その後悔は強さへの執着

 五日間に渡るアディールの治療は無事に終わり、折れた骨も一部を除いて変形する事なく元の位置に戻った。 あとは骨がくっつくのを待つ状況になり、全身を固定していたギプスは一週間で外せるようになった。

 処置室を埋めていた患者たちは次々と退院し、現在は骨が定着するのを待つララーナとアディールの二人。

 

 ビークイットはアディールの処置が終わってからは休憩時間も増え、処置室にいない時間が増えた。

 サラカとシェンアンは毎日のように見舞いに来て、ワイワイ騒いでからそれぞれ別の守護者と迷宮に向かう。

 エンハやガイスは猛特訓をしているらしく、見舞いに来るのは三日に一度くらいのペース。

 迷宮から帰ってきた足でそのまま見舞いに来ているようだ。

 

 どうやらガイスの支援魔法も、エンハや他の前衛ともタイミングが徐々に合うようになってきているらしく、このまま行けば十等級攻略も間近だとエンハは嬉しそうに語っていた。

 病室に残された二人は特に何も話したりせず、アディールはずっと魔法の練習をしたり、唯一動かせる足の筋力トレーニング。 ララーナは本を読みながら、ずっと無言で過ごしている。

 本を読みながらチラチラとアディールの様子を伺っているようだったが、特に何も声をかけたりはしていなかった。

 

 そうして何事もなく時は過ぎ、ララーナも退院できるようになった。 俯いたまま処置室を出て行ったララーナを、アディールは困り顔で見送った。

 二人はこの入院期間、あまり話をしていなかったため、気まずい空気がずっと続いてしまっていた。

 処置室を出ていくララーナと、すれ違うように入ってくるビークイット。

 

「ねぇ、アディール君? あなた、本当に引退しちゃうの?」

 

 不安そうな顔のビークイットが、窓の外を眺めていたアディールに声をかける。

 

「いや? 引退なんてしねぇよ。 ただなぁ………ララーナに聞かれると厄介な事になりそうだから言わなかったんだが。 なんかよくわかんねぇんだけど、どーも引っかかる事があってな」

「引っかかる事?」

 

 ビークイットはソファーに腰掛けながら首を傾げる。

 

「ああ、なにに引っかかるかもよく分かってねぇんだが、なんか嫌な予感がすんだよ。 ララーナに怪我が治ったら迷宮に行こうって言われたあたりからずっとだ」

 

 ビークイットは顎に指を当てながら、視線を泳がせる。

 

「悪霊と関係あるの?」

「わりぃけど、それもわかんねぇ。 わかんねぇから困ってんだ。 ここ数日、この引っかかりがなんなのかをずっと考えてはいたんだけどな?」

 

 ベットに体を投げながら渋面を作るアディール。

 

「考えすぎじゃないかしら? あなたはいつも、自分に厳しすぎるのよ」

 

 ビークイットはうなり続けるアディールに、肩を窄めながら視線を飛ばした。

 アディールはベットに寝転がりながら遠い目で天井を見上げ、左腕をぎこちなく上げた。

 

「やっぱり、左腕は後遺症が残っちゃったのね?」

 

 アディールは悪霊との戦闘時、序盤にララーナを庇って右腕を負傷したが、その時右腕はすぐに固定した。 しかし悪霊の最後の足掻きで負傷した左腕は固定しないまま無理やり動かしてしまったため、後遺症が残ってしまったのだ。

 

 具体的には肘にある内側側副靭帯を傷つけてしまった事による可動域の低下、同じく手首の三角線維軟骨複合体損傷による機能障害だ。

 手首と肘に後遺症を残してしまった以上、左腕を戦闘で使うことはほぼ不可能になってしまった。

 

「スッゲー違和感だ。 伸ばせねえし、うまく動かせねえ」

「あまり動かさないで。 まあ、動かさなかったら良くなるなんて都合いいことはないけどね。 靭帯や軟骨の怪我は後遺症が残りやすいから本当に危険なの」

 

 悔しそうな顔をするビークイット。

 

「私が光聖の刻印持ちで、時間遡行そこうの治癒ができたのなら、問題なく治せたんだけどね」

「そんな凄腕は本の記録でしか見たことねえよ。 別にあんたに文句言いたいわけじゃない。 気を悪くさせてすまねえな」

 

 アディールは申し訳なさそうな顔で左腕をだらんと下ろした。

 

「それにしてもジジイのやつ、ガイスの特訓をやけに張り切ってんな」

「ふふ、あなたが治療してる間に、エンハはガイス君に頭を下げたらしいわよ?」

 

 驚いた顔で飛び起きるアディール。

 

「ジジイが頭下げたのか?」

「ええ。 悪霊と戦う前、ガイス君に足を引っ張るだろうから引っ込んでろ的な事を言ったらしくてね。 『一生の恥だ。 おぬしの実力を軽視していた。 本当に申し訳ない』って言ってずっと頭下げてたらしいわ?」

 

 ビークイットはクスリと笑いながらエンハが寝ていたベットに視線を送った。

 

「頭を下げられたガイス君は、逆にずっと謝り返してたみたいだし、サラカ君なんて顎が外れてるんじゃないかってほど口をあんぐり開けてたらしいわよ?」

「すげえなガイス。 俺はあのジジイにヘマされても謝られなかったぞ?」

 

 口をぽかんと開けながら窓の外に視線を送るアディール。

 

「俺も、ガイスに負けてらんねえな!」

 

 

 ♤

 退院したララーナは俯きながら自宅に向かっていた。

 病院からの帰り道、大通りを横切りながら小さくため息をつく。

 

「あれ? ララーナさん! 今日退院だったんですか! こんなところでバッタリ会うなんて、偶然ですね!」

 

 ゆっくりと顔を上げたララーナの視線の先では、にっこりと笑うシェンアンが可愛らしく手を振っていた。

 ララーナはペコリと頭を下げると、シェンアンは小走りで駆け寄ってくる。

 

「どうされたんですか? あなたはいつもカチカチの無表情ですが、今はすごく落ち込んでるのが丸わかりです!」

「私、アディール君に謝らないといけないんです」

 

 前置きもなく、突然目から雫を垂らし始めるララーナ。 それを見たシェンアンが手をバタバタとさせながら慌てふためく。

 泣いてはいるが、それでも眉ひとつ動かさないため涙が普通の水に見えてしまう。 まるで目から水漏れでもしているかのような違和感だ。

 

「ええ? どっどどどどど、どうしたんですかララーナさん! なんでシクシク泣いているんですか! あ、泣いてる時も無表情なんですね。 って! 感心してる場合か私!」

 

 自分で自分の頭をこづきながら、目から滝のように水を溢れさせているララーナに肩を貸し、シェンアンは近くの食堂に入っていった。

 

 この世界では食事をするのも精一杯のため、食堂は閑散としている。

 利用するのは一部の守護者やお金を持っている人間のみで、豪華な食材も満足に使えない食堂のご飯は、見た目もそんなに華やかではない。

 料理を作るのが面倒だという守護者向けの食堂のため、量さえあれば見た目はさほど気にならないのだ。

 

 肉は卵を産めなくなった鶏や、乳を出せなくなった牛、畑を荒らしていた猪など。

 良質なものは少なく、逆に油が一番乗っている猪が最も高価な肉になってしまっている。

 

 二人は野菜スープや黒パンなどの簡易な食事を注文し、未だボロボロ泣き続けるララーナを席に座らせたシェンアンは、困った顔で視線を迷子にしていた。

 

「ど、どうして泣いてるのかわからないので、なんて声掛ければいいかわからないですよ! ああ、助けてアディール先輩!」

 

 シェンアンは三角帽子のつばを引っ張り、帽子の中に顔をうずめながら苦悶の声をあげる。

 

「ごめんなさい、迷惑かけてごめんなさい。 大丈夫です、すぐに帰ります。 食事のお金も払います」

 

 ララーナがバックから財布を出すが、しばらく迷宮に行かず入院していたせいで、やせ細った財布しか出てこなかった。

 

「あ、いいですよ。 私がチャリンと払いますから! そんなことより何がズキズキ悲しいんですか? 同い年だし、私たちお友達なんですから、なんでもペラペラ話してください!」

 

 シェンアンが心配そうな顔で腰をかがめ、俯くララーナの顔を見上げた。

 

「私が、なんの役にも立てなかったから、アディール君たちが大怪我してしまって。 なのに私は、怖くて謝れなくて」

「何が怖いんですか? 皆さん無事に退院しましたし、アディール先輩は後遺症が残っちゃいましたが腕の後遺症です。 あの人は戦う時、ゲシゲシ蹴るのであまり支障出ないはずですよ?」

 

 眉尻を下げながら必死に声をかけ続けるシェンアン。

 ララーナはシェンアンの顔をジッと見つめ、目から垂れ流しになっていた水が少しづつ治まっていく。

 

「………………私のせいで怪我をしてしまったので、もうお前と迷宮行きたくないって言われるのが、怖いんです」

 

 少しためらい気味に口をひらくララーナ。 するとシェンアンは呆れたように笑いながら、ララーナの目元にハンカチを添えた。

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