その買い物は生暖かい青春

 今日は俺の退院日だった。

 ここ数日暇だったが、退院直前にララーナが処置室にやってきた。

 

 なんだかいつにも増して訳のわからない行動をしているが、ここ最近なんか気まずかったから少し安心した。

 ああだこうだ言って騒いだ挙句、最終的に俺の隣に座ったまま動かないララーナ。 対応に困っていると、ビークイットが帰ってきた。

 

「………何遊んでるのよ?」

 

 ビークイットが俺たちに呆れたような視線を向けてくる。 俺が遊んでたわけじゃない、俺は巻き込まれたんだ。

 しかし、そんなこと言ったらまた耳が痛くなるほどぐちぐち言われるだろうから、仕方なく謝っておく。

 

「ああ、なんか悪いな」

「別にいいわよ? 少しは元気になったかしら?」

 

 控えめに笑うビークイット。

 俺はずっと元気だったのに、なんでこんなに心配されているのだろうか?

 

「元々体調は良くなってるぜ? 休みすぎて逆に体痛えわ」

「そう? それはよかったわ。 もうみんな来てることだし、ちょっと早いかもしれないけど退院していいわよ? ララーナちゃんと買い物に行ってきなさい?」

 

 ビークイットがそう言った瞬間、ララーナが俺の手を勢いよく引っ張った。

 

「早く行きましょう。 早く早く!」

 

 小さな子供みたいに、俺の腕を引っ張ってくる。

 そんな愛くるしい顔のララーナを見て、俺は変化に気がついた。

 

「おいララーナ? お前、表情柔らかくなったか? 眉毛が動くようになったな?」

 

 つい最近までララーナの無表情は、作り物と勘違いしちまいそうなほど動かなかった。

 それが今は少しだけ動いている、嬉しそうに眉毛を湾曲させて口角もほんの少しだけ上がっている。

 

「シェンアンさんが表情筋マッサージしてくれました」

「やっぱ、お前………笑った方が可愛いぜ?」

 

 つい口が滑り、顔が熱くなる。 昔から思ったことをすぐ口に出してしまう。

 いちいち恥ずかしがるのは面倒臭いと分かっているが、なんか小っ恥ずかしいのはどうしても抑えられない。

 

 思わずララーナから目を逸らすと、ララーナも俺の腕を引っ張るのをやめて俺の顔をチラチラ見てきた。

 横目で見えるから、余計に恥ずかしくなる。

 

「きゃあぁぁぁぁぁ! 何今の! ああ、懐かしい青春よ!」

「あ! あわわわわわわ! どうしましょうどうしましょう! 見ているこっちが恥ずかしいです!」

 

 ビークイットとシェンアンがなぜか騒ぎ出し、少しイラっときた。

 

「外野は黙ってろ! この若造ババアとクソチビ!」

 

 次の瞬間、体が重くなったと同時にメスが飛んできた。

 

 ♤

 まあ色々あったが、無事に病院を出られた。

 処置室を出る時からずっと、ララーナは俺の左腕を抱え込んでいる。 やっぱり、後遺症のことを気にしてるんだろうな。

 

「ララーナ、心配してくれてありがとな。 大丈夫だから安心しろ?」

 

 とりあえず、俺は後遺症のことは大丈夫だと伝え、ララーナを安心させようとする。

 

「それは………よかったです」

 

 眉を開きながら俺の腕をさらに強くひったくるララーナ。 いや、なんで余計に腕を引っ張るんだ?

 体が余計に密着しちまって歩きづらい。

 

 あんな重そうな鎧つけてたくせに、体はこんなにも柔らかいのか。

 なんか余計に小っ恥ずかしくなった俺は、余計なことは考えずにとりあえず進行方向だけに視線を送る。

 

 守護者のために作られた武具店に着き、鎧が置いてある二階に足を運ぶ。

 階段がものすごく登りずらかったが、ララーナは足取りが軽くかなりご機嫌なことがわかる。

 歩きづらいって言って腕を振り払うのも野暮だと思ったから、何も言わずにそのまま歩いて店内を回る。 別に俺がこのまま歩きたいわけではない。

 

「お、おい。 鎧あったぜ?」

 

 ララーナがつけているのはいつも重装備だ。 能力で軽くできるからいつも硬い鎧を装備しているのだろう。

 ずらりと並んでいる鎧を見ると、なんだか威圧感を感じる。 ものすごい質量と圧迫感だ。

 

「アディール君、どれがいいですか?」

「は? 俺は重装備とかしねえからどれが使い勝手いいかわかんねえぞ?」

 

 実際、初めて重装備が並んでる棚に来たが、ゴツすぎてどれも一緒に見える。

 ララーナにチラリと視線を向けると、なぜだか頬を膨らませている。

 ………なんでだ?

 

「どれが可愛いですか?」

「いや、全部ゴツい」

「アディール君は、何色が好きですか?」

「色? 黄色か赤だな。 なんか強そうだし」

 

 なんだこの質問責めは?

 なんの意味があるかはわからないが、これ以上機嫌損ねても面倒だから普通に答えておく。

 さっきの処置室のこともあるし、余計なことを言ったら何をし始めるかわからん。

 

「黄色はなんだか眩しいです」

 

 ララーナは黄色の鎧に視線を送りながら眉尻を下げた。

 

「いや、鎧で黄色はねえだろ? なんか成金みたいでうぜえし、チカチカしててうぜえ」

「アディール君は黄色が好きって言いました!」

「は? 鎧の色だったら地味な色の方がいいだろ? 魔物が寄ってきちまうし、できるだけ目立たねえ方がいいぜ?」

 

 ララーナは頬を膨らませたまま俺の腕を離した。 なんか少し切ない気がしたが気のせいだろう。

 鎧が並んでる棚をゆっくりと歩いて、真剣な顔で顎に手を添えている。

 俺もなんとなく興味が湧いてきたから、端から順に軽く見て回る。 するとララーナが急に振り返ってきた。

 

「これとこれだとどっちが可愛いですか!」

 

 二つの鎧を指差している。 ピンクの鎧とワインレッドの鎧だ。

 ………俺の話聞いてたのか?

 

「いや、だからその色は目立つだろ?」

「アディール君は赤が好きだと言ってました」

「それ今関係あるか?」

「とっても大事なことです!」

 

 ララーナが急に顔を近づけてくる。

 俺は思わず少し後退りながら、とりあえず店内にある鎧をざっと見ようとした。

 

 すると、奥の壁にかけてある鎧が目につく。 なんだあれ、あれは鎧なのか?

 もはや下着と言っても過言ではない鎧が飾ってあり、目を疑いながら凝視してしまう。

 

 あれは、ビキニアーマーとかいうやつだろうか?

 お色気担当のやつが着てるようなやつだ、あんなの着て迷宮行くとか、自殺行為だろ?

 

「………アディール君は、変態さんなんですか?」

「え? は? なんでそうなる?」

 

 いきなり声をかけられた俺は慌ててララーナに視線を戻すと、なんか顔を真っ赤にしている。

 

「だって、あれが可愛いと思うんですよね?」

 

 恐る恐る店の奥を指差すララーナ。

 指先を目で追っていくと、俺がさっき見ていたビキニアーマーが!

 

「ちょ! ばっ! ちげーよ! あれは、なんであんなもんがここにあるのかな、と思って見ていただけで! 別にあれが可愛いだとか、あれ着てるところ見てみたいだとか、あんなん着て戦えるのかよ? とか思ってねえし! あんなところにあったら目につくだろ! 普通!」

「アディール君、すごく早口になりました。 変態さんです」

 

 なんてこった! 面倒なことになった!

 

「サラカ先輩、アディール先輩が強制わいせつをしようとしてます、ビークイットさんに連絡を」

「任せとけ、ダチが間違いをおかす前に、全力で止めねえとな」

 

 隣の棚から聞いたことある声が聞こえてくる。 フードをまぶかにかぶった二人組だ。

 そう言えばこいつら、病院を出たあたりからチラチラ見かける。 っていうか普通にサラカとシェンアンだった。

 

「なんでテメェらこんなところにいんだよ! っつーかどこ行くんだサラカ! やめろ! 誤解だ! 行くな!」

 

 俺は慌ててサラカを羽交締めする。

 こんなところで電気反射を使わされるとは思わなかった。

 

「馬鹿野郎! 五回も六回もあるか! お前が変態不審者になって投獄される前に、俺はビークイットさんに密告を!」

「だから、誤解だって言ってんだろぉぉぉぉぉ!」

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