その旅支度は用意周到

 朝日が登りきった頃、病院の前で呆然と立ち尽くす二人の守護者がいた。

 

「あいつら、見舞いに来なかったな」

「落ち込まないでくださいアディールさん。 きっとお二人は忙しかったんでしょう」

 

 登りきった朝日を呆然と見上げながら、ぼそりと呟くアディールにフォローを入れるララーナ。

 

「なんかごめんな、ハナビのこと聞いてやるって言ってたのに。 あいつらならきっと呼んでもないのに見舞いに来るって思ってたぜ」

「別に気にしていません。 それよりもあなたの方がかなりショックを受けているみたいなので」

 

 いつものように、貼り付けたような無表情で視線を送るララーナ。

 

「いや別に? ショックなんて受けてねえし! ビークイットのババアから散々仕置きされててそれどころじゃなかったかんな」

「誰がババアですって? わたくしはまだ三十路になりたてほやほやなのよ?」

「グワァァァぁぁ! いつからいたんだよバッ! ………ビークイットお姉さん!」

 

 飛び上がるアディールに、鋭い目線を送るビークイット。

 

「バッビークイットって誰かしらね? そんな事よりララーナちゃん、このクソガキに何かされたらすぐにわたくしに言いなさい! いやらしい触り方とかされたら大声をあげてすぐに逃げるのよ?」

「かしこまりました、ご忠告感謝します」

「するかそんな事! 今から俺らは迷宮行くんだよ! そんなことしてる余裕ねえよ!」

 

 イタズラな笑みを浮かべているビークイットに、アディールは顔を真っ赤にしながら反論していた。

 ビークイットの治療を受け、アディールの怪我は完治した。

 ララーナは約束を守り、昨日一日は迷宮に行かずにずっとアディールたちと共に過ごしていた。

 

 ずっと本を読んだまま特に何か話すわけでもなく、アディールのベット脇に置物のように座ったまま過ごしていたため、アディールとサラカはずっとソワソワしていた。

 そのうち帰ると思い、二人はとめどない会話をしながら時たまララーナにも声をかけたりしていたのだが、ララーナは夜になったらビークイットに一声かけ、病院の施設内で湯浴みを済ませてそのまま別室に泊まっていったのだ。

 

 この世界にはシャワーなどといった便利道具はないため、大きな木桶の湯船に水の魔石から出した水をはり、火の魔石でそれを温めて湯船に浸かる。

 魔石はいろいろな種類があり、得意でない属性の魔法も魔石を使えば便利に使うことができるのだ。

 

 サラカやアディールはなぜ帰らないのかを聞こうとしていたが、お互い最後の最後までモジモジしていたせいで、帰らなかった理由はわからなかった。

 病院を後にしたアディールとララーナは、中央通りを二人並んで歩いている。 まだ朝早いため、中央通りに並ぶ店はどこも開店準備をしている。

 

「今日はどこの迷宮行く予定なんだ?」

 

 アディールは早朝の街を眺めながらつぶやいた。

 

「サーニダル洞窟です」

 

 行き先を聞いて、アディールは顔をしかめた。

 

「………あ? 三等級じゃねえか。 もっと上の所行こうぜ? イラルワール湿原とかどうだ?」

「七等級。 危険なので却下です」

「俺がいりゃあ楽勝だぜ! 安心しろ! それに湿原とか渓谷の方が何かあった時逃げやすいだろ?」

 

 自信満々に腕を組むアディールに対し、ララーナは一切表情を変えなかったがアゴに手を添える。

 

「そうですね、一理あります。 ならばズベルサムシュ渓谷などどうですか」

「それも四等級だぜ? なんでそんなに簡単なとこばかり行くんだ?」

 

 焦ったそうな顔で肩を窄めるアディール。

 するとララーナは進行方向に視線を向けながら淡々と言葉を紡いでいく。

 

「私はいつも一人で迷宮に入りますし、なぜかかなり上位の魔物もいますので攻略に時間もかかります。 その上ほかの守護者と一緒だと悪霊も出るのです。 三等級の迷宮でも、七等級並みの幻獣種が出ます」

 

 幻獣種、特殊な能力を使ったり、厄介な体質を持ったモンスター。

 最も凶悪なものには三首の巨大な黒犬、ケルベラーサや猛毒を吐く巨大な蛇、ヴァジラナシュなどが上げられる。

 七等級となるとそこまで危険な幻獣種は出ないが、対応するのは非常に厄介なのだ。

 幻獣種と聞き、アディールは小難しい顔で遠くに視線を送った。

 

「つー事は、おまえは一人で七等級並みの迷宮を攻略できる腕があるって事だな」

「それは分かりません、実際に七等級には一人で行ったことがないので」

 

 気まずい空気が漂う中、ララーナは突然体を九十度捻って方向転換した。

 大きな通路だというのになぜか直角に曲がるララーナを見て、思わず二度見してしまうアディール。

 

「え? 今の曲がり方なに? つっこみ待ちか?」

「迷宮に行く前に準備を整えます。 昨日はずっとエンハさんを待っていて病院から出られなかったので」

 

 ———え? いつもあんな曲がり方してるの? って言うか昨日ずっと病院にいたのはジジイ待ってただけだったのかよ! こりゃあ後で謝らせるしかねえな。

 

 アディールはつっこみたいことが多すぎたが、いちいち指摘していたらキリがないと判断し、心の中にしまう事にしたらしい。

 

「………で? どこ行くんだよ?」

 

 少し遅れた距離を小走りで追いかけるアディールの方に、首だけを回して振り向くララーナ。

 機械のような奇妙な動きに、思わず後ずさるアディール。

 

「魔石を取り扱っている店に向かっています」

「あ、ああそうだったのか。 って言うかお前さ………変人って言われないか?」

「最近よく言われますが、私の何が変なのか分かりません。 修正箇所が不明なため、対応に困っています」

 

 この娘、実は機械人形なのではないかと疑い始めるアディール、しかしララーナはスタスタと目的地に歩いて行き薄暗い路地裏に入っていく。

 

 魔石専門店、あらゆる種類の魔石を取り扱っている店で、冒険でも生活でも役立つアイテムがずらりと並んでいる。

 この世界で使用される魔石は、込められた魔力を魔法陣に従って属性魔法に変換する変換器のような役割をしているため、使いすぎて壊れる事はない。

 

 なので一度購入すれば、魔法陣が消えるか石が割れるまで使い続けることができる。

 そのかわり値段がかなり高いため、一般人はまず購入できない。

 路地裏にひっそり構える魔石専門店にちゅうちょなく入っていくララーナの後を追い、アディールは眉を歪めながらついていく。 商売相手は主に守護者のため、朝早くから店を開けているらしい。

 

「なんか、見た目怪しいな」

 

 路地裏にある上に看板は立てられていない。 おそらく場所がわかるものにしか入れないだろう。

 その上建物には手入れがされていないのか、長い蔦がびっしりと絡み付いている。 店の中に入るとジメジメとした独特の空気が体を包み込む。

 部屋の角にはうっすらと苔が生えていたり、壁は茶色く変色している。 まるで黒魔術の研究でもしているのではないかと疑いたくなるような内装だ。

 

「いらっしゃい。 おお、嬢ちゃんか。 今日は何探してんだ?」

 

 キセルを咥えたスキンヘッドの大男が店の奥から顔を出した。

 薄暗い店内だと言うのにサングラスをかけているため表情がわかりづらく、野太い声のためかなりガラが悪い。

 しかしそんなパンチの強い容姿など吹き飛ぶほど、ミスマッチな服装をしている。

 

「今日も可愛いエプロンですね。 今から渓谷に行くので、風の魔石が欲しいです。 上昇気流はありますか?」

「ああ、このエプロンは昨日作った新作だ。 嬢ちゃんもこの良さがわかるか。 上昇気流の風魔石だな。 あるぜ? ちょっと待ってな」

 

 店主はニヤリと口角を上げ、店の奥へ歩いていく。

 そう、店主は柄の悪い格好にもかかわらず、可愛らしい絵柄をしたピンクのエプロンをさも当然といった態度で装着していたのだ。

 胸の部分に描かれているキリンの絵と目があったアディールは苦笑いをしてしまう。

 

 ———なんでキリンの絵なのにピンクなんだよ。 普通黄色か茶色だろ?

 

 この世界には普通の動物も生きている、魔物が生息するのは迷宮内部のみ。 なのでライオンやゾウといった動物も、図鑑や書籍で見たことがあるのだ。

 未だ原因不明だが動物たちは魔刈霧の影響を受けていない。 店の奥から戻ってきた店主は、ララーナに小箱を渡してぴたりと動きを止める。

 

「嬢ちゃん、彼氏かい? って言うか、その方はもしかして………アディール様ではないかい?」

 

 アディールたち五聖守護者は一般人たちから敬われているため、彼らを尊敬する市民たちは敬意を表して『様』をつける。

 だが今のアディールにとって、いかつい風貌の店主に『様』づけで呼ばれるのはかなり動揺してしまう。

 

 なんせゴツい体つきでスキンヘッドにサングラス、その上キセルを咥えていてキリンが描かれたピンクのエプロン、そんな属性がしっちゃかめっちゃかな男に『アディール様』と呼ばれるのだ。

 もうアディールの脳内はてんやわんやになっている。

 

「まだ彼氏ではないです」

「………まだ?」

 

 最初に店主が聞き返し、店内に静寂が訪れる。

 

「ちょっ! はっ? まだってなんだ! まだって! 今から彼氏になるのか俺は!」

 

 続いてトマトのように真っ赤になった顔で手をバタバタさせるアディール。

 心なしか店主も驚いているように見えるが、サングラスをつけているため表情がよくわからない。

 

「嬢ちゃん、いい相手を選んだな。 アディール様はこの街でもかなり尊敬されている英雄だ。 俺もアディール様のおかげで毎日飯が食えてるし、この辺りの治安も良くなったんだ。 よかったなぁ嬢ちゃん」

 

 サングラスの下からボロボロ涙を流し始める店主。

 アディールに関しては口をぱくぱくさせながら、冷静さを保とうとしてなぜか高速スクワットをし始めている。

 

「すいません、久々にお会いしたので冗談を言ってしまいました」

 

 ララーナの一言で店内の空気が凍ったように冷たくなる。

 そんなひどい空気の中、店主とアディールはなぜか無言で歩みより、固い握手を交わしていた。

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