その決意は武士の誇り

 林があったはずの場所には、四つの大きなクレーターができていた。

 もともと生えていた木々は灰にされ、周囲にあったはずの自然は見る影も無くなってしまっている。

 悪霊とアディールたちの戦いで、辺り一体の地形が変わってしまったのだ。

 西日が差し、新しくできたクレーターの中心で、高笑いを上げている悪霊を不気味に照らす。

 しかし悪霊は、先程まで纏っていた小さな泡を纏っていない。

 

「クッハハハハハハハ! ユカイユカイ! ようやくくたばったかムシケラドモ! テをワズラわせやがって!」

 

 肩を大きく上下に揺らし、腹を抱えながら身をそらしている。

 泡の破裂で吹き飛ばされたアディールたちは、かなり離れたところで地に伏していた。

 

「ふむ、ニクヘンになっていないところをミると、イリョクをブンサンさせられたか? まぁいい」

 

 腹を抱えて笑っていた悪霊が、三人の様子を見て顔色を変える。 泡の破裂の瞬間、三人はできる限り最大威力の攻撃を放ち、威力を分散させていたのだ。

 ガイスの突風、エンハの抜刀、アディールの最大電圧の電撃波。 しかしその三人の攻撃を持ってしても、全身に強力な衝撃波をくらい吹き飛ばされてしまった。

 悪霊は倒れ伏していた三人から目をそらし、首を小さく振りながらうっとりとした顔つきに変わった。

 そして初めに吹き飛ばされ、今も気絶していたララーナの方へに視線を送る。

 

「ララーナ。 イマツれてイってあげるからね」

 

 不気味な笑みを浮かべながら、倒れ伏していたララーナへ、ゆっくりと足を向けた。

 その瞬間、地面が擦れるような音が鳴り、悪霊はわずらわしそうな顔で振り返る。

 

「なぜ、イシキがあるのだ?」

「小童が、ベテラン守護者を舐めるでないわ!」

 

 震えながら立ち上がるエンハ。 全身ズタボロな上に頭部にも裂傷が見られる。

 頭から滴る血液が目にかかり、片目をつむるほどの出血量。

 それだけではない、身体中ありとあらゆる部分の骨が折れ、ヒビも大量に入っている。 しかし、最も危険なのは全身の怪我ではない。

 

「ショウヘキはどうした? ニンゲン」

 

 エンハを纏う障壁が消失していたのだ。 ニヤリと笑いながら問いかける悪霊。

 エンハだけではない、近くで倒れ伏しているアディールとガイスの障壁も消失している。

 泡が破裂した際の衝撃波で、鎧を装備していない三人は木札が破損してしまったのだ。

 

「障壁がなくとも、魔力を吸われるだけであろう? まだ死にはせんわ」

「だとしても、そのカラダでナニができるとイうのだ?」

「悪霊のくせに忘れおったか? まだ戦える者が残っておるではないか」

 

 エンハは開いている方の瞳でチラリと鞘に視線を送った。

 その仕草を見て、悪霊は顔色を変える。

 

「ショウキか?」

「大真面目だとも、もはやこれ以外に手はないからのう」

「ダメに決まってるでしょ! 契約を忘れたの? 早くここから逃げなさい!」

 

 鞘からハナビが飛び出してくる。

 

「そうは言ってもな、立っているのがやっとのそれがしには、もう逃げることもできん。 それがしに残された運命は、このまま魔刈霧に魔力を吸い尽くされて死ぬか、この悪霊に始末されるかのどちらかだ」

 

 目頭に涙を浮かべたハナビが、何度も何度も首を横に振る。

 

「ダメよ! あたしが助けてあげるから! 早く逃げましょう! 他の誰が死んだってかまわない! あなただけでも生き残らないとダメなのよ!」

 

 子供が駄々をこねるように、必死に叫ぶハナビ。 その姿を見て、優しく微笑むエンハ。

 

「姉上に救われたこの命で、今までたくさんの者と出会ってきた。 たくさんの者を強者へと育て上げ、セイアドロを巨大な都市へと繁栄させることができた。 それがしは来年には三十路だからのう。 もう十分であろう。 この場には、セイアドロの未来を背負う若者が三人もおる。 世代交代なのだ」

 

 エンハの周りをふよふよと飛び回るハナビを見て、あからさまに動揺し始める悪霊。

 

「最後に。 なぜ貴様が動けないのか、説明してやろうか?」

 

 エンハはニッと歯を見せて笑いながら、悪霊に視線を送る。

 

「おぬしのその泡、確かに凶悪であるが………それを出してる間は思うように動けんのであろう? 小娘の奇襲を防ぐ際、不自然な動きをしておったのう。 そもそもそれがしの初めの一太刀も、わざわざ逃げずに正面から受けおった」

 

 悪霊は頬を引きつらせ、鋭い目つきでエンハを睨む。

 

「それに、ビリビリ小僧にボコボコにされとる時も、一歩も動こうとせんかったからな。 ま、貴様に痛めつけられるのを好む悪癖がなければ、の話だが」

「ダマれシにゾコない」

 

 グッと歯を食いしばりながら睨み続ける悪霊。

 

「そう怖い顔をするでない、悔しいのならすぐにお得意の泡でそれがしを屠ったらどうだ? ………できぬのだろう? 奥の手を使ってしもうたからのう」

 

 エンハの一言を聞き、悪霊は額から汗を垂らす。

 

「ハナビ、畳み掛けるなら今しかないのだ。 頼む、今残ってるそれがしの魔力を………吸い尽くしてくれ」

 

 何も答えず、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら耳を塞いでうずくまってしまうハナビ。

 エンハは困ったような顔で笑いながら、震える腕をゆっくりと動かし、鞘に収めていた刀を引き抜いた。

 

「ならば仕方ないのう。 武士としての誇りは、守るしかあるまい」

 

 引き抜いた刀を、自らの首筋にピタリとつけるエンハ。

 

「これで契約は破棄であるな。 ………ハナビ。 こやつらのことを託すぞ」

 

 そして次の瞬間、鈍い殴打音が響く。

 エンハは全身脱力をしたように倒れ、地に膝をついた。 唖然とした顔で、ぐしゃぐしゃに濡れた顔を上げるハナビ。

 

「おい、お前まだ二十代だろ? もうボケが始まったのかよ、ジジイ」

 

 左手を手刀の形にして、クタリと倒れたエンハを膝で支えるアディール。

 

「テメエにはまだ、ガイスの面倒頼んでんだよ。 勝手にくたばろうとしてんじゃねえ」

 

 全身を震わせながら、脱力したエンハをゆっくりと寝かせる。

 

「アディー!」

「ハナビ、このバカを見張ってろ。 念のためこいつの刀はそこら辺にほっぽっとけ」

 

 こくこくとうなずいたハナビが、エンハの刀を重そうに持ち上げ、体全体を使って遠くへ投げる。

 

「ふ、バカめ。 そのニンゲンがイうトオり、セイレイをカイホウしていればワタシはタシカにアブナかった。 だがこれで、コワいモノはナくなったぞ!」

「そうかよ。 ペラペラと口が回ってるってことは、ジジイが言ってた通りまだ泡を出せねえみたいだな」

 

 油断なく睨み合うアディールと悪霊。

 

「キサマもタっているだけでやっとなのだろう?」

「俺の意思ではな。 けどなぁ!」

 

 アディールはボロボロの体で駆け出した。

 驚愕の表情を浮かべる悪霊。

 

「なぜウゴける!」

「骨が折れててもな! 電気の刺激で筋肉を無理やり動かせる! 痛覚も電気で麻痺させられる! シェンアンの野郎に体と筋肉の仕組みを散々教わったんだ! 動かしたい体勢を脳内でイメージして、必要な筋肉に電流で刺激を与える!」

 

 いつもの速さは出せていない、それに動きも不自然だ。

 無理やり動かされた操り人形のように、ぎこちない動きで悪霊に肉薄するアディール。

 しかし全身の骨が折れているとは思えないほどの身のこなしで、回転しながら左足を振り抜いた。

 

「バカかキサマ! ショウヘキがないのだぞ! そのジョウキョウでマリョクをつかえばハヤジにするだけだぞ!」

 

 アディールの蹴りをぎりぎりでかわし、後退りながら怯えるように叫ぶ悪霊。

 

「だったらおっ死ぬ前に、テメェをのしてやるよぉぉぉ!」

 

 流れるような動きで、回転の勢いを殺さずに今度は右足を振り回す。

 すると右足が悪霊の側頭部にめりこみ、そのままの勢いを殺さずに地面に叩きつけた。

 

「ヌグァ!」

 

 苦悶の声を上げながら、割れた地面にめり込んでいく悪霊。

 アディールは蹴りの勢いを利用してさらに回転し、足を天高く上げる。

 

「頭が弱点って言ってたな! このままかち割ってやんよ!」

 

 電気の刺激で体を無理やり動かしているため、ぎこちない動きで踵を悪霊の頭めがけて振り下ろす。

 しかし悪霊は間一髪で体を回転させ、アディールの踵落としをかわす。

 

「ゾンビかキサマは! シぬのがコワくないのか!」

「可愛い女の子との約束ほっぽって、おっ死んだ後笑いものにされるよりは怖くねえわ!」

 

 コロコロと転がりながら逃げる悪霊に、何度も足を叩きつけるアディール。

 悪霊は必死の形相でアディールから逃げ回る。

 

「アトスコしなんだ! くそ! なんでこいつはこんなにもしぶといんだ!」

「チョロチョロと逃げまわんじゃねえ!」

 

 アディールはふらふらとおぼつかない足取りで逃げ回る悪霊を追っていく。 魔力消費が激しいせいで、彼の視界は既にぼやけている。

 当然だ、既に魔力は残り三割を切り、魔刈霧には今も魔力を吸われ続けている。 このまま動き続ければ、後数分も持たない。

 しかし、ボロボロの姿で戦うアディールに感化され、もう一人の守護者がムクリと起き上がる。

 

「アディールが、戦ってるのに………僕が寝てられるかぁぁぁぁぁ!」

「………ひっ!」

 

 ガイスが両腕で必死に地面を押して、上半身を震わせ始めた。

 立ちあがろうとするガイスを見て、悪霊が小さな悲鳴をあげ、全身から汗を吹き出す。

 

「僕の風が、お前を地獄に運んでやるよ!」

 

 普段からは想像もつかないほどの気迫で叫ぶガイス。

 ガイスは足がバキバキに折れている。 だが、立ち上がれなくても風による支援をアディールに送れる。

 風の支援を受けたアディールは、フラフラしながらも動きが少し早くなる。

 

「なぜ! あのシエンジュツシもショウヘキがナいのだぞ! なぜなんのチュウチョもなくマホウをツカえるのだ!」

 

 歯を食いしばりながら、無様に逃げ回る悪霊。

 

「らぁぁぁ! 逃げ腰じゃねえかへなちょこぉぉぉ!」

 

 アディールの前蹴りが背中に直撃し、青ざめながら吹き飛ぶ悪霊。

 コロコロと地面を転がりながらララーナが気絶しているクレーターの近くへ転がっていく。

 

「ちっ! 足が思ったより上がんなくなってきたな。 後頭部直撃の予定だったのによ」

 

 舌打ちをしながら半分白眼を剥き始めるアディール。 もはやただ立っていることすらできなくなってきていた。

 泥酔しているかのような足取りで、吹き飛ばされた悪霊に一歩ずつ近づいていく。 折れた骨を無理やり動かしていたため、筋肉だけでは体を支えることすらまともにできなくなってきてしまっているのだ。

 その姿は自我を失った凶戦士のようだ。 悪霊は体を震わせながら必死に立ち上がった。

 そして、次の瞬間………

 

「タイムオーバーだゾンビドモ!」

 

 ニヤリと笑った悪霊が、手の平から僅かに泡を噴き出し始めた。

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