その判断は愚の骨頂

 ララーナは自宅に治癒薬などを補充に行ったが、結局は何も持たずに正門へ向かった。 正門に立っていた門番たちに、二人は木札を見せて巨大な門を通過する。

 外に広がる広大な草原に、半透明な障壁がセイアドロを囲うように展開されていた。 二人は木札に魔力を込め、自分の周囲にも同じ障壁を展開する。

 

 並んで歩き出し、セイアドロを囲っている障壁を通り抜け、迷宮に向う。 向かう先はズベルサムシュ渓谷。

 四等級の迷宮で、巨大な二つの山に挟まれ、幅の広い大きな川が二つの山を分断するように流れている。 水属性や風属性を得意とする魔物が現れるため、火属性魔法を得意とする守護者は苦手とする迷宮だ。

 

「そういえばお前、前衛か?」

 

 少し前を歩くアディールが、進行方向に視線を送ったまま声をかける。

 

「私の名前はララーナです」

「あ、それは知ってっけどよ。 その大鎌振り回すなら前衛なんだろ? そのでけぇ武器は能力と関係あるのか?」

 

 困った顔で振り向くアディールを、ララーナはじっと見つめる。

 

「ララーナ・ジャディービヤと申します。 ララーナって呼んで下さい」

「それは分かったからよ。 迷宮入ったら俺が前に出るから、お前は俺の後ろでサポート任せるぜ?」

「イヤです。 私………ララーナは前衛をします。 ララーナは間合いも広くて攻撃力も高いです。 ララーナは闇属性の刻印が入っていて、ララーナの能力は触れた物質の重さを操れますから」

 

 あからさまに『ララーナ』の部分を強調するララーナ。

 アディールは頬をひくつかせながらあさっての方向に視線を送った。

 

「あ、そうかよ。 じゃ、じゃあララー………お前は好きに暴れていいぜ。 俺がカバーしてやるから」

「私の名前は………」

「あぁぁぁぁぁ! 分かった! よろしくな、ラララララ、ララーナ」

 

 顔を真っ赤にして、言葉尻を濁らせながら呟くアディール。

 

「『ラ』が多いです。 もう一度言い直しを所望します」

「お前! 俺をからかってやがんな!」

 

 アディールは頭を抱えながら騒ぎ出した。

 

 

 

 二人の遥か後方を歩く二人組の守護者は、細長い筒を覗き込みながら歩いていた。

 

「エンハさん、アディールがなんか怒ってます」

「察してやるのだガイスよ。 あやつは意外といじられキャラだからのう。 早速いじられておるのだろう。 これから悪霊と戦うというのに、なんとも緊張感のないやつらよのう」

 

 エンハはニヤリと笑いながら筒から目を離す。 二人が覗いていたのは単眼鏡。

 細長い木の筒にレンズを入れてあるため、視界が良好な場所なら遥か先まで見ることができる。

 この単眼鏡を使い、二人は気づかれない距離を保って尾行していたのだ。

 

「悪霊ですか、僕は見たこともないのですが、どのくらい危険なんですか?」

 

 ガイスは単眼鏡を覗いたまま声をかける。

 

「訓練場では見つけたら逃げろとしか教えてなかったからのう。 あやつらに普通の人間が勝つのは無理であろうな」

 

 断言するエンハに、ガイスは動揺しながら振り返る。

 

「え? だったら早く止めないと!」

「普通は止めるのが友人として正しいことなんだろうが、あやつは一度言い出せば聞く耳を持たぬ。 それに、絶対に勝てないというわけではない。 悪霊も生き物だからのう」

 

 エンハは鼻で笑いながら単眼鏡を再度覗き込んだ。

 

「悪霊は、いわば自然災害そのものだ。 我々五聖守護者でも倒すのは容易ではない。 そもそも、ノルンの聖水を悪霊が守っとる迷宮があってな。 その迷宮は攻略不可と分類され、近づくことも許されないほどだからのう」

 

 エンハの話を聞いていたガイスは、ごくりと喉を鳴らした。

 

「考えてもみよ、津波や噴火、竜巻や雷に人が敵うと思うか? 悪霊や聖霊はそういった天災から生まれた、その天災を起こすほど強力な魔力の結晶なのだ。 どんなに戦いを長引かせても、奴らの魔力は底を見せん」

「なら、早く二人を止めましょう!」

 

 慌てて駆け出そうとするガイスの腕を、エンハががっしりと掴んだ。

 

「しかしのう、このまま放置すればララーナちゃんを狙い、悪霊がこの街を襲うかもしれないというアディールの話は無視できん。 我々五聖守護者は街を守るために命を張っておるゆえ、無謀だと分かっていても戦わねばならんのだ」

「けど、それならいっそのこと………」

 

 腕を掴まれたガイスが、俯きながら何かを言おうとした。

 俯いたガイスを、エンハはすかさず鋭い目つきで睨みつける。

 

「あのおなご一人を犠牲にすれば、街は助かるかもしれん。 けどのう、我々五聖守護者が戦いもせずに、何の罪もないおなごを生贄にするなど愚の骨頂。 そんな考え、弱き者が考えそうな愚策である」

 

 ものすごい気迫で語りかけてくるエンハを見て、ガイスは悔しそうな顔で言葉を飲み込んだ。

 横目でガイスの表情を伺いながら、地図を開くエンハ。

 

「方向的に、あやつらが向かっておるのはズベルサムシュ渓谷だのう。 ガイスよ、悪霊が現れればそれがしが二人を援護する。 おぬしは離れて見ておるのだぞ。 今のおぬしでは足手まといだ。 何かあったとしても、四等級程度ならおぬし一人でも街まで帰れるだろうて」

 

 地図を眺めながら先を歩いていくエンハ。

 ガイスは何も答えず、下唇を噛みながらエンハの後ろ姿をただ眺めていた。

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