その遺品は勇敢の証

 ———こいつ、もっと辛気臭えやつだと思ってたのに、とんでもねえバカだったとはな。

 

 ララーナの家に上がり、肩で息をしていたアディールは心の中でぼやく。

 

「何もない家ですが、準備が終わるまで座っていて下さい」

 

 リビングはシンプルな家具が多く、四本足のダイニングテーブルには四脚の椅子がキレイにしまってあり、全体的に物が少なくすっきりとした印象だ。 棚などの収納も置いてあるが、何か飾っているだけで目立ったものは特にない。

 唯一目を引くものがあるとすれば、部屋の奥に置いてある巨大すぎる木箱。

 

 リビングに入ったララーナは、ダイニングテーブルの隣に移動すると、椅子を一つ引いて手招きをする。

 それを見て疑り深い視線を送るアディール。

 

「座る瞬間、椅子引いたりしねえよな?」

「それはフリですか。 お望みならもちろん………」

「望んでねえから! もういい! 立ったまま待つから早く準備しろ!」

 

 半分投げやりに叫ぶアディール。 ララーナは無言で部屋の隅に置かれていた巨大な木箱を開く。

 膝を丸めれば成人男性二人程度入れそうなほど巨大な木箱だ、中身が気になったアディールは無意識に首を伸ばした。

 ララーナが木箱を開くと、中には溢れんばかりの薬草や包帯などの医療器具が入っている。 アディールはそれを見て眉を歪めながら目を逸らす。

 

 ———こいつは怪我人を見ると衝動的に病院に連行するってビークイットが言ってたな。 こいつと迷宮に入った守護者は大量に死んでる、つまりこいつは仲間が殺される現場を大量に目撃してたってことだ。

 

 口には出さず、頭の中で病院に連行された時のことを思い出す。

 

 ———きっとあの時も、おふざけとかじゃなく俺を必死に助けようとしてたんだな。

「………バカかよ、お前」

 

 アディールが明後日の方向に視線を送りながらぼそりと呟く。

 突然呟いたアディールに、ララーナは首を傾げながら振り向いた。

 

「骨折とか切り傷くらいで人は簡単に死なねえ。 守護者が死んじまう時はだいたい、強え魔物や悪霊に襲われて一方的にやられちまう時だ」

 

 アディールは木箱の前でしゃがんでいたララーナにゆっくりと近づき、膝をついて目線を合わせる。

 

「お前がものすげー優しいってことは痛いほど分かったぜ? けどな、本当に仲間を守りてえなら治癒薬とか持ち歩くよりも、どんな敵が現れても負けねえくらい強くなった方がいいぜ? 強えやつは、大勢の人間を守れんだからな!」

 

 うっすらと口角を上げるアディールをジッと見つめるララーナ。

 

「………確かに、おっしゃる通りです」

 

 ララーナはリビングに置かれていた棚に一瞬視線を送った。 アディールは視線の先に何があったのかを確認すると、目つきを変えた。

 その棚には、光属性の魔石が十二個置かれていた。

 立ち上がって棚の前に移動したアディールは、棚に置かれていた魔石をジッと見つめる。

 

「これは、転移の魔石か?」

 

 光属性の空間魔法、転移を使えるようになる魔石で、かなり貴重なものだ。

 危険な十等級の迷宮に行く冒険者の多くが持っているが、数に限りがあるため取引する際は家を三件買えるくらいの値段が動く。

 しかしその力は強力で、魔力を込めると魔法陣が出現し、その魔法陣に入っていた者をこの街の正門に作られた魔法陣まで転移させる。

 

 魔法陣を出現させるには大量に魔力を消費する上に、一度使えはタイムラグがかなり長い。

 タイムラグは、転移地点から転移先までの距離を三倍する計算式が一般的だ。

 例えば、転移しようと思っていた地点から街の正門まで戻るのに一キロあるとする、それを三倍した三千秒、つまり五十分は転移を使えない。

 希少な光属性の空間魔法、瞬間移動や転移の力を使う守護者は、このタイムラグを計算しながら戦闘を行なっている。

 

 アディールはその貴重な魔石が十二個も置かれている棚を見て、ララーナが今日までなぜ生きていたのかを一瞬で察した。

 

「それは、私が見殺しにした守護者たちが持っていた魔石です」

 

 ララーナはいつの間にかアディールの背後に移動していた。

 声をかけられたアディールは、振り向かずに大きなため息をつく。

 

「見殺し? ふざけたこと言ってんじゃねえ」

 

 底冷えするような声音で言葉を吐くアディール。

 

 「テメェが仲間を見殺しにするわけねえのは、バカでもわかんだよ。 これはお前と一緒に迷宮に入った守護者たちが、勇敢でかっこよかったことを証明する魔石だろ? お前を守るために、命張ったって証明なんだろ? それを知ってるからお前は、一番目に着きやすいここにこれを置いてんだろ?」

 

 アディールはポケットから魔石を取り出し、黄白色の煙塊を出す。 煙塊の中に腕を入れると、中から別の魔石を取り出した。

 その魔石には、棚に置かれている魔石と同じ魔法陣が描かれている。

 

「安心しろよ! この魔石がここに増えるのは、これで最後の一個になるんだ」

 

 アディールは飾られていた転移の魔石たちの前に、取り出した魔石を勢いよく置く。

 

「俺は悪霊をぶっ飛ばしに行くんだ! だったら、この魔石は必要ねえからな! ここに預けていくぜ!」

 

 ニヤリと笑うアディールが勢いよく振り向く。

 

「わざわざ家に治癒薬取りに来たのに、無駄足にしちまって悪かったな! 俺は強えからそんなもんいらねえ! それともう一つ、お前に謝りてえことができた!」

 

 立ち尽くしていたララーナは、何も言わずアディールが置いた転移の魔石を凝視している。

 

「お前と一緒に迷宮入った奴らが、俺より弱い雑魚だったからお前が酷いあだ名で呼ばれちまうようになったんだとずっと思ってた。 ………俺はバカだな。 お前と一緒に迷宮に入った守護者たちは、一人残らず鳥肌が立つほどかっこよくて、心が強い奴しかいなかったんだな。 この守護者たちを侮辱したこと、心から詫びる。 いや、詫びるだけじゃ足りねえな! 本気で謝罪してえなら結果で示さねえとなぁ! 俺が必ず悪霊ぶっ飛ばして、この守護者たちを侮辱しちまったことを償うぜ!」

 

 気迫のこもった声で宣言するアディール。

 ララーナは何も言わずに、十三個目の魔石を今だに見つめている。 表情はいつものように貼り付けたような無表情だった。

 しかしこの時、先に部屋を出て行ってしまったアディールは気がついていなかったが、彼女の唇は………

 

 ———ほんの少しだけ震えていた。

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