その決着は過去との決別

 初めの犠牲者は兄さんだった。

 不運にもケルベラーサに襲われ、兄さんは私に転移の魔石を使いその場に残った。 転移の魔石は、魔力を込めると魔法陣が出てくる。

 街にあるもう一つの魔法陣に転移できるのは、その魔法陣に入っていた者だけ。 兄さんはわざと私の足元に魔法陣を出した。

 ケルベラーサが魔法陣に入らないように足止めをすると言って、私だけを逃した。

 

 私はこの魔石が嫌いだ。

 転移するための魔力は兄さんが使ったのに、魔石を持っていたのも兄さんなのに。

 実際に転移したのは私一人で、なぜか兄さんが持っていた魔石も、転移先の魔法陣の中心に出現する。

 一人生き残った私は、魔法陣の中心に残った魔石を呆然と眺めていることしかできない。

 

 その次は兄さんとずっと仲良かった親友が犠牲になった。

 灰色のオーラを纏った人型の悪霊に襲われ、手も足も出なかった。 私はその時に死ぬと思った。

 けど、兄さんの親友も、同じように私に転移の魔石を使った。 どちらも刻印が宿っている強い守護者だったのに。

 十等級を攻略して、転移の魔石を持てるほどの実力者だったのに。

 ………死ぬ時は一瞬。

 

 私一人が生き残り、心にはポッカリと穴が開く。

 毎日がつまらなくなる、食べ物の味がわからなくなる、綺麗な景色を見ても何も感じなくなる。

 世界は灰色になっていく。

 私が生きてる意味すら、分からなくなる。

 

 けれど、みんな私を気にかけ、声をかけ続けてくれた。

 声をかけてくれる守護者たちの優しさが、ナイフで自分の首を掻き切ろうとした私の考えを改めさせてくれた。 けれど、現実は甘くない。

 

 三人目の犠牲者が出てしまった。

 灰色のオーラを纏った悪霊に、なすすべなく殺されてしまった。 私はまた、転移の魔石で助けられた。

 転移の魔石なんてなければ、そこで一緒に死ねたのに。 仲間を見殺しにした私に、犠牲者の家族や友人たちが文句を言いに来る。

 文句だけではなく、暴力を振るわれる。 顔の原形が変わるまで殴られる。

 

 いつの間にか目を覚ますと、病院で横になっていて、困った顔のビークイットさんが隣に座っている。

 ビークイットさんの治癒は、暴行を受けていた事実が最初からなかったかのように、完璧に治してしまう。

 誰も私に近づけなくなるよう、不細工な顔のままにして欲しかったのに。

 

 私は皆に気味悪がられるよう大鎌を持つようにした。 鎧も全身暗い色に変えた。

 それでも私の噂を面白がった守護者たちが、忠告を無視してついてくる。

 私目当てでカッコつけようとする人や、肝試し感覚で動向する頭の悪い守護者たち。

 

 けれど、みんな最後は同じことを言う。

 声をかけてくる時は不純な動機だったくせに、本心では一人ぼっちの私を気にかけ、何か助けになりたくて同行してくれたんだと、最後の最後で教えてくれる………

 悪い印象のままだったら、こんなに心が痛むことはなかったのに。

 

 みんな十等級を攻略できるような実力者だった。

 みんな転移の魔石を購入できるほど優秀な守護者だった。

 みんなすごく優しい人たちだった。

 

 一人残らず、人型の悪霊たちに殺されていった。

 

 私は死神だ。

 死を呼ぶ少女イラ・アルマウトの名にふさわしい、悪霊に呪われた女。

 そんな私の前に、今まで会った守護者たちの中でもずば抜けたお馬鹿さんが現れた。

 

 『お前に付き纏ってる悪霊を、俺がぶっ飛ばしてやる!』

 

 この町でこの英雄を知らない人なんていない。

 五聖守護者、アディール・バラエイド

 二年前まで食糧難、治安が最悪だったこの街を大きく変えた英雄。

 私もこの人に憧れていた。

 何人もの人間を、いとも簡単に助けてしまう。

 高嶺の花のような、英雄の名にふさわしい守護者。

 

 この人は、私の運命まで変えようというのだろうか。

 悪霊に人間が叶うはずがない、きっとこの人も死んでしまう。 だから最初は突き放したのに。

 次に会った時、あの人はボロボロの体で一睡もせずに私を待っていた。

 今から悪霊と戦うかもしれないのに、睡眠不足な上にボロボロの状態で待つなんてありえない。

 正真正銘のおバカさんだ。

 

 そう思ったのに、怪我したこの人を放ってはおけなかった。

 彼を病院に運ぶと、仲間のような人たちがいた。

 すぐに帰るつもりだったのに、なぜかその場に留まってしまった。

 全員おかしな人たちだった。

 

 今まで一緒に迷宮に行った人たちは、私に気を遣っていたのか、悪霊の話題や今まで犠牲になった人の話は一切出そうとしなかったのに。

 悪霊を倒すために、みんなで必死に思案を巡らせている。

 勝てるはずないとか、思わないのだろうか?

 

 五聖守護者やその周りの人たちは変わった人しかいないのだろうか?

 みんなの話を聞いている内に、自分がそう思い始めた事に驚いた。 他人に興味を持つなんて、兄さんが死んだ日以来だったから。

 自分の思考が変になったせいで戸惑っていると、掌サイズの可愛い女の子が目についた。

 その子は、エンハさんが連れていた人型の聖霊だった。

 きっと私を襲う人型の悪霊と関係がある。

 

 そう思ってエンハさんのことを詳しく聞こうと、本人に聞いてしまっていた。

 途中で人型の精霊が目を覚まし、エンハさんは話しは後だと言って迷宮に行ってしまった。

 私はどうしても気になってしまい、アディール君のところに向かった。 何のちゅうちょもなく。

 

 ………わたしは、なんでこんなことを聞いているのだろうか?

 いつの間にか、私まで悪霊を倒せるかも? と、思ってしまっていた。

 処置室の扉を開けた瞬間、ベットで治療を受けていたアディール君を見てなぜか思ってしまったことがある。

 

 ———この人は、アディール君ならきっと何とかしてくれる。

 なぜかそう思った私は、エンハさんに話を聞くために処置室で待つ事にした。

 アディール君とサラカさんが話してる処置室にいるのは、心地よかったからだ。

 この人たちと一緒にいると、なぜか楽しいと思い始めていた。

 実は、今日ここにくる前に思ってしまっていた事がある………

 

 あの時、エンハさんが来なくてよかったな、と。

 ずっとあの人たちと、あの楽しい時間を続けたい。

 あの悪霊がいなければ、これからもあの人たちと一緒にいられる。

 

 ——————邪魔だ。

 

 悪霊を倒そうとするなんて馬鹿げてるかもしれない。

 けれど、私の居心地の良い場所を………

 

 私の大好きな場所を!

 

 これからもあの人たちと過ごす楽しい時間を!

 

 奪われてたまるか!

 

 

 

 悪霊になったファカーラさんが、ボロボロのアディール君に手を向けている。

 アディール君は満身創痍だし、私以外みんな障壁を展開できていない。

 まだファカーラさんが出している泡はほんの少しだけ、今ならまだ攻撃できるはず!

 

 守るんだ、今度は私が!

 

 私だけ何もできていない、足を引っ張っている。

 アディール君に離れて様子を見ていろと言われたにも関わらず、勝手に突っ込んで、勝手に木偶の坊になった。

 このまま終わるわけにはいかない!

 ここで動かなきゃ、私は全てを失うことになる!

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁアァァァあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 叫ぶ、意識が朦朧としているにも関わらず。

 叫ぶ、立つことも困難なはずの体で。

 叫ぶ、叶うはずがないと言われた悪霊に、一矢報いるために。

 

 全員が、驚いた顔で私に視線を集める。

 

 「……やっと見つけた大好きな居場所を!

 ———大好きな人たちとの時間を!

 ———大好きな人たちとの未来を!

 ———奪うなアァァァァァあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 こんな大きな声を出したのは、久々だった。

 声が裏返ってしまい、なんだかかっこつかなかったけど………

 

 アディール君が、あの優しい笑顔を私に向けてくれた。

 ただそれだけで、私は限界を超えられる。

 私には遠距離攻撃の手段なんてない。

 けれど私のすぐそばに、壊れた大鎌の刃が刺さっている。

 

 投げる?

 両腕がパンパンに腫れている、指先も動かない。

 けれど、足はギリギリ動いてる。

 声も出せた。

 ならば………

 

 大鎌の刃に噛みつき、全身のバネを使って上半身を振り回す。

 私の力は軽量化、私が触れたものは全て軽くできる。

 だから大鎌の刃がどんなに重くても、噛みついて投げるのも容易い。

 ギョッと目を開くファカーラさんの首に、大鎌の刃が回転しながら飛んでいく。

 

「消えろぉぉぉォォォぉぉぉぉ!」

 

 口で投げるなんて初めてだった、けれど今の私なら外さない自信がある。

 これでようやく、私の一撃で!

 

 ———この悪夢を終わらせられる。

 

 そう思っていたが………

 私の攻撃に驚いたファカーラさんは、足を滑らせるように転んだ。

 転んだ衝撃で、首を切断するはずだった大鎌の刃は空を切った。

 

 ———私の渾身の一撃も

 希望から………絶望に変わる。

 

「まだだぁぁぁぁぁ!」

 

 ガイス君が叫んだ。

 空を切った大鎌の刃に、ガイス君が手を伸ばすと、突風が吹き荒れる。

 そしてその突風が、大鎌の刃の動きを鈍らせた。

 

「ナイスだ! ララーナ!」

 

 動きが鈍った大鎌の刃を、よろよろしながら、ボロボロの左手でキャッチするアディール君。

 

「くたばれ悪霊! ララーナの大好きな居場所を守るためになぁ!」

「よせ! ヤめろぉぉぉぉぉぉっぉぉぉ!」

 

 ファカーラさんが慄然とした顔をしながら尻餅をついたが、アディール君が大鎌の刃を無慈悲に投げ飛ばす。

 次の瞬間、ファカーラさんの首が宙を舞った。

 首だけになったファカーラさんは、目頭に涙を浮かべながら私に視線を送ってくる。

 

「ワタシは、ただ………ララーナ、に——————」

 

 宙を舞っていたファカーラさんの首は、言葉の途中で群青色の煙になって霧散した。

 それを確認した瞬間、全身から力が抜けてしまう。

 

 ———まだ、まだ倒れてはいけないのに!

 私の怪我も、動いていいレベルではなかった。

 全身の至る所が骨折してる、さっき刃を投げた時の衝撃でさらに悪化した。

 

 呼吸ができない!

 けれどまだ、まだ倒れてはいけない。

 腕が動かないから、這いずっていくしかない。

 

 アディール君たちは木札が壊れていて、今もなお魔刈霧に魔力を吸われ続けてる。

 煙になって霧散したファカーラさんを見て、アディール君も倒れてしまった。

 

 魔力残量が危うい!

 

 時間がない!

 

 早く! 早く! 早く!

 

 木札を持ってるのは、この場に私しかいない!

 私しか助けられない。

 唯一動く足で体を押し動かし、なんとか動こうとする。

 少し動くだけで、全身に激痛が走る。

 けれど、そんなことを気にしている場合じゃ………

 

「ララーナちゃん。 もう大丈夫よ」

 

 声がした。

 チラリと視線を上げると、とても綺麗な女の子がふわふわ浮いていた。

 エンハさんと契約してる聖霊、ハナビさんだ。

 

「あなた、これ以上動いたら命に関わるもの。 私があなたを連れていくから、もう無理しちゃだめ。 ララーナちゃん、エンハを………弟を助けてくれてありがとう。 あのバカ、起きたらタダじゃおかないんだから!」

 

 何の事だろうか? とりあえず、助けたのは私じゃないけど? そう言いたかったが、もはや声を出す余裕もなかった。

 ハナビさんは、私の洋服を一生懸命引っ張っている。

 小さな体で、文句ひとつ言わず必死に運んでくれている。

 ハナビさんのその可愛いらしい姿を見ていたら、少し………安心してしまった。

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