その実力は規格外
シェンアン・アルセルフは闇聖の刻印が入った魔道士だ。 対してララーナも同じ闇聖の刻印をつけた前衛。
訓練場についたララーナは、訓練用に作られた木製武器の中で、一番重い薙刀を持ってシェンアンが待つ道場に駆けていった。
道場と言ってもそこは守護者のために用意された、レンガ造りの小さな闘技場のような形だ。
この訓練場を作ったのがエドガン出身のエンハということもあり、この場所は道場と呼称されている。
「武器は薙刀ですか、なるほど。 もう魔法を発動してるんですね? その流れ、重力の力ですね。 ララーナさんの魔法は触れた物質と、自分自身に対して発動できる重力操作ですか」
一人でコクコクと頷くシェンアン。
彼女の特技、相手の魔法を見ただけでどういう効果かを的中させるという、魔法を調べ尽くした彼女にしかできない技がある。
彼女はその圧倒的な知識量を活かしていくつもの魔石を作ってきた。 しかし、これは彼女が最強の魔道士と噂される所以とはあまり関係がない。
「とりあえず、私に攻撃を当ててみて下さい!」
「あの、私は前衛です。 ………魔道士のあなたと接近戦は———」
「おやおやララーナさん。 この街で守護者をしているくせに私の力を知らないのですね? まあいいです。 いいから全力で来て下さい。 近づけるのなら、ね?」
シェンアンが余裕の笑みを浮かべながらその場に座り込んだ。
今から戦おうというのに座り込む、これはまるで対戦相手を格下だと馬鹿にしているようなものだ。
ララーナは眉を吊り上げながら勢いよく地面を蹴り、突進しようとした。 しかしその瞬間、何かに押し潰されたかのように膝をついて動けなくなる。
「ぐっ。 これ、は」
「おばかちゃんですね。 正面から私に近づけるわけないでしょう。 解いてあげるので何度でもかかってきて下さい? 日が暮れる前に私にペタペタ触れれば、おそらくあなたは十等級攻略できますよ?」
わざとらしく目をつむり、ゆっくりと開くシェンアン。
すでに余裕の表情を浮かべながらあぐらをかき、頬杖をついている。
余裕の表情を浮かべるシェンアンを見て、ララーナはグッと薙刀を握りしめた。
押さえつけられていた力から解放され、立ち上がったララーナはすぐに横に駆け出す。
駆け出すララーナにシェンアンが視線を送ると、ララーナはすぐに足をもつれさせて転んでしまい、動けなくなる。
「はいはい、動きが単調すぎですね。 言っておきますが、私の視界に入ったらあなたはもう動けないですよ? もっとよく考えて動いて下さい?」
再度立ち上がったララーナは、すぐバックステップで距離を取ろうとするが、またしても膝をついてしまう。
ここまでシェンアンは一歩も動いていないどころか、攻撃しているような仕草も、魔石を使ったりもしていない。
「ララーナさん。 私がどういう能力を使ってるか、考えてから動いてますか? そろそろわかるはずですけど、全く対応できてないですね? せっかく強力な能力を持っているのに、なんで自分の能力を上手に使わないんですか? ———それとも、使い方がわからないんですか?」
先ほどまでの無邪気な笑顔からは想像もつかないような、相手を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるシェンアン。
「ヒントをあげましょう。 今から能力を解いてあげますが、もし私があなたの能力を使うとしたら選択肢は三つ。 しかし、私に触りたいならこの選択肢の中から選んでは意味がありません。 私も馬鹿じゃないので、無論対応する準備があります。 ですからあなたは私の思考を超えない限り、私に触れることもできません。 つまり、ここで能力の限界を超えないと、強くなるのは不可能です」
シェンアンがゆっくりと瞳を閉じた。
「………一体、何が」
立ち上がりながら周りを注意深く観察するララーナ。
その場を動かずに、周囲の警戒を始めてしまったララーナに、シェンアンは呆れながらため息をついた。
そして、閉じていた瞳を開く。
「まず、能力の解析ができてない時点で、あなた………負けてるんですよ?」
立ち尽くしていたララーナが、また膝をついてしまう。
体を震わせながら立ちあがろうとするが、指一本動かせずにそのまま地に這いつくばってしまう。
シェンアンは気だるげに立ち上がりながらララーナに近づいていく。
「ララーナさん。 先程、自分は弱いと言ってましたが、まさかここまで弱いとは思いませんでしたよ。 よくそんな実力で悪霊に殺されずにすみましたね? もしかして悪霊は、かなり弱いんでしょうか? それとも、アディール先輩が助けてくれたからですか? この調子じゃあいつまで経ってもアディール先輩のそばから離れられないですね?」
這いつくばるララーナの前にしゃがみ込み、震えながら顔を上げたララーナと視線を交差させる。
余裕の笑みを浮かべながらにやついているシェンアンを、ララーナは眉間にシワを寄せながら睨みつけた。
「表情が柔らかくなったみたいですね? 怖い顔で睨めるじゃないですか? けど、睨むだけじゃなんの解決にもならないですよ? ま、このままボロ負けさせるのも可哀想なので、しょうがないから手を抜いてあげましょうか?」
「いりません。 もう一度、もう一度挑戦させて下さい!」
這いつくばり、拳を強く握りしめながら懇願するララーナを見て、シェンアンは口角をうっすらとあげた。
「いいですよ。 魔女皇帝の名に免じて、慈悲をあげましょう」
シェンアン・アルセルフ、守護者たちからは魔女皇帝と呼ばれるこの街最恐の魔道士。
この街の腕利き守護者たちが模擬戦で彼女と手合わせをした際は、彼女の前に手も足も出ずに膝をついて、負けを認めることしかできなかった。
訓練場での模擬戦において、彼女に傷を与えたことがあるのはアディールのみ。
彼女の迷宮攻略は十等級の迷宮だろうと、もはや散歩に等しい。
なぜなら彼女と戦う相手は全て、面と向かった瞬間から地に這いつくばってしまうからだ。
地に這いつくばって動けなくなった魔物たちを見下しながら、無慈悲に圧殺していく。
まさに無慈悲に刑を執行する皇帝のように、彼女の前では誰一人として頭を上げることができない。
生まれた瞬間から圧倒的な魔力を保持し、その圧倒的な魔力量で繰り出される彼女の力。
視界に入った物体への重力付与。 読んで字の如く、理論は簡単だ。
視界に入った物に重力を付与できる。
幅を狭めれば狭めるほど重力は強くなり、広めれば広めるほど重力が緩和される。
視界にさえ入っていれば、何にでも自在に重力を付与できる。
付与できる重力加速度は、最大五十。
重力加速度は重力の強さを表しており、五十ともなると簡単な計算だと自分の体重が五十倍になる。
訓練をしていない普通の人間なら、突然そんな重力負荷がかかれば生きていることも難しいだろう。
動きを止めるだけなら重力加速度はせいぜい十で足りる。
その後ララーナは、何度もシェンアンに戦いを挑んだが、五時間の戦闘で近づけたのはたったの五十センチ。
圧倒的な彼女の力に太刀打ちができなかった。 日が暮れ始め、真っ赤な夕日が訓練場を照らし始める。
「ララーナさん、諦めて下さい。 あなたの実力では私に勝てません。 近づくこともできません。 私に攻撃を当てられたのは、アディール先輩だけですからね」
あくびをしながら倒れ伏すララーナをじっと見つめるシェンアン。
「まだ、まだ。 私があなたに触れられるほど強くなれば、アディール君と肩を並べて戦える。 アディール君の………役に立てる!」
下唇を噛みながら必死に立ちあがろうとするララーナ。 しかしシェンアンの重力付与の前では、動くことすら難しい。
必死に立ちあがろうとするララーナをじっと見ていたシェンアンは、突然瞳を閉じて能力を解いた。
全力で地面を押していたため、突然重力から解放されたララーナは、勢い余って飛び上がってしまう。
「ま、今日のあなたを見ていて足りないことはおおかた分かりました。 明日もここに来ましょう、それまでに私に近づくための手段を考えておいて下さい」
シェンアンは尻餅をついていたララーナに手を差し出す。
ララーナは口を窄めながらシェンアンの手を取った。
「なんでぷんぷん怒った顔ばっかりできるようになってるんですか? 笑い方の練習しましょうよ? 今日はもう意地悪しないので、その怖い顔を向けないでください」
「ごめんなさい。 でも、明日こそは絶対に攻撃を当てて見せます」
ぐっとシェンアンの手を握ったララーナが強めの口調で呟いた。
それを聞いたシェンアンはニンマリと口角を上げながら振り返る。
「ほう、当てるだけですか? ちなみにアディール先輩は私に十八回負けてますけど、負けるたびにギャンギャン言ってましたよ? 『笑ってられんのは今日までだぞクソチビ! 明日はゼッテーぶっ飛ばす!』ってね」
昔を思い出しながら笑い出すシェンアン。
「なら、私はシェンアンさんに感謝しているので、ぶっ飛ばさずにほっぺをつねります。 お友達ですから!」
ララーナの表情を見て、驚愕の表情をしながら固まるシェンアン。
なぜなら………
——————時間が止まってしまったと錯覚するほど、美しい笑顔だったからだ。
口をあんぐり開けながら頬を真っ赤に染め、うっとりとした瞳でララーナを見つめてしまうシェンアン。
「おお、惚れてしまいそうなニコニコ笑顔をいただいてしまいました。 くっ! 胸がズキズキと痛み出した! ララーナさん、私と結婚しましょう」
「シェンアンさん。 私は一応女性です」
ララーナの冷静な一言を聞き、シェンアンはお腹を抱えながら笑い出した。
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