その問答は不吉の予兆

「もう、怪我の状態とか言うだけでゆううつになるから、大まかに説明して入院期間だけ伝えるわよ?」

 

 ビークィットがぐったりとソファーに座りながら呟く。

 

「エンハとガイス君は全治一週間、重症よ? ちなみにガイス君はお仕置き追加だからよろしくね?」

「そんな! 僕は本当に寝ていました! ちゃんと目をつぶってましたよ!」

 

 ガイスが頭を抱えながら叫ぶ。

 

「目をつぶってれば寝てたってことにはならねぇぞ? お前いつから起きてたんだよ」

 

 アディールが呆れたような声音でつぶやく。

 視線を迷子にしながら必死に思考を巡らせるガイス。

 

「ビークイットさんが戻ってきた時だよ!」

「戻ってきた? って事は、わたくしたちが散歩に行く前には起きていたのね?」

 

 ビークイットの鋭い視線がガイスを捉える。 鋭い視線を向けられたガイスは、肩をピクリと震わせた。

 

「あ、いえ! それはその………なんか知らないけど、夢で見たんです! それよりララーナちゃんたちの入院期間は? ララーナちゃんの怪我は悪化してないんですか?」

 

 あたふたしながら話題を変えようとするガイス。 しかしその一言で首を傾げるシェンアン。

 

「ガイスさん、と言いましたか? なんでララーナさんの怪我がズキズキ悪化してる事を知ってるんですか? もしかして、一番最初に起きてたとか言わないですよね?」

 

 シェンアンが目を細めながらガイスをジッと見る。

 ガイスはシェンアンとビークイットに凝視され、ダラダラと汗をかき始めた。

 

「ガイスよ、盗み聞きはいかんぞ」

「ほんとよ! この、へなちょ小僧! 盗み聞きなんて変態がする事よ!」

 

 エンハとハナビにヤジを飛ばされ、うるうるした目でアディールに視線を送るガイス。

 ガイスの助けを求める瞳を受け、アディールは眉を歪ませた。

 

「いや、オレはさっき起きたばっかだから状況全く知らねえし。 大人しくお縄につけ」

「いや! 盗み聞きはこの街の決まりでは罪にはならないはずだよ!」

 

 ガイスが頭を抱えながらアディールに弁明するが、その一言を聞いてニヤリと笑うビークイット。

 

「あら、盗み聞きを認めたわね? お仕置き期間六時間追加ね」

 

 頭を抱えてうずくまるガイスに、可哀想なものを見るような目を向けるサラカとアディール。

 

「六時間って………かなりヤベェな」

「俺は昨日、五時間で悲鳴上げたぞ? しかも朝方だったからなぁ」

 

 何か嫌な事を思い出したような顔で青ざめる二人。

 

「はいはい、続き行くわよ〜」

 

 ビークイットが手を叩いて全員の注目を集める。

 

「ララーナちゃん、全治二週間と二日。 全身に骨折やヒビが多数、それだけじゃなく折れた肋骨が肺に傷をつけてるわ。 あなたは重症を超えてるわよ?」

 

 ビークイットの言葉を聞き、ララーナ以外の患者たちが顔をしかめる。

 

「ま、アディール君はララーナちゃんの怪我が可愛いと思えるほどまずいけれどね。 全身骨折してるのに、痛覚麻痺させて無理やり体を動かし続けたせいで、折れた骨がほぼ全部ずれてる上に靭帯の損傷もひどいわ。 全治三週間。 しかも固定してなかった方の腕に間違いなく後遺症が残る」

 

 処置室内の空気が凍りつく。

 

「………ビークイットさんの治癒を使っても、三週間?」

 

 シェンアンが唖然とした顔で唇を震わせる。 ビークイットの治癒は軽い骨折なら一日もかからずに完治できる。 にも関わらず、全治三週間。

 アディールは長いため息をつき、真剣な顔で口を開いた。

 

「ま、覚悟してたぜ? それでもララーナに付き纏う悪霊ぶっ飛ばせたんだ。 安いもんだぜ。 ま、ビークイットさんには迷惑かけるな、本当にすまねぇ」

 

 やけに冷静な口調のアディールに、ビークイットは小さなため息をつく。

 

「これから五日間は、ずれた骨の位置を元に戻す作業を少しずつ進めていくわ、あなたの体力が処置に耐えられない可能性が高いから、五日の間ひどい激痛も続くと思うけど………」

「わりぃのは俺だからな。 むしろ手間かけさせて本当にすまねぇ」

 

 ガイスが悔しそうな顔で布団を握りしめる。

 

「………アディール、僕がもっと強ければ」

「そう思ってんなら、ジジイにもっとしごいてもらえや。 つーことでよろしく頼むぜジジイ!」

 

 にっこりと笑いながらエンハに視線を送るアディール。 その視線を受け、控えめに笑うエンハ。

 

「任せておけい。 とは言っても、お前さんとの連携を間近で見た今は、ガイスのやつをしごく必要性を感じんがな」

 

 エンハは鋭い視線をアディールに向けた。

 

「のうビリビリ小僧。 なぜそんなにもガイスのやつを鍛えようとしておるのだ? ………おぬし、もしやとは思わんが、引退を考えておったりせんよな?」

 

 エンハの一言が、さらに処置室内の空気を最悪にした。

 絶望的な表情でアディールに視線を送るガイス。

 

「アディール? 違うよね? 引退なんてしないよね? なんで、なんですぐ否定しないの?」

「おいふざけんなよアディール! 勝ち逃げは許さねぇからな!」

 

 全員の視線が、黙り込んでいたアディールに向けられる。 しかしその視線を受けていたアディールは、おかしそうに鼻を鳴らした。

 

「バカかよ? オレの武器は足だ。 腕が使えなくなっても問題ねぇだろ? ビークイットさん、足の骨はそんな折れてなかったろ?」

「ええ、足は脛鎧で固めていたみたいだったから、比較的損傷は少なかったわ」

 

 ビークイットはホッと息を吐きながら返答する。

 

「なら問題ねぇだろ、もう少しくらい現役続けられんだろ?」

「………もう少し?」

 

 ガイスが眉間にシワを寄せる。

 

「言葉のあやだぜ? いちいちつっかかってくんな」

 

 アディールは天井を見上げながら皮肉混じりに呟く。

 

「私、もっとアディール君と一緒に迷宮行きたいです」

 

 ララーナは、視線を落としながらつぶやいた。

 

「せっかく、アディール君たちが助けてくれたんです。 返し切れるとは思いませんが、私も出来る限り恩返しがしたいです」

 

 ギプスで固定された両腕を眺め、わずかに震えた声で呟く。

 沈黙する処置室内で、全員俯きながら誰かが口を開くのを待った。

 数秒の沈黙を挟み、アディールは唯一動く顔の筋肉を動かし、口角をゆっくりと上げる。

 

「暗い顔すんなよララーナ。 俺たちの怪我治ったら、また一緒に馬鹿騒ぎしようぜ! 怪我治ったら壊れた鎧も直したりしねぇとな! だから、退院するまでもう少し我慢してくれや」

 

 ララーナはゆっくりと顔を上げ、アディールに不安そうな視線を向ける。

 

「怪我が治ったら、また私と一緒に迷宮に行ってくれますか? 約束、してくれますか?」

「………まあ、治ったら話し合おうぜ?」

 

 約束するぜ、とは言わずに話し合うと答えるアディール。 病室内の誰もがその問答に眉をしかめたが、誰も問いただすことができなかった。 できなかったのではなく、怖かったと言う方が正しいのだろうか。

 その後、微妙な空気が処置室内を支配したが、誰も口を開く事なく時間が過ぎ、夜も遅くなったためシェンアンは浮かない顔で自宅に帰って行った。

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