その根性は腑抜けた現実逃避
ヒバナは迷わず離れへと向かった。 息を切らしながら、今にも壊れそうな離れの扉を開く。
そこにはまるで、壊れかけたおもちゃのような男の子がぽつりと座っていた。
この世の全てを諦めた瞳、痩せ細った体、いたるとこをに穴が空いたボロボロの衣服、伸びっぱなしでクセの強いボサボサ髪。
みすぼらしい外見で清潔感もまるでない。
にも関わらず、ヒバナはその男の子になんのためらいもなく近づいて行き、目線を合わせるために屈みこんだ。
「あなた、お名前はなんと申しますの?」
「………エンハ、と申します」
か細い小さな声で答えるエンハ。
ヒバナは、ニッコリと微笑みながらエンハの頭を優しくなでた。
「ワタクシは、ヒバナと申します。 よければ、ワタクシの話を聞いてはいただけませんか?」
エンハの頭には蜘蛛の巣や埃が大量についている。
ヒバナの手はもちろん汚れたが、それでもヒバナは嬉しそうに笑ったまま、撫でるのをやめなかった。
頭を撫でられたエンハは一切表情も動かさず、ヒバナと目も合わせようとしない。
「あなた様と関わることは固く禁じられている故、その願いは叶える事はできません」
突き放すような冷たい声音に、ヒバナは眉尻を下げる。
「どうして、そのような悲しいことをおっしゃられるのですか?」
「失礼ながらこのエンハ、あなた様と関わるに値しない存在でございます」
七年の時を経て始めて会えた、たったひとりの弟に………
突き離されるような言葉を言われ、ヒバナは腹の中で炎が煮えたぎるような思いを感じた。
エンハが生まれてすぐ死んだと発表を聞いたのは、ヒバナが三才の時。
つまりそれから七年間、エンハはずっとこの離れの中で外に出ることも禁じられ、ギリギリ生きる事ができる量の食事しか与えられず、村の全ての人間からいないものとして扱われてきたのだ。
ギリと奥歯を鳴らし、怒りの炎を灯した瞳で本家を睨みつけるヒバナ。
言葉遣いや立ち振る舞いを矯正されていたとはいえ、ヒバナは元々おてんばで明るい女の子だった。
どんなに厳しい教育を受けたとしても、彼女の本質は変わらない。
「お父様とお母様にそう言われたのね? なら、このあたしがあの二人をぶっ潰してその発言を改めさせてあげますわ!」
普段の言葉遣いと、彼女の本性が混ざり込んだ奇妙な言葉の羅列。
エンハはその奇妙さに違和感を感じながら首を傾げた。
「その必要はありません。 エンハは生きているだけで幸せ者なのです。 あなた様が迷宮で命を落とした際の保険として、生きさせていただいているのです」
「そう、つまりあなたはあたしの弟って事で間違いないのですわね? あのクソ親に何を言われたのかは存じ上げませんが、全部忘れなさい」
ハナビはエンハの頬に両手を添えて、顔を無理やり持ち上げ、自分と目を合わさせようとする。
しかしエンハは顔を持ち上げられているにもかかわらず、視線だけは明後日の方向に向けていた。
「自分の価値を、他人に勝手に決めさせるなんて………腰抜けの現実逃避もいいところですわ? 自分の価値は、自分で決めなさい。 この言葉の意味がわからないと言うなら、あたしがあんたの曲がった根性叩き直して、あたしの言葉の意味を分からせてあげるんだから!」
困った顔でようやくヒバナの顔を見上げるエンハ。
くすんだ桃色の髪が、月光を反射させて美しく輝いている。 燃えるような真紅の瞳と艶のある美しい肌、上等な布で編まれた紅色を基調とした袴。
そして、誰もが心を癒されてしまいそうな無邪気な笑顔。
手入れのされていない伸びっぱなしのボサボサ髪や、そこら中擦り切れたボロボロの衣服、炭や垢で汚れた自分の肌とは全く違う。
そう思いながらもエンハは、ヒバナの美しすぎるその姿を見て、思わず吐息を漏らした。
「すぐに戻って来ますわ! 吉報を待っているのよ!」
無邪気な笑顔を絶やす事なく、ヒバナは離れを走り去って行った。
その日の夜、屋敷からはものすごい悲鳴やとんでもない爆発音が鳴り響いた。 本家から黙々と黒煙が上がり始め、香ばしい香りが鼻につく。
夜風に流れて響いてきていた物騒な音が止むと、離れのドアがノックされる。
エンハは恐る恐るドアを開けると、そこには全身炭だらけになったヒバナが、パンパンに膨らんだ風呂敷を抱えてニコニコしていた。
「お父様とお母様をぶっ飛ばして、あなたをあたしの新居に招く事にしましたのよ! とっとと着いてきなさい!」
エンハの腕を無理やり引っ張り、ヒバナは駆け出した。 しかし、ずっと家でぼーっと一日を過ごしていたエンハは、少し走っただけで息を切らしてしまう。
そんなエンハを見ながら、ヒバナは困り顔で彼を優しく担ぎ上げた。
「何をされるのですか? エンハはあなた様と関わるなと言われているので………」
「うるさい! 口答えするんじゃないわよ! あんたはあたしの弟なんだから! 黙って言う事を聞きなさい!」
みすぼらしく、触れることもちゅうちょされるような容姿のエンハを、ヒバナはなんのためらいもなく担ぎ上げ、屋敷の外に走り去っていく。
「屋敷から離れてしまってよろしいのですか?」
「あんな家なんかいらないわ! 焼き払わなかっただけマシでしょ? 家名とか名誉とか権力とかお金も、贅沢な生活も、チヤホヤ褒めてくる周りの人間も全部いらない! あたしはね、あなたみたいな可愛い弟が欲しいの!」
真っ白な歯を見せながら、心の底から嬉しそうな笑顔を向けるヒバナ。
それを見たエンハは、困ったような顔で苦笑いをした。
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