その疲労は激闘の余波

 月明かりが処置室の中を怪しく照らしていた。 処置室のベットは現在満床になってしまっている。

 ここにはビークイットが直接治癒を施す重症患者や、五聖守護者が搬送される。

 五床しか用意されていないにもかかわらず、その内の四床はかなりひどい状態の患者が運ばれた。

 

 緊急処置が四件重なったビークイットは、燃え尽きたように処置室のソファーに倒れ込んでいる。

 三角帽を被った小さな少女と金髪の青少年が、その姿を見てニマニマ笑っているが、ビークイットは気にするそぶりすら見せない。

 すると、窓際のベットで寝ていた少女が勢いよく状態を起こした。

 

「アディールくっ………」

 

 勢いよく状態を起こした瞬間激痛が走ったのだろう、無表情だった顔に脂汗が浮き上がる。

 

「ちょーーー! はいはい落ち着いてララーナちゃん!」

 

 金髪の青少年が、慌ててララーナに声をかけた。

 全身から汗を出しながら、目を細めて声がした方向に視線を送るララーナ。

 

「サラカ………さん。 なぜ、あなたが」

「いやいや、俺も一応重症患者だからね! 後少しで退院だけど、頭蓋骨がちゃんとくっつくまで安静にしてないといけないんだってさ! 結果観察ってやつよ!」

「それを言うなら経過観察ですよ? サラカ先輩! 全くあなたって人は、頭がくるくるぱーですね」

 

 三角帽の少女が、腕を組んで呆れたような顔をしながらサラカに視線を送った。 ララーナは少女の顔をジッと見つめる。

 

「な、なんですか? そんなにジロジロと見られたら………」

「サラカさん大変です。 子供が迷子になってます」

「だぁぅれが子供ですかぁぁぁ! 初対面なのに一言目がそれってどう言うことですか!」

 

 三角帽の少女は勢いよく立ち上がる。

 立ち上がったにも関わらず、ベットから上半身を起こしているサラカと同じくらいの身長だった。

 ララーナは、立ち上がった少女の頭のてっぺんに視線を送った。

 

「ちょっと、なにをチラチラ見ているんですか? もうカンカンに怒りましたよ私は!」

「ララーナ・ジャディービヤって言いいます。 お父さんかお母さんはどこに行ったのかな?」

 

 ララーナは硬い表情のまま首を傾げた。

 呆気に取られていたサラカは、フルフルと肩を震わせている三角帽の少女を見て、腹を抱えて笑い出した。

 

「この女の子はなんて失礼な方なんでしょう! ララーナさんと言いましたね。 言っておきますが、私は子供ではありません! アディール先輩の一個下ですよ!」

「嘘つきは泥棒さんです。 それだと私と同じ年齢になります」

「ぬぐわぁぁぁぁぁ! 聞いて驚きなさい小娘よ! この私こそ何を隠そうあの有名な、エクセレントな魔女っ子シェンシェンこと! シェンアン・アルセルフなのです!」

 

 勢いよく立ち上がり、かっこよく決めポーズを決めるシェンアン。

 ララーナは何も言わず、決めポーズをしているシェンアンを凝視している。

 

「ふっふっふ、驚きましたか? ええそうです、あなたもご存知のはず! この街に魔石という技術を伝え広めた、最強の魔女っ子! 五聖守護者が一人! 魔女皇帝シェンアン様なのですよ! さぁ! さっきまでの無礼、ペコペコ謝りなさぁぁぁい!」

 

 ドヤ顔でララーナを指差すシェンアン。

 

「はい、よくできました。 病院では静かにしないとダメですよ」

「ガァッハッハッハッハッハ! やべぇ、なんだこれ! 腹いてえ! 腹の骨も折れちまう!」

 

 ガチガチに固定された腕でパチパチとわざとらしく拍手しながら、無表情で何度も頷くララーナ。

 サラカは二人の問答を見て、お腹を痛そうにしている。

 

「この女ぁぁぁぁぁ! 私のことをこんなにも馬鹿にする人がいるなんて思いませんでしたよ! せっかく死にかけていたあなたたちを、せっせかせっせか運んであげたのにぃぃぃぃぃ! ぬがぁぁぁぁぁ!」

 

 三角帽子のツバを、両手で思い切り引っ張りながら地団駄を踏み始めるシェンアン。

 

「ちょっと、わたくし………疲れてるんだから静かにしてほしいんだけど?」

 

 ソファで寝っ転がっていたビークイットが、だるそうに白衣の胸ポケットからメスを取り出す。

 月明かりを反射させるメスを見た途端、シェンアンは叱られた子犬のように正座をしながら縮こまった。

 

 

 

「ララーナちゃん、あなたさっきから三回死にかけてるのよ? もう、いい加減にしてちょうだい?」

 

 ビークイットが頭をポリポリと掻きながら身を起こした。

 緊急処置を連続でするハメになった彼女は、疲れているせいか髪もかなりボサボサになっている。

 ビークイットがソファーから降りたのを横目に見たシェンアンは、正座をしたままガクガクと震えている。

 

「………三回」

 

 いつもの表情で首を傾げるララーナ。

 

「ララーナちゃんな、さっきみたいに急に起きるのを合計で三回もやってたんだ。 そのうちの二回は起きてすぐ激痛のせいで気絶しちまったみたいだけどな。 流石にこれ以上やられたらやばいと思ってさ、俺が慌てて止めたってわけ」

 

 先程までずっと笑い転げていたサラカが、お腹をさすりながら説明をする。

 

「あなたはね、肋骨と両腕の骨が数えるのも嫌になるくらい大量に骨折してたの。 しかも肋骨が折れてるのに上半身を無理に使ったから内臓に傷がついちゃってたわ。 発見するのが数分遅れてたら命を落としてたかもしれない。 ちなみにさっきもサラカ君が止めてくれたからよかったけど、後何回か同じことしてたらまた緊急オペをするハメになってたわよ」

 

 ビークイットが大きなため息をつく。

 

「お手数おかけしてすみません」

「まあいいわ、サラカ君? さっきはララーナちゃんを止めてくれて助かったわ、ありがとうね」

 

 ビークイットに視線を向けられたサラカは、満面の笑みで胸を張る。

 

「ま、今回は俺のお手玉だったみたいだな! 礼には及ばないぜ!」

「それを言うならお手柄じゃないですか? なんでサラカ先輩は普段すごく頭がいいのに、喋ってる時だけ頭がすっからかんになるんですかね?」

 

 ララーナは肩を窄めていたシェンアンをジッと見つめた。

 

「サラカさんの………頭がいい。 そういう冗談は、彼に失礼ですよ」

「いやいや! ララーナちゃんが一番失礼だからな! 一応俺は命の恩人みたいなもんだぞ!」

 

 両手を大袈裟に広げながら猛抗議し始めるサラカ。

 

「サラカ君のいう通りよ? ララーナちゃんはサラカ君に二回も命を救われてるんだから」

 

 ビークイットがだらりとソファーの背に寄りかかりながら言葉を投げる。

 

「二回も、救っていただいたんですか」

「あ、いや。 それは言葉のあやだぜ? さっきの一回きりだ」

 

 モジモジしながら視線を泳がせるサラカ。

 

「あらあら、何謙遜してるのかしら? それともなかった事にしてお仕置きを免れたいの?」

 

 ビークイットがニヤリと口角を上げる。

 

「いやいやいや! ビークイットお姉さん! さっきの俺のお手軽に乗じて見逃してくれよ!」

「………だから、お手柄だって言ってるじゃないですか。 もしかして、わざとですか?」

 

 ジト目を向けるシェンアンから、わざとらしく目を逸らすサラカ。

 

「あの、詳しくお話を伺えないでしょうか」

 

 ララーナがビークイットに視線を送りながらつぶやくと、シェンアンが悪戯な笑みを浮かべながら立ち上がる。

 

「私がテキパキと説明しましょう! そう、あれは今日のお昼過ぎあたりのことでした………」

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