その結束は圧倒的に反則級

 真紅の巨雷が一本杉近くの平野に落ちた。

 赤色光の稲妻が、雨の中で火花のように散っている。

 

「クソ、貴様も無駄な足掻きをしおったか」

 

 影の中に溶け込み、魔力の暴発から咄嗟に避難したディゼルは、全身をけいれんさせながら呟く。

 

「なるほどなぁ? ディゼルとか言ったか? てめぇ、影の中に入って攻撃を防いだりできんのか。 そりゃあ五人目の守護者が悪霊になっても吸収されちまうわけだ」

 

 空から聞こえてくる声に、ディゼルは眉を吊り上げながら視線を向ける。

 そして、目が飛び出んばかりに見開いた。

 

「なぜ? なんで貴様は、そのような姿をしている?」

 

 驚愕の表情を向けるディゼル。

 視線の先では空に浮かぶ少年がいた。

 黄丹色の短い髪をツンツンと尖らせ、金色の光をにじませた精霊のような少年。

 無邪気な笑みを浮かべながら、驚きのあまり震えているディゼルを見下ろしていた。

 唇を震わせながら、何度も瞬きをするディゼル。

 

「アディール・バラエイド! なんで、貴様は聖霊になった?」

「あ? 俺聖霊になったのか? 悪霊じゃなかったんだな。 ってことは、ハナビと一緒じゃねえか。 あいつにまたからかわれちまうな?」

「どういうことだ? なぜ貴様のような下衆が聖霊になって、僕は悪霊になった!」

 

 頭を抱えながら歯を食いしばるディゼル。

 

「知るかよ? あ、やっぱ待て! なんか、わかるかも知れねえ! お前自爆する瞬間、何考えてた? 『ララーナを一人にして大丈夫かな?』とか『ララーナを幸せにしてあげたかった。』とかか? 親友に後を託したとか言ってたもんな?」

 

 あからさまに動揺の表情をうかがわせるディゼル。

 

「ああ、なるほどな。 俺は『お前をぶっ飛ばして、ララーナを満面の笑みにしてやる!』って思ってた。 そのためならどうなってもいいって思ったしな。 要は、心残りがあるまま死んだか、清々すがすがしく死んだかの違いってことか。 これならハナビも聖霊になったのは納得だぜ」

 

 悪戯な笑みを浮かべながら大きく頷くアディール。

 

「バカな、そんな曖昧な定義があってたまるか。 僕の方が、貴様よりもララーナを愛していたのだぞ!」

「重すぎる愛ってのは時に相手を傷つけたり、相手の人生をぐちゃぐちゃにしちまうんだぜ? 好意ってのは単純な方が響くもんだろ?」

 

 アディールは、余裕の笑みで肩をすくめた。

 

「黙れ下衆が! 貴様も取り込んで、最強になった僕がこの街を滅ぼして、ララーナを取り戻すんだ!」

 

 ディゼルが影を一斉に飛ばす。

 しかしアディールは、宙に浮いて自在に動き回っているため影ができていない。

 

「おいおい? 俺の影を捕まえないと、ただの黒い触手じゃねえか! ま、影なら影らしく、地を這いつくばってんのがお似合いだ」

 

 真紅の雷が再度落とされた。

 雷が直撃し、白目を剥きながら全身を小刻みに震えさせるディゼル。

 

「聖霊になった俺様から、裁きの雷だ」

 

 アディールは、真っ白な歯を輝かせながら笑みを浮かべる。

 

「調子に乗るな下衆が! 魔力量なら、僕の方が遥かに上だぁぁぁぁぁ!」

 

 ディゼルは咆哮を上げ、苦悶の表情を浮かべながらも影を縦横無尽に走らせた。

 それを見て、アディールは空中をふわふわと浮遊しながら踊り狂う影の刃をかわしていく。

 

「今の雷は結構魔力使ったんだがな。 こいつは二体分の悪霊に匹敵する魔力を持ってるわけだし、耐久力がやべえな。 聖霊になりたての俺じゃ、火力が足りねえか?」

 

 舌打ちをしながら飛び回り、様子を探る。

 しかしディゼルはけいれんしながらも自分の周囲に影の刃を踊らせ、防御を固めていた。

 

「あいつもバカじゃねえか。 あれじゃあ頭消しとばしたくても近づけねえ。 それなら!」

 

 ディゼルに手をかざし、眩い光を輝かせる。

 雨の中で輝く眩い光に照らされ、ディゼルから伸びていた影は霧散していく。

 しかしディゼルはわずかに自分の下にできた影の中に潜り込んでいった。

 

「やっべぇ! 逃げる気かよ! クソめんどくせえな!」

 

 慌てて肉薄し、ディゼルが潜っていった地面を蹴り壊そうとした瞬間、影の刃が勢い良く飛び出してきた。

 アディールは慌ててかわすが、地上にできたわずかな影に、ディゼルの細い影が絡む。

 すると、アディールが作ってしまった影からもう一本、影の刃が勢い良く飛び出した。

 

 ———まずい! 誘い込まれた!

 

 冷や汗をかきながら、自分の影から伸びる刃に視線を送る。 しかし一本目をかわしたせいで体勢が崩れている、かわすことは不可能。

 アディールは下唇を噛みながらぎゅっと目をつぶった。

 すると突然、突風と共に甲高い金属音が鳴る。

 

 恐る恐る目を開くと、目の前には大鎌を振り抜いた美しい少女の背中が視界に入る。

 

「——————ララーナ? その風は?」

 

 アディールが驚きながら声を上げると、少女はにっこりと微笑みながら振り向いた。

 

「小さくなったアディール君、すっごく可愛いです」

 

 頬を朱に染めたララーナに、聖霊になったアディールは目を奪われる。

 安心したように微笑んだアディールは、スーッと息を吸い込んだ。

 

 ——————今度こそ、かける言葉を間違えたりしない!

 

「一緒に戦ってくれるか! あいつをぶっ倒そうぜ!」

「もちろん! アディール君と一緒に戦えるだけで、私は幸せです!」

 

 次の瞬間、突風が吹き荒れ、二人は残像も残さず姿を消した。

 一瞬の出来事についていけず、ディゼルは呆けた顔であたりに視線を巡らせる。

 

「消えた? 一体、何が起きた?」

「これは、もしかしなくても反則級なんじゃねえか?」

 

 アディールの声に反応し、ディゼルは上空に視線を送る。

 そこに浮いていたのは、風を纏ったララーナと、手のひらに乗りそうなほど小さな姿になって、ララーナの肩に屈んでいたアディール。

 

「間違いなく最強の組み合わせだよ、アディール。 ララーナちゃんの体を電流で補助できるかい?」

「任せとけ! お前の風と俺の電気、そしてララーナの軽量化。 もはや反則級だろ!」

 

 少し離れた位置から声をかけるガイスに、アディールは嬉しそうな声で返事をする。

 ララーナの能力で羽のように超軽量化された体を、ガイスの風が浮遊させつつ動きを補助する。

 そしてアディールの電気反射で繰り出される最速の立ち回り。

 

 今のララーナは、空中を自在に飛び回る上に早すぎて視界に入れられない。

 何より強力なのは、彼女の大鎌がたった一撃で致命傷になりうるほどの威力を誇ること。

 

 空中からディゼルを見下ろすララーナ。

 下唇を噛みながら震え出すディゼル。

 

「ララーナ! 母が死んでから僕はずっと君を守ってきたんだ! それなのに、それなのに僕を殺そうとするのか!」

「それをあなたが言うのですか? あなたはたくさんの守護者を殺しました。 殺される覚悟がないくせに、悪戯に何人も。 私はあなたにそんなこと頼んでいません」

 

 ララーナは空中で大鎌を振りかぶった。

 

「よせララーナ! 僕はお兄ちゃんだぞ! 実の兄を殺すつもりか!」

 

 必死に叫ぶディゼル。

 

「悪霊になって悪さをした兄を止めるのも、妹の宿命ですから」

 

 アディールはララーナの顔を横目に見て、ニッと口角を上げる。

 

「いくぜララーナ! 立ち回りは俺に任せろ! 俺が合図したら、絶好のタイミングでぶちかましゃあいい!」

「余計な動きするなよララーナちゃん! ちゃんと僕の思い通り動くんだ!」

 

 ガイスとアディールが視線を交差させ、小さく頷く。

 そして、瞬きしている間にララーナの姿が消える。

 

 ララーナの姿が消えた瞬間、ディゼルは慌てて影に潜ろうとした。 しかし、ディゼルが立っていた大地に大きなヒビが入る。

 ヒビの中心には大鎌を振り下ろしたララーナ。

 

 ここ数日で、シェンアンとの訓練で生み出した新たな能力開花。

 大鎌が当たる瞬間に重力を操作して、大鎌の重量だけを重くする。

 

 ララーナが触れることで軽くした分の重量を操作して、自分の体や鎧、触れている物全ての重さを大鎌に集中させることで、普段の数倍以上の威力へと膨れ上がる。

 巨大なクレーターができた瞬間、足元から突風が吹き荒れる。

 

 上空に投げ出され、足場を失ったディゼルは手を大袈裟に振り回しながら宙を舞った。

 遥か上空に吹き飛ばされたため自分自身の影も失い、何もすることができない。

 恐怖の表情を浮かべながら周囲に視線を泳がせる。

 

 するとディゼルの視界に映ったのは、首を失った自分の体から、灰色のオーラが煙のようになって噴射されている光景。

 ララーナの動きが早すぎて、自分の首を切断されたことすら気づいていなかったのだ。

 

「——————嘘だ」

 

 絶望の表情を浮かべながら、ディゼルはポツリとつぶやいた。

 

「僕はただ、ララーナを幸せにしたかっただけなのに………」

「あなたのせいで不幸な目にしか会っていませんでした。 本当に迷惑でした。 さようなら」

 

 ディゼルの首は絶望の表情のまま真っ二つに割れ、灰色の煙になって霧散した。

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