その大怪我は絶望的

 考えてみれば単純なことだった。

 ララーナと迷宮に入り、悪霊に襲われたのは十一人。 そして、ケルベラーサに襲われたこいつを合わせれば十二人。

 十等級を攻略できるほどの守護者が十二人犠牲になってるんだ。 その内の何人かが悪霊になっていたとしても、不思議じゃない。

 

 ララーナの実の兄、ケルベラーサに襲われたこいつが悪霊になり、ララーナにつきまとった。 つまり、こいつが全ての始まりだったんだ。

 ララーナを魔石で吹き飛ばす瞬間、あいつの表情は初めて会った時の顔に戻ってしまっていた。

 

 最後の一瞬、瞳から光が消え失せていくのが見えちまった。 また、嫌な思いさせちまった。

 自分が情けない。 あいつが取り残されるのを嫌がる事は、分かってたはずなのに。

 でも、雨の中俺が本気で戦えば、あいつを巻き込みかねない。 後で謝って許してくれるだろうか?

 違う、謝って許されるような問題じゃない。 俺はただ、言葉の選択を間違えたんだ………………

 

「よくも僕の可愛い妹に乱暴してくれたな? 下衆が」

「お前は片言じゃねえんだな?」

 

 左足はぱっくり切り落とされている。

 血が止まらない、このままじゃ出血大量で死ぬ。 慌てて異空間収納の魔石から止血軟膏を取り出す。

 

「ファカーラの事を言っているのかな? 僕をあの出来損ないと一緒にするなよ。 ところで、ファカーラを殺したのは君かな?」

「あいつと知り合いかよ?」

「知り合いも何も、僕の親友だったのさ。 僕はララーナを転移させる前に言ったのさ。 僕が帰らなければあいつに頼れってね」

 

 ニヤリと笑いながら、目の前の悪霊は俺に視線を向けてくる。

 灰色のオーラを纏った悪霊、身長は俺と変わらねえ。 魔力生命体の強さはその体躯と比例する。

 

 俺らが倒した泡の悪霊、ファカーラとかいうやつはせいぜい十才くらいのガキみたいな大きさだった。 つまり目の前でニヤついてるこいつは、あの悪霊よりもかなり強え。

 

 切断された面に止血軟膏を塗って、血が止まり始めるのを確認して増血球を大量に口の中に放り込む。 ものすごく生臭いが、これのおかげで意識は保ってられる。

 増血球を大量に飲み込んだ俺は、服の袖で口元を拭いながら眉を吊り上げる。

 

「自分で親友を頼れって言っておいて、自分で親友を殺したのかよ?」

「当然だ。 まさか、僕はこんな形で生きていられるとは思わなかったからね? ララーナを渡せと言ったら断られた。 だから殺した。 そしたらまさか、あいつも悪霊になるとは思わなかったよ」

 

 肩を揺らしながら笑い始めるララーナの兄。

 

「それからララーナは数々の守護者を連れ回していたからね、返せと言って回ったんだが全員断りやがったんだ。 まあ、断られるたびに殺したが。 五人目も悪霊になってたな。 あのうるさい女、悪霊になってからも僕にたてついたから、返り討ちにして吸収した」

「吸収、だと?」

 

 悪霊同士は共食いのようなものをするのか?

 

「本来僕たちは、守護者や聖霊を殺してその魔力を吸収して強くなるんだ。 五人目の女を吸収したら、こんなにもすらすら喋れるようにもなったし、生きていた頃の体に近づいた」

 

 紺色の髪で若干クセがあり、ひょろっとした体型で肌もララーナのように真っ白だ。

 瞳の色も同じ、深海のような青。 灰色のオーラがなければ、人間と間違いそうなくらいだ。

 

「ああ、ちなみに五人目を吸収した後は、ララーナにつきまとう虫の討伐をファカーラに任せていたんだ。 あいつもずっと片言だと、話していてイライラするからね? 親友だったよしみで生かしておいてやったんだ、あいつが僕と同等の力になったら二人でこの街を滅ぼして、ララーナを取り返そうとしていたんだよ。 なのにあいつ、守護者に殺されたみたいでさ、面白すぎて笑ってしまったよ」

「悪いな、お前の親友は俺がぶっ飛ばしちまった。 それで? お前は仇をとりにきたってことか」

 

 意外と会話がムーズにできる、情報も聞き出せるし左足の止血も間に合いそうだ。 しかしこの会話、なんらかの意図がありそうだ。

 術中にハマらないように周囲の警戒は緩めない。 冷や汗を垂らしながら質問を繰り返す。

 しかし、俺の問いかけを聞いたララーナの兄は、腹を抱えて笑い出した。

 

「仇? 面白い冗談だ。 僕はただ、いつも墓参りに来てくれるララーナを遠くから見守ろうとしていただけだよ? なかなか来ないから近くに来てみれば、男を連れてきたからね。 穢らわしい男は、直々に殺してやろうと思ったのさ。 でも、さっきの動きを見て気が変わった」

 

 物騒な事を言いながら、俺に興味深げな視線を向けてくる。

 

「ファカーラは君が倒したのだろう? ただの人間なのにすごいじゃないか、驚いたよ。 そこでどうかな、僕と協力してこの街を滅ぼそう。 ララーナをずっと僕たちの物にしないかい?」

「あいつは物じゃねえ。 お前、ほんとにあいつの兄かよ。 優しすぎる妹とは比べ物にならねえクソッタレだな」

 

 怒りのあまり、眉間にシワを寄せながら睨みつける。 こいつの言葉は癇に障る、理解したくない。

 いくらあいつの兄だからと言って、ララーナを好き勝手しようとするのは許せねえ。

 俺は片足でバランスをとりながら立ち上がる。 そして全身に雷をほとばしらせた。

 

「ふむ、交渉不成立か。 いい素体だと思ったのだがね?」

 

 次の瞬間、俺の電波索敵に反応があり、前触れもなしに背後から攻撃が飛んでくる。

 慌ててかわすが間に合わない。 ノーモーションで高速の攻撃?

 

 真後ろからの奇襲、反応できただけでも奇跡だった。

 幸い、切り落とされたのは後遺症が残ってた左腕だけ。 腕一本で済んでよかった。

 

「今のを避けるか? すごいな、君」

 

 次の瞬間、俺の真後ろとあいつの足元から漆黒の触手みたいなものが大量に伸び、俺に向かって真っ直ぐ飛んでくる。

 慌てて地面を蹴り、横に移動するが………

 

「どういうことだ!」

 

 片足でも俺の速さは鈍っていない。

 それなのに真後ろからの奇襲は、まるで俺についてくるかのような速さで接近してくる。

 無理矢理状態を逸らしてかわしたが、脇腹を抉られた。

 

「素晴らしい! この僕を相手に三発も耐えるだなんて! 新記録じゃないか!」

 

 両手を広げ、恍惚な笑みを浮かべるララーナの兄。

 

「その素晴らしさを称して僕の名前を教えてあげよう!」

 

 ララーナの兄は、ニヤリと笑いながら大袈裟にお辞儀をした。

 

「僕の名前はディゼル・ジャディービヤ。 君の名前も聞いておこう、素晴らしい守護者だった。 連れ帰ったララーナに聞かせてあげないといけないからね?」

「………アディール・バラエイド。 てめえをぶっ殺す守護者の名前だ、ちゃんと覚えておけよ」

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