その怒号は固い絆故

 約束が守られることなど、人生の中でそうそうない。

 むしろ守られない約束の方が多いだろう。

 

 何人もの人に守ると誓われ

 何人もの人に約束を破られ

 何人もの人を犠牲にしてきた。

 

 私はまるで死神のようだ。

 

 関わったものを死にいたらしめる、呪われた女だ。

 あの人はすごく強かった、だから今回はきっと約束を守ってくれるって信じていた。

 信じていたからこそ辛い思いをした。 結局人間は、約束など口先だけでしか誓えない。

 まんまと信じてしまった私がバカだったのだ。

 

 私はまた一人見殺しにした。

 

 こんな事なら信じなければよかったと後悔するのは、これで十三度目だ。

 冷たい雨に打たれ、体と心が冷え切っていく。

 流れる景色はまた灰色に変わっていく。

 私は何度、この絶望を味わえば気が済むのだろうか?

 

 もう二度と、大好きな人が私を置いて行ってしまう所など………見たくなかったのに。

 今日は幸せな一日だったのに、幸せになれるはずだったのに。

 ずっと口を聞けていなかったアディール君と、二人きりでたくさんのお話をできたのに。

 シェンアンちゃんのおかげで、勇気を出せたのに。

 

 アディール君と楽しくお話しする機会をもらえたのに!

 

 思えば病院から出た時に、アディール君の左腕が目についた。

 後遺症が残る彼の左腕がぎこちない動きをしているのを見て、どこか遠くに行ってしまう気がした。

 私は怖くなったから、両腕でしっかり抱きしめえて、どこにも行かないで欲しいと願った。

 

 大丈夫だ、心配するな、そう言われてホッとしてしまった。

 これから先、ずっと一緒にいられるんだと勘違いした。

 アディール君は、人付き合いに慣れてない私のおふざけを困ったような顔で笑ってくれる。

 

 優しい笑顔を向けてくれる。

 夢のような時間を過ごさせてくれる。

 

 けど、夢から冷めるのは一瞬だ。

 

 私はこの上ない幸せなひとときを過ごし、すぐ絶望に変わる。

 あんなところに連れていかなければ、こんな思いはしなかったのだろうか?

 あの人を好きにならなければ、こんな悲しい思いはしなかっただろうか?

 最初から出会わなければ、こんな苦しい思いをしないで済んだだろうか?

 

 ——————もう、疲れた。

 

 これ以上生きていても、なんの意味も………………

 

「………………何してるんすか。 こんなところで」

 

 聞き覚えのある声が、雨の中に響く。

 

「なんなんですか、その腑抜けた顔は」

 

 

 ♤

 西門近くのボロ小屋が倒壊し、瓦礫になった小屋の上では廃棄された蝋人形のような少女が、虚な瞳で空を仰ぎながら横たわっていた。

 

「なんで、こんなところで寝てんだって聞いてんだよ!」

 

 青少年の怒号が、雨の中に響き渡っていく。

 雨に打たれ、青少年の左目にかかった前髪からは、ぽとぽとと滴が滴り落ちている。

 

「会った時と同じ目だ。 ふざけんなよ。 ふざけんなっつってんだよ!」

 

 横たわる少女の髪を乱暴に掴み、無理矢理状態を起こさせる。

 

「痛いです、ガイスさん。 もう私に関わらないで下さ………」

「僕は、悪霊に恐れず立ち向かうあんたがかっこいいと思ったから!

 あんたみたいに恐れずに悪霊に立ち向かえる守護者になりたかったから!

 あんたに………勇気をもらったから。

 強くなろうと思ったんだ。

 それなのに、なんでこんなところで腑抜けたツラしてんだよ!

 アディールを一人置き去りにして、何寝っ転がってんだよ」

 

 掴んだ髪を乱暴に離し、キュッと拳を握りながら歯をきしらせる。

 瓦礫に叩きつけられた少女は、叩きつけられたまま動こうとせず、遠い目で空を眺めていた。

 

「私を置き去りにしたのは、彼です」

「ララーナちゃんがなんでこんなところに吹き飛ばされたかなんて僕は知らない。 けど、あいつは今も戦ってる。 ララーナちゃんもシェンアンさんに鍛えてもらったんだろ? 強くなったんだろ? なんで一緒に戦おうとしないんだ? なんで勝手に諦めてんだよ! お前の意志は、そんなに弱かったのかよ!」

 

 胸に秘めた苛立ちを一気に吐き捨てるように、普段のガイスからは想像もつかないような剣幕で怒鳴りつける。

 

「偉そうなことばかり言って、あなたに私の気持ちがわかるんですか」

 

 抑揚のない声で、無愛想に戻ってしまった寂しい表情で、ボソリと呟くララーナ。

 ララーナの表情を見たガイスは肩を震わせ始める。

 

「分かるわけないだろ! 分かりたくもない! けど、ララーナちゃんこそ、アディールの事をなんもわかっちゃいないじゃないか」

 

 ララーナは怒りに震えるガイスに虚な目を向ける。

 

「僕はアディールと十三年間一緒に過ごしてきた、あいつは今まで一回も約束を破った事はない。 できない約束なんてしない」

「それは今までの話です。 私は今さっき、約束を破られました」

 

 虚無の瞳と憤怒の瞳を交差させ、数舜の静寂が場を支配する。

 

「ララーナちゃん。 勘違いしてないか? アディールは君になんて約束したんだよ? ずっと一緒にいようとでも言われたか? 二人で楽しく冒険しようとでも言われたか? 違うだろ! あいつはララーナちゃんに、『悪霊をぶっ飛ばしてやる』って約束したんだ!」

 

 ガイスの叫びを聞き、ララーナは一瞬だけ眉をひくつかせた。

 

「でも、あの人はその悪霊に倒されて………………」

「アディールは、そう簡単に殺されたりしない」

 

 ガイスが鋭い視線を、今も倒れているララーナに向ける。

 

「アディールは、絶対に負けない」

 

 ララーナはゆっくりと立ち上がり、ほんのり眉尻を下げながらガイスを凝視する。

 

「彼の足は切り落とされてました、あの状態で悪霊に勝てるとは………」

「そんな事どうでもいい。 足がなくてもアディールならなんとかできる。 あんたになんと言われようと、僕はアディールを手伝いに行く。 腰抜けはそこで指を咥えて待ってればいいさ。 僕はアディールを最強にするために、今日までずっと自分を高め続けた。 泡の悪霊を倒してからも、エンハさんに鍛えてもらった。 あの日よりも格段に強くなった僕がいれば、僕たちは絶対に負けない。 悪霊なんて、ただの魔力の塊だろ?」

 

 ララーナに背を向け、ガイスは足元に風を纏い始める。

 しかしララーナは、咄嗟に瓦礫を蹴飛ばし、ガイスの腕を掴んだ。

 

「ガイスさん、お願いします! 私に力をください! まだ、チャンスが残ってるなら! アディール君と一緒に戦えるのなら! 私に………私を、アディール君の隣に立てるように、強くしてもらえませんか?」

 

 目頭に涙を溜め、頬を震わせながらガイスの腕を必死に引っ張るララーナ。

 ガイスは左目にかかったびしょ濡れの前髪をかき上げながら、ゆっくりと振り返る。

 

「一つ、条件があります」

 

 ガイスは闘志を湧き上がらせるような鋭い視線で、ララーナを睨みつけた。

 

「僕の、操り人形になってもらう」

 

 次の瞬間、西門の向こう………一本杉が生えていた平野に

 ———鮮血のように真紅の巨雷が轟いた。

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