その姉弟は似た物同士

「その後は姉上が恐喝………もとい、無理やり買った空き家に案内されてのう、毎日お腹が破裂しそうなほどの食糧を無理やり食べさせられ、迷宮に半ば無理やり連れて行かれた。 当時まだ七才だったのにのう、迷宮の魔物はそれはもう恐ろしかったが、姉上は何食わぬ顔で片っ端から焼き尽くした。 迷宮に行ったら村に戻り、ノルンの聖水を奉納して新しい家に帰る。 そしてカグヅチ家から派遣された用心棒を、姉上が片っ端から返り討ちにする日々が二年も続いたのだ」

 

 昔を思い出しながら苦笑いを浮かべるエンハ。

 

「もう会えないと思っていた………たった一人の弟に、七年の時を経て会えたのよ。 嬉しくて当然じゃない」

 

 棘のある声音が、ララーナの枕下から聞こえてくる。

 驚いた顔でそちらに視線を送るエンハ。

 

「姉………ハナビ。 起きておったのか」

 

 エンハの言葉を聞きたくないと主張しているかのように、腕を組んで口を窄めながらそっぽを向くハナビ。

 

「ハナビさん、エンハさんは………」

「分かってるわよ! あれがみんなを守るためには最善だったって言いたいんでしょ? 確かにサラカが脱走しようとしてなかったら、あなたたち全員死んでたわ! けど、死んだと思ってた弟と、せっかく再開できたのに! いままで報われない人生を送ってた弟に、もっと楽しい人生を歩ませたいだけなのに! 生きててよかったと思ってもらいたいのに! 大切な弟を死なせるくらいなら、あたしも死んだ方がマシよ!」

 

 地団駄を踏みながらララーナを睨みつけるハナビ。

 エンハは落ち込んだ表情で口を開こうとするが、ララーナはエンハの前にガチガチに固定された腕を突き出した。

 

「エンハさんが謝らないといけないのなら、順番が違うと思います」

 

 呆けた顔で首を傾げるエンハとハナビ。

 

「ハナビさん。 いえ、あえてヒバナさんとお呼びします。 あなたにとってエンハさんは大切な存在だと言うことは痛いほど伝わりました。 けれど、エンハさんにとってのあなたはどう言う存在か、考えた事ありますか?」

 

 ララーナに凝視され、ハナビは困った顔で視線を右往左往させる。

 

「言わずともわかるはずです、とても大切なお姉さんだったに違いありません。 むしろ、あなたに人生を変えていただいたんですから、その思いはあなたより強かったかもしれません」

 

 エンハは明後日の方向に視線を送りながら、モジモジし始める。

 

「先日エンハさんに伺いました。 あなたは悪霊に襲われた際、自らの命と引き換えに魔力を暴発させ、悪霊を屠ったんですよね。 でもあなたは、その時エンハさんの気持ちを考えた上で、悪霊と戦ったんですか」

「それは、その〜。 ええっと〜。 でもあたし! 聖霊に生まれ変わったもの!」

 

 ハナビは自信満々の表情で胸を張った。

 

「それは結果論ですし、ヒバナさんと言う一人の女性が命を落とした事実は変わりません。 私はあなたたちと会ったばかりで、ずっと一緒だったお二人と比べれば、あなた方の考えなんて理解できていないと思います。 けれど、一人取り残される人間が、どんな思いをするのかは誰よりもわかっているつもりです」

 

 無表情でジッと見られたハナビは、下唇を噛みながら視線を泳がせる。

 

「あなたが聖霊になってからエンハさんに謝っているのなら、エンハさんも謝るべきだと思います。 エンハさんも同じく、結果としては生きていますがハナビさんに悲しい思いをさせたのですから。 でもそれは………あなたのおかげで生き残ったエンハさんにできた、大切な仲間を守ろうとしたからです」

 

 エンハは横目にチラチラとハナビの様子を伺い始める。 同じくハナビも気まずそうな顔でエンハの横顔をチラチラ見始めた。

 静寂した処置室内で、たまたまタイミングが合い目があってしまう二人。

 

「あ、えっと〜。 その〜」

「え、あ、あー。 これは、困ったのう」

「謝んのが嫌なら、お互いビンタでいいんじゃね?」

 

 突然声がかけられたハナビとエンハはびくりと肩を揺らす。

 

「ビッ! ビリビリ小僧! 起きておったんならはよう声をかけんかい!」

「アディー! いきなり声かけないでよ!」

 

 二人同時に悲鳴をあげる。

 そんな二人に、仰向けの状態で全身ガチガチに固定されているアディールは視線だけを送る。

 

「うるせえな、おめえらがやかましいから結構前から起きてたんだけどよ。 話に入りづれえ空気にしやがったから安静にしてただけだろ? いいからとっとと仲直りしちまえ。 そんでもって未だに狸寝入りぶっこいでるガイス! オメェもなんとか言ってやれ」

 

 ほんの一瞬、びくりと肩が揺れるガイス。

 エンハとハナビは背を向けて寝ていたガイスにジト目を送る。

 

「すぴー、すぴー。 もう食べられませんよー」

 

 ガイスは棒読みで寝言をほざくと、ララーナが首を傾げた。

 

「ガイスさん、寝ているみたいですよ」

「いや! お前、完全に頭悪い女だって確定したわ! これはどっからどう見ても思いっきり起きてんだろ! そんなんだから心肺停止の判断もつけられねえんだぞ!」

 

 ララーナの頓珍漢な発言にアディールがたまらず怒り出すが、体が動かないようガチガチに固定されているため全く怖くない。

 そのためララーナは無表情のまま頬を膨らませた。

 

「アディール君は意地悪です。 そんな悪い子にはイタズラをします」

「は? え? イタズラってなんだよ! おい! 無表情やめろ! 何考えてっかわかんねえから怖ぇんだよ!」

 

 アディールが大騒ぎするなか、ララーナがゆっくりと体を動かしベットから降りようとすると、勢いよく処置室の扉が開かれた。

 

「動くんじゃねえ! ララーナちゃん! ビークイットさんにどやされんぞ!」

 

 サラカの声が処置室内に反響する。

 後ろには目を真っ赤にしたシェンアンが気まずそうな顔で立っていた。

 

「あ、久しぶりだな。 クソ泣き虫の見栄っ張りチビ!」

「開口一番でそれはなんですか! アディール先輩はなんでいつも私への当たりがキツキツなんですか!」

 

 グッと拳を握りながらアディールににじり寄っていくシェンアン。

 

「あんだよ、ご機嫌じゃねえか。 サラカの野郎、王子様になりきれたんだな?」

「てめえが言うなよ色男!」

 

 アディールとサラカは視線を交差させ、ニッとひきつった笑みを浮かべる。

 処置室の前でずっと待っていたのではないかと思わせるようなタイミングで、大きなため息をつきながらビークイットも処置室内に戻ってくる。

 

「エンハ、さっきは悪かったわね。 ララーナちゃんの言う通りだわ。 ハナビちゃんの気持ちを考えたら、私もついつい頭に血がのぼっちゃったの。 ごめんなさい」

「私も………すみませんでした」

 

 ビークイットとシェンアンが肩を窄めながら頭を下げる。

 

「何を言うか、おぬしらが怒るのも当然であろう。 むしろ、ハナビのために怒ってくれたのだ、それがしは嬉しかったぞ?」

 

 にっこりと笑うエンハの顔を、頬を朱に染めながら見上げるハナビ。

 二人の様子を見たビークイットは、安心したようにホッと息を吐いた。

 

「あなたって人は、本当にお人好しなのね。 それじゃあガイス君、起きているなら怪我の状態を説明したいのだけど? 狸寝入りしているなら入院期間の他にお仕置期間を設けるけど………」

「僕はぐっすり寝ています!」

 

 布団をかぶりながら、有無を言わさぬ速さで返事をするガイス。

 

「あ、お仕置きが決定しました」

 

 ララーナがぼそりと呟き、クスクスと控えめに笑い出す一同。

 笑い出す一同を眺めていたエンハとハナビは、困ったような笑顔でお互いに視線をまじわらせた。

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