その笑顔は唯一無二

 サラカをシめた後、鎧選びに戻る。

 ララーナはどうしても俺がかっけえと思った鎧を見て見たいらしく、仕方なく店内を物色していた。

 一人で集中して探すから少し待っていてくれとお願いしたら、シェンアンがララーナの腕を引っ張ってどっかに行った。 どうやらララーナとシェンアンは一緒に武器を見に行くらしい。

 

 いつの間にかあいつらがすげー仲良くなってるのには驚いたが、ララーナの友達が増えるのはいいことだ。

 シェンアンと一緒にいるララーナは、心なしかすごく嬉しそうな顔をしているから、二人の邪魔はしたくない。 とりあえず女物のかっこいい鎧探しだ。

 

 店の中をある程度回り終え、どうしてもいいデザインが無くて頭を抱えていると、ふと一つの鎧が目に入った。 重装備ではないがものすごく目を引く。

 形状的には首鎧と首当て、胸当てと腰鎧、太ももまで覆っているロングブーツでワンセット。 ノースリーブで肩から先の鎧はない。

 

 全身紺色をベースに、トライバル彫の真紅のラインがかなり目を引く。

 このトライバル彫はかなり精密で、直線と曲線が全体的に彫られていて、見事なバランスで美しく組み合わさりかなり洒落ている。

 ずっと見ていると薔薇を連想させるような印象で、本当に見事なものだ。

 

 値段を見ると周りの鎧より一回り高い、しかしこの鎧は絶対あいつに似合うだろう。

 俺はなんのためらいもなく店員を呼んだ。

 

 

 

 しばらくすると、ララーナはまた大鎌を買ってきた。 どうやらずっと使ってたから慣れてしまったらしい。

 

「アディール君、かっこいい鎧見つかりましたか?」

「見つかったことは、見つかったんだがな?」

 

 俺はソールドという札が貼ってある鎧を指差した。

 

「重装備じゃないからなんとも言えないよな? どうしても重装備はゴツすぎてかっこいいとかわからんし………」

 

 俺の話の途中で駆けて行ったララーナの背中を見つめ、絶対機嫌が悪くなったと思った。

 しかしララーナは、俺が指差した鎧に貼ってあったソールドの札を見て眉尻を下げている。

 

「そんなあ、売れちゃってます」

「ちくしょう! 誰ですか! せっかくアディール先輩好みのキラキラお洒落な鎧だったのに!」

 

 シェンアンが地団駄を踏み、ララーナはあからさまに肩を落としている。

 

「あ、いや。 わりい、買ったのは俺だ。 重装備じゃないから装備はしねえと思うけど、飾っとくだけでもいい雰囲気でるかと思ってな。 プレゼントしてやるよ」

 

 なんだか途中から恥ずかしくなり、明後日の方向に視線を送ってしまう。

 

「え? っでも、私の鎧だから、私がお金を………」

「ララーナちゃん! ダメですよ! 素直に貰っておきましょう! アディール先輩がまさかの不意打ちをしてきたんです! ああ! 二人の会話を聞いているだけで胸がキュンキュンしてしまいます! 空気がうめぇぇぇぇぇぇ!」

 

 シェンアンが騒ぎ出したせいでなんとなく居心地が悪くなった俺は、さりげなく鎧売り場を後にした。

 

 

 

 騒いでいるシェンアンたちをほっぽり、いつも装備してる脛当てを探しに一回まで降りてくる。

 三回建てだから行き来が面倒だといつも思ってるが、まあ階段の上り下りは良いトレーニングにもなるだろう。 しばらく体を動かしてなかったし良い運動だ。

 

 そう思いながら脛当てを探す。

 俺の脛当ては動きやすさ重視だ、関節の動きを邪魔しないように作られた脛当てじゃないと、動きが鈍る。 しかも鋼鉄製は重いから、魔獣の甲殻とかでできている物が好ましい。

 

 守護者なりたての初心者なんかはよく魔物の素材を売って小遣いを稼いだりしてるから、それを加工した軽い鎧も結構あるのだ。

 魔物の肉も、食おうと思えば食えるから食費節約にもなる。

 まあ、今となっては食いたいと思わないが、腹をすかせてる一般市民とかに渡すと喜ばれるから、俺も討伐した魔物を収納できるように冷凍収納の魔石を買ってある。

 そんなことを考えながら脛当てを探し始めていると、階段の方から誰かが駆け寄ってきた。

 

「アディール君! じゃっじゃじゃーん!」

 

 抑揚のない声、棒読み気味の声音。 振り返る前に誰だかわかった。

 俺は呆れたように小さく息を吐きながら振り返ると、そこには俺が買った鎧を着て、頬を赤くしているララーナが立っていた。

 息をするのも忘れるほどに美しかった。 思わず目を見開き、呆然と立ち尽くしてしまう。

 

「に、似合わないですか?」

 困ったように眉を八の字にしているララーナを見て、俺は首をブンブン振った。

 

「似合いすぎだろバカ! 可愛すぎだろ馬鹿野郎! あっ違う、バカかよ! 反則だろ! いきなりすぎんだろうバカ野郎! めっちゃ似合いすぎだろ! その鎧、お前専用だったのかよって思っちまったよバカ野郎!」

 

 なぜか捲し立ててしまう、顔が真っ赤になって心拍数が急上昇するのが分かる。

 

「ララーナさん、アディール先輩はテンションが上がるとすごくバカバカ言います。 つまり今、すごくテンション上がってます」

 

 シェンアンが満足そうに頷いていた。

 隣で肩を窄めていたサラカが、俺に視線を送ってくる。

 

「おいおい興奮しすぎだぜアディール。 確かに似合いすぎて可愛いが、お前の目が血走ってて怖えよ」

「てめえはララーナを見んじゃねえ!」

 

 俺はなぜかサラカをヘッドロックした。

 するとサラカはバタバタと手を暴れさせる。

 

「え? 理不便!」

「それをいうなら理不尽です、サラカ先輩。」

 

 シェンアンのツッコミが、たまたま静寂になった店内に響いた。 

 

 


 武具店を出ると、雨が降り始めていた。 小雨だから今はまだ傘を刺す必要なはい。

 シェンアンとサラカは別の用があると言ってどこかに行った。 っていうかあいつらなんであそこにいたんだろうか?

 

 シェンアンは別れ際に俺に魔石を渡してきた。 風の魔石、これは暴風の魔石だ。

 首を傾げながら魔石を見ていると、シェンアンが俺の耳元で囁いた。

 

「この魔石は、ララーナさんの能力と相性ピッタリです! 退院祝いにお譲りします!」

 

 確かに自分を軽くできるララーナが使えば、空を飛べたりもするだろう。 しかしなんで俺に渡したんだろうか?

 まあ、そんなことはどうでもいい。 隣を歩いてるララーナが、鎧似合いすぎて目に毒だ。

 俺は視線を泳がせながら歩いていると、ララーナが俺の服の裾をちょこんと引っ張った。

 

「あの、鎧………ありがとうございます。 こんな可愛い鎧、いただいて良いんですか?」

「良いに決まってんだろ? 多分それお前専用に作られた鎧だぞ! あ、いや。 なんでもねえ」

 

 ついつい、ララーナにあの鎧がどんだけ似合ってるか語り出してしまいそうになる口を慌てて抑える。

 すると、ララーナは控えめに笑い出した。

 

 ———初めて見た笑顔だった。

 

 ほんのりと口角をあげ、かわいらしく目尻を下げ、頬が朱に染まっている。

 絵に描いてもこんなに可愛くはならないだろう、二度とこんなに可愛く笑える女の子は生まれないだろう。

 大袈裟だと思うほどの言葉にしても、あの可愛さは破壊力が高すぎるからしかたがない。

 

「アディール君! 行きたいところがあるんです! 行っても良いですか?」

 

 肩をちょこんと跳ねさせながら駆け寄ってくるララーナから、慌てて目を逸らす。

 普通に可愛すぎた。

 

「ああ、いいぜ? どこ行きてえんだよ?」

 

 俺の問いかけに、ララーナはしばらく答えなかった。

 長い沈黙を挟みながら、先を歩いていくララーナに黙ってついていく。

 しばらく歩いたあたりで、見覚えのある光景が目に入ってくる。

 

「これ、お前の家の方角だよな?」

 

 辺りをキョロキョロ見渡しながら問いかけると、ララーナが儚げな顔で振り向いた。

 

「家から少し歩いたところに西門があり、街の外に出れるんです。 門を出ると、ギリギリ障壁が展開されてるところに一本の杉の木があります。 そこに行きたいんです」

 

 明らかに様子が違う、俺もバカじゃない。

 きっとこれから行く所は、ララーナにとって大切でもあり、忘れ去りたい場所。

 

「皆さんのお墓を作ってる場所です。 転移の魔石以外、形見も何も持っていないので、形だけのお墓なんですけどね」

 

 俺は無言で頷いた。

 

「アディール君、そんな真剣な顔しないで下さい! 私、今アディール君や他の皆さんと一緒にいられてすっごく幸せです! だから、こんなに幸せにしてくれたアディール君を、兄さんや他の皆さんに見せてあげたくて………」

「お前がそう言って笑ってくれれば、きっとみんな喜んでくれるだろうな」

 

 俺は控えめに微笑んだ。 その後しばらく歩いていくと、街の外まで出た。

 雨が強くなり始めたから早く木の下まで行きたい所だ。

 一本の杉の木が遠くに見える、自然とそっちに足を向けながら、気になることを聞いてみる事にした。

 

「なあ、お前のお兄さん。 ………その、悪霊になっちまってただろ? もう倒しちまったから、何も聞くことはできなかったが。 悪霊だったとはいえ俺が肉親を殺しちまったようなもんだ、謝っても許されることじゃねえと思うが………その。 この償いは必ずするぜ」

 

 聞くのを勿体ぶったせいで、もうすぐ杉の木についてしまいそうだった。

 それも当然だ、悪霊になっていたとはいえ、俺はこいつの肉親にとどめを刺したんだ。

 こんなこと聞くのはデリカシーに欠けるかもしれない。 しかし俺の質問に対し、ララーナは首を傾げた。

 

「え? 私の兄さんが、悪霊? ですか? この前倒した悪霊は水属性でしたよね。 兄さんは闇聖の刻印がありました。 水聖じゃないです」

 

 驚いてララーナの顔を凝視する。

 そして、ここ数週間ずっと続いていた嫌な予感の正体は、ようやく明らかになった。 けれど、気がつくのが遅すぎた。

 

「ララーナ、どうしてここ最近墓参りに来てくれなかったんだい? もしかして、そこの男にほだされたのかな?」

 

 聞きなれない声を聞き、俺は慌ててララーナを突き飛ばす。

 突き飛ばしたララーナを庇いながら、咄嗟に後ろに下がったが………

 

 俺は足をもつれさせてつまずいた。

 違う、足をもつれさせたわけじゃない。

 

 ——————これは!

 

「兄………………さん?」

 

 驚愕の表情を浮かべて目を見開くララーナ。

 そして、恐る恐る倒れ込んでいた俺に視線を落とし、ララーナは絶望したような顔をする。

 

「あ、アディール君———足、が。 足がァァ!」

 

 ………………俺の左足、膝から下がなくなっていた。 左足が熱を発しているかのように熱かった。

 

「おや、仕留め損ねたか。 貴様、私のララーナによくも手を出してくれたな。 死んで詫びろ。」

「やだ! やめて兄さん!」

 

 ララーナが叫びながら俺に駆け寄ってくる。

 雨が強く降り始め、びしょびしょに濡れた顔を上げながら俺は、さっきシェンアンにもらった魔石を取り出した。

 あいつのことだ、多分この魔石はプレゼントでもして、『また一緒に冒険行こうぜ?』とでも声かけて喜ばせろ! って意味だったんだろう。 けど、俺はシェンアンがくれた魔石を、違うことに使用するハメになった。

 

「ララーナ——————ごめんな」

 

 魔石から発射された突風と共に、ララーナは遥か彼方に飛んでいった。

 さっきまでキラキラ輝いていた瞳から、輝きを失いながら………

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