で腕を組むアディール。
「けど、アディール君は悪霊が出るまで温存してほしい。 敵が来る方角を教えてくれれば、私が対応する」
「あぁ、分かったぜ………って、え?」
目を見開くアディール。
———今、アディール『君』って言わなかったか? 『君』? え? 聞き間違いか?
動揺しながら視線を泳がせ、ララーナのそばまで歩いていくアディール。
周囲から敵が来ていないことを確認したアディールは、ソワソワしながらララーナを追い抜き、先を歩いていく。
「アディール君、敵が来たら方角だけ教えて」
「ほぇ? え、ああ。 分かったんだぜ!」
言葉遣いがおかしくなっているアディールを、首を傾げながら小走りで追いかけるララーナ。
アディールの背後に追いついたララーナは、人差し指で肩をツンツンつつく。
「お、おい、なんだよ! くすぐったいぞ?」
「語尾が変です。 何か問題がありましたか」
「問題だらけだばぁやろぉぉぉ!」
顔を真っ赤にしたアディールが大声を出す。
ララーナはすかさずアディールの口を塞いだ。
「静かに、ここは迷宮です! 大きい声を出したら………」
慌てて周囲に目配せするララーナ。 アディールは顔を真っ赤にしながら右前方を指差した。
ララーナが指の先を視線で追うと、大きなトカゲが駆け寄ってくる。
「あれは、ヴァレイザード」
ヴァレイザードは渓谷や谷に生息する大型のトカゲだ。
大きな口から水弾を吐き、鋭い爪で引っ掻いてくる魔物だ。
四等級の迷宮に生息するため、特段怖いモンスターではない。
ララーナは大鎌を振りかぶり、駆け寄ってくるヴァレイザードに突進する。
それを見たヴァレイザードが大きな口を開き、ララーナに水弾を放つ。
放たれた水弾をヒラリとかわしたララーナが、一気にヴァレイザードの懐に接近し、振りかぶった大鎌を軽々と振り抜いた。
次の瞬間、ヴァレイザードの首が宙を舞う。 ララーナには闇聖の刻印がついており、触れた物質の重さを操作できる。
自分が持ち上げられる範囲の物質なら極限まで軽量化できるため、装備している分厚い鎧や大鎌は羽根のような重さまで超軽量化されている。
そのため見た目によらず動きも早く、攻撃の威力はそこらの守護者よりも非常に強い。
闇属性の魔法は重力、弱体、召喚などの能力が多い。 強力な能力の中には幻影や憑依がある。
アディールはララーナの戦いぶりを見て、感心しながら口笛を吹く。
「なんだよララーナ、普通に強えな」
しれっと呟くアディールの方に、ものすごい速さで振り向くララーナ。
「もう一度言ってください」
無表情で凝視してくるララーナを見て、アディールは後ずさった。
「………お、俺は何も言ってねぇ」
「嘘つきは泥棒さんです。 呟いたのが聞こえました。 よく聞こえなかったのでもう一度」
「落ち着け、ほら左からも来てるぞ! リバルウィーズルだ!」
リバルウィーズル、川の近くに住むイタチ型の魔物で、すばしっこい上に鋭い爪で切り付けてくる。
大きさは大したことないため攻撃の威力も特段高くはない、この魔物も四等級だ。 特段危険生物ではないのだが、あたふたしながら左を指差すアディール。
魔物が来てしまったことで話を変えられたララーナは、無表情のまま頬を膨らませた。
膨らんだ頬を見て驚いたアディールだが、ララーナは何も言わずに左方向に駆けて行った。
「今、頬膨らましたよな? 怒ってるってことか?」
リバルウィーズルが複数駆け寄って来ていたが、次から次へと真っ二つにしていくララーナ。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、アディールは少し嬉しそうな顔で呟いた。
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