その茶番は退院祝い

 アディール退院日の朝。

 せっかくの退院日だと言うのに窓の外は雨天が広がり、日が登りきってると言うのに処置室内はどんよりとした雰囲気が充満している。

 ララーナが退院してからは見舞いに来る守護者も減り、アディールはずっと寂しげな表情で数日を過ごしていた。

 

 ちなみにこの数日で、ララーナは一度も見舞いに来ていない。

 ビークイットが休憩に行ってしまったため、一人ベットに寝転がりながら魔法操作の練習をしているアディール。

 指の上で雷を発生させ、それを一箇所に凝縮しようとしている。

 

 あいにくの雨天のため、室内で弾ける赤雷は線香花火のように光が飛び散っていた。

 雷属性の魔法は操作が非常に難しく、自在に扱うのが困難なため、体から発した電気を一箇所に集中することすら困難なのだ。

 

 基本的に攻撃する際は静電気のように体全体で溜めた電気を一気に体外に放出するか、避雷針を作り、そこに向けて一気に電流を飛ばすか、体に纏ってそのまま相手に触れるかの三択。

 

 他の六属性は操作が容易だが応用を効かせづらい反面、雷魔法は身体強化やトラップの設置、電波による探索など応用が効く小技が多い。

 そのためアディールは暇な時間はいつもこうして魔法操作の練習をしている。

 

 指先で弾けている赤雷をため息混じりに眺めていると、勢いよく処置室の扉が開いた。 儚げな表情で処置室の入り口を一瞥するアディール。

 

「なんだ、ララーナか。 えっ? ララーナ? ………ララーナ、でいいんだよな?」

 

 反応が薄い、と思ったら驚いて身を起こし、はたまた顔をひきつらせながら疑惑の視線を送るアディール。

 

「はい、アディール君のララーナだぞ。 きゃぴーん」

 

 処置室内が沈黙する。

 アディールが困惑するのも当然だった。

 なぜなら、扉の向こうには奇妙なポーズのララーナが立っていた。

 

 肘を高く上げピースサインを作り、指の間から片目を覗かせ、反対の手は腰に当てた状態で動足を軽く曲げ、軸足はピンと伸ばしている。

 

 ———無表情で。

 

 表情はさておき、格好だけを見ればララーナ自身も言っているが、きゃぴーん! っと言う効果音が聞こえてきそうなポージングだったのだ。 おまけに意味不明な発言もしている。

 空気が凍ってしまったかと思うほど微妙な雰囲気が処置室内を支配する。

 

 アディールは奇妙なポーズをしているララーナを見て、石化したかのように固まっていた。

 同じくララーナもピクリとも動かない。

 

「ララーナさん、セリフセリフ!」

 

 廊下の方から囁き声が聞こえてくる。

 するとララーナは何事もなかったかのように謎のポーズをやめて直立し、ポケットからメモを取り出した。

 壊れてしまった鎧はまだ治していないのだろう。 シンプルなデザインの、紺色のワンピースを着ている。

 

 この世界は生活するのも困難なため、私服には装飾やデザインがあるものが少なく、単色で簡単な作りのものが多い。 しかしララーナが着ているワンピースは体にフィットするよう縫われていて少し作りが良く、生地も滑らかで無地にもかかわらずモデルのような美しさを纏っていた。

 

 ポケットから取り出したメモと、アディールを交互に見て咳払いをしたララーナ。

 アディールは突然の展開についていけず、ごくりと唾液を飲み下す。

 

「拝啓、アディールくん、今日、は、退院、する日、ですね」

 

 メモを見ながら話しているため、かなり片言になっている。 元々抑揚のない喋り方のため、棒読み感がかなりひどい。

 まるで言葉を覚えたばかりのインコが話しているような錯覚を覚えてしまう。

 

「私は、まだ、鎧を、直して、いない、ので! 今日、は、天気も、悪いです、し、一緒に買いに行きましょう! ここで、可愛らしい、ポーズその三、をしながら、ウインク」

「ララーナさん! そこは読んじゃだめ!」

 

 またしても廊下の方から囁き声が聞こえてきたが、ララーナは何食わぬ顔でポージングした。

 片目を瞑って可愛らしくベロを出し、猫のようにスナップさせた拳をこめかみのやや上につけ、ややかがみながら両足を大げさに内股にして、空いている手は膝に置いてバランスをとっている。

 

 ———眉一つ動かさず。

 

 てへ! っと言われそうなポージングで凝視されるアディール。

 アディールは反応に困っていた。 ふざけているのかマジなのかわからない。

 そもそも退院前と比べて、キャラが明らかにおかしくなっている。

 なんと言えばいいのか分からないのだろう、冷や汗をかきながら視線を泳がせ始める。

 

「あ、えっと、その〜。 ………なんて?」

 

 動揺し過ぎて話が全く耳に入らなかったのだろう。

 アディールは困り顔で聞き返す。

 

「私はまだ、鎧を、直していない、ので! 今日は、天気も悪いですし、一緒に買いに行きましょう! ここで、可愛らしいポーズその三………」

「だから! そこは読まない!」

 

 廊下からの声を聞き、メモをチラチラ見ながら口をつぐむララーナ。

 

「………きゃぴーん」

 

 何事もなかったかのような雰囲気で、ララーナは処置室の扉を開けた時のポーズに戻った。

 

「鎧? まだ買ってなかったのか? あ、ああ。 いいぜ? 俺も脛当て直すか買うかしねえといけねえし、今日は雨も降りそうだから迷宮に行けないだろうしな。 退院は午後だから、ちょっと時間潰しててくれ」

 

 ダラダラと汗を垂らしながら時たま声を裏返していたが、なんとか返事をするアディール。

 雨が降ると狼煙も発煙筒も焚けないため、守護者たちは休むのが普通なのだ。

 何が起きても誰も救助が来ないという危険を顧みないのなら普通に迷宮に行く守護者もいたりするが、基本的に雨の日は休みと相場が決まっている。

 

 アディールはまた魔法の訓練をしようとするが、なかなか出ていかないララーナをちらちらと見始めた。

 

「ララーナさん! 今です! 今こそアディール先輩のごにょごにょごにょ………」

 

 廊下から何やらコソコソ話が聞こえてきたかと思うと、ララーナはずかずかと処置室内に入ってきて、なんのためらいもなくアディールの隣に座ってピタリとくっついた。

 驚きながら後ずさるアディール。

 

「ここで待っちゃダメ」

 

 首を傾げながら上目遣いでじっと見てくるララーナ。

 上目遣いはできたが、眉毛も表情も動いていなかった。

 

「ララーナさん! 笑顔笑顔!」

「おいコラ! シェンアンてめぇいい加減にしろ! ララーナに変なこと教えんな!」

 

 アディールが顔を真っ赤にしながら廊下に視線を送ると、ララーナに両頬を掴まれ無理やり視線を戻される。

 

「お、おいララーナ? 首が折れちゃうからあんま無理に捻るなったたたたた! 痛い! やめろ!」

 

 首が捻り切らず、ミシミシ言い出したためアディールは慌ててララーナの手を振り払った。

 

「ララーナ以外の………セリフを忘れました」

「なんでこのタイミングで忘れるんですか! ララーナ以外の女の子は見ちゃダメ! っですよ!」

 

 処置室の扉から顔を半分あらわにしながら、手をメガホンのように丸めて声をかけてくるシェンアン。

 

「なんでこのタイミングで忘れるんですかララーナ以外の女の子は見ちゃダメっですよ」

 

 聞こえたセリフを機械のように、早口で淡々と復唱するララーナが、またも上目遣いでアディールに視線を送る。

 これには流石のシェンアンも絶句してしまっていた。

 さすがに対応に疲れたアディールは、後頭部をポリポリ掻き始めた。

 

「なあ、この茶番いつまで続くんだ?」

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