その冗談は親交を結ぶため
「あいつらは何をしとるんだ?」
魔石店の外で、建物の影からちらりと顔を覗かせるエンハ。
「あそこは多分魔石専門店ですね。 僕も一度だけ伺ったことがあります」
エンハの後ろからガイスが小声で耳打ちする。
「アディーと店主がなんか仲良くなってるわよ? ねぇガイス! あんたもああゆう面白い格好した方がいいんじゃない? 昨日はすっごくかっこよかったけど、なんかあなたって冴えない見た目してるでしょ? ああいうパンチの強い服を着てイメージアップを狙うのよ!」
ウインクをしながらグッと拳を握り、ガイスの顔周りをふよふよと浮いているハナビ。
「ハナビ、おぬしはアホか? 見た目ではなく実力で目立つ方がいいに決まっておるだろう」
呆れた顔で小さくため息を吐くエンハ。
「エンハさん! 二人が出てきました!」
ガイスの掛け声で慌てて建物の影に隠れるエンハ。 手元に視線を落としてごくりと息をのむ。
エンハの手元には手のひらサイズの鉄板があり、よく磨かれているため反射して二人の動きが見えるのだ。
鉄板に写っている二人は正門とは逆方向に足を向ける。 その様子を見て首を傾げるエンハ。
「まだ迷宮に行かんのかのう?」
「何か準備してるみたいですね」
同じくエンハの手元に視線を落としていたガイスが、考え事をするようにこめかみを指でつつく。
「あの方角は、西の住宅街ですね。 冒険に役立つ道具を取り扱ってる店はないはずですが?」
♤
魔石店を後にしたアディールたちは、街の西側にある住宅街に向かっていた。
「なぁ、俺が異空間収納の光魔石持ってて、そん中に治癒薬入ってるぜ? それでいいじゃねえか」
「何本入ってますか」
魔石を取り出したアディールの前に薄ぼんやりした黄白色の煙塊が現れ、目を窄めながら中を覗き込む。
「んーっと、十五〜六本だな」
「わたしの手持ちと合わせて三十六本。 あと十四本足りません。 他に必要なものは止血軟膏、包帯、痛止薬草、消毒液、増血球とそれから………」
「ちょっと待て! お前いつもそんなに持ち歩いてんのかよ!」
指を折りながら病院で使うような処置道具の名前を次々と上げていくララーナを、アディールが慌ててとめる。
「はい、何があるか分からないので」
「おまえ、そんなに医療道具持ち歩いてるくせに、昨日は心肺停止の判断もつかなかったのか?」
呆れ顔で問いかけてくるアディールをじっと見つめ、ララーナは無表情のまま首を傾げる。
「てへ」
「………は?」
沈黙して視線を交差させる二人。
「今のは冗談です」
「無表情で冗談言うな! つっこみきれねえだろうガァァァ!」
アディールは歩きながらも器用に地団駄を踏み、大騒ぎする中目的地に到着する二人。
「着きました」
ララーナは一軒家の前で立ち止まり、きびきびした動きで回れ右をする。
「なあ、その曲がり方とか方向転換もつっこみ待ちなのか? それとも素でやってんのか?」
「これも冗談です」
思わずずっこけそうになるアディール。
「アディールさんはノリが悪いんですか。 周りの方々はすごくふざけていたのに」
「お前のふざけ方が訳わからんのだらぃ!」
ついつい熱くなりすぎたアディールの語尾がよく分からなくなる。
本人はもちろんそれに気づき、赤面しながら視線を泳がせた。
「つーか、さっき着いたって言ったけど、ここどこだよ?」
「私の家だらぃ」
わざわざ説明するまでもないが、ララーナは無表情だった。
「ぬわぁぁぁぁぁ! ちっくしょぉぉぉぉぉ!」
アディールは頭を掻きむしりながら、今日一番の大声で叫んだ。
♧
病院内の処置室は、昨日と打って変わり静寂に包まれていた。
窓の外を眺めているビークイットは、なぜか機嫌良さそうに口角を上げている。
暇そうな顔で寝っ転がっていたサラカは、そんなビークイットに訝しげな視線を向ける。
「ビークイットさん、なんか機嫌良さそうだがなんかあったのか?」
「ララーナちゃんはね、今まで他人と関わらないように人を避けてたのよ?」
微笑みながら振り向くビークイット。
「でも怪我人を誰彼構わず拾って来ちゃうやつだったんだろ? 捨て犬拾ってくるガキみてぇに」
「そうね、あの子は他の人より守護者の死をたくさん見てる。 ほんの少しの切り傷でも、血液を見ると気が動転してしまうのよ」
気まずそうな顔であさっての方向に視線を向けるサラカ。
「今までは怪我人を病院に連行したらすぐにどっか行っちゃってたわ? けど今回、あの子はずっとアディール君のそばにいた」
ビークイットはとても優しい声音で、心から嬉しそうに呟いた。
それを見てニンマリと笑うサラカ。
「もしかして、あいつら両思いか? アディールもイケメンだもんなぁ!」
「たぶん、今はまだ違うと思うわ。 いや、考え方によっては違くはないかもね?」
口元に手を添え、クスクス笑い出すビークイット。
「今まであの子と迷宮に行こうとする守護者はね、今まで死んでしまった守護者のことを思い出させないように気を遣ってたのよ。 悪霊の話やあの子の噂を意図的に口にしないようにしてたの」
窓越しに晴れ渡った青空を見上げるビークイット。
「けどアディール君はね、あの子を迷宮に誘う時『俺がお前に付き纏ってる悪霊をぶっ飛ばしてやる!』って言ってたらしいわ。 あの子にとって、そんな命知らずなバカの発言は初めてだったと同時に、きっととても嬉しかったのよ」
小さく息を吐きながら、上半身を起こすサラカ。
「その一言でときめいちまったわけか」
「ふふ、違うわよ。 あの子はね、アディール君だけではなく、悪霊を倒そうといろんな方法を考えてくれるエンハやサラカ君、ガイス君のことも大好きになっちゃったのよ。 もちろん、友達としてね?」
ビークイットの一言で、少し照れくさそうな顔で頬を赤らめるサラカ。
「だってララーナちゃん、昨日は一日中処置室で本読んでるフリしてたみたいだけど、あなたたちのくだらない話をずっと興味深そうに聞いてたもの!」
「………………は? ララーナちゃん、ずっとむすっとしてたぞ?」
首を傾げるサラカを見て、ビークイットはおかしそうに笑い出す。
「あの子、表情に出ないから。 表情じゃなくて、雰囲気や目線であの子の気持ちを察しないとダメよ? 逆に言うとね、あの子は辛い目に遭いすぎたせいで………笑い方も悲しみ方も忘れちゃったの。 三人目の守護者が犠牲になったあたりから、あの子の顔はずっとあのまま変わらなくなってしまったのよ」
ビークイットは少し寂しそうな顔に変わる。
「あの子が怪我人を問答無用で連れてくるようになってから、ずっとあの子のことを見てるけど………わたくしにはあの子を心配することしかできなかった。 力になろうといろんな事をしようとしたけど、あの子はずっと無表情のままだったの。 アディール君には少し妬いちゃうわ。 会ったばかりだというのに、ララーナちゃんの心を開きはじめてるんだから」
処置室に差す日差しを、目を細めながら眺めるビークイット。
サラカは自分の腕を枕にし、ふんぞり帰りながらベットに横になった。
「ハッ、先に会ってたのが俺だったら、きっとアディールより仲良くなってたぜ?」
「あの子と関わらないようにしようとして、アディール君と大喧嘩してたくせに。 どの口が言ってるのかしら?」
鋭い視線を向けるビークイット
たまらず窓際に座るビークイットに背を向けるよう寝返りを打ったサラカは、何も返事はせず眉を歪めながら寝たふりをした。
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