その援軍は単なる無駄骨

 雨が止み、眩しい西日が差し込む平野で、一本杉を眺めるように立ち尽くすララーナ。

 杉の木の根元には、石で作られた大きな十字架が十二本建てられている。

 

「あーあ、結局俺が十三個目の十字架になっちまったか。 結局俺も死んじまったんだもんな、だっせー」

 

 ララーナの肩の上で小さくなったアディールが、足を投げ出しながらぼやく。 するとララーナは控えめに笑い始めた。

 

「でも、アディール君は私との約束を守ってくれました!」

「どの口が言ってるんですか?」

 

 やや後方からヤジが飛んでくる。 すると頬を膨らませたララーナが勢いよく振り向いた。

 

「あの時のことは忘れてください! ガイス君こそ、女の子の髪の毛を引っ張るなんて、男の子としてどうなんですか!」

「いやいや! あの時は、ララーナちゃんが腑抜けてたからついイラッときちゃったんだよ! しかも、胸ぐら掴もうにも鎧だったから掴めなかったし。 ごめんって言ったじゃないか!」

 

 ガイスが手をバタバタとさせながら反論し始める。

 二人の口論を見て、アディールはおかしそうに笑い始めた。

 

「お前ら、いつの間にそんなに仲良くなってんだよ?」

「私はガイス君嫌いです! 意地悪ですもん。」

 

 ララーナは頬を膨らませながらそっぽを向く。

 

「はぁ? だったら僕も、君みたいな根に持つ女の子は嫌いだもんね!」

 

 ガイスまでもが腕を組みながらそっぽを向いた。

 アディールは困ったように笑いながら、雷が落ちて真っ黒に焼けこげた地面に視線を落とす。

 

「俺の十字架はここに置いてくれよ! 雷が落ちて真っ黒焦げになってるところだ!」

「この雷で、アディール君が生まれたんですね?」

 

 ララーナはほんのり寂しそうな顔で屈み込み、黒焦げになった地面を優しく撫でた。

 

「でも、アディール君はまだ私の肩の上にいるので、十字架は立てません!」

「それなんだがよ、ハナビは聖霊になって名前変わっただろ? 俺も違う名前にしたほうがいいのか?」

 

 アディールは小難しそうな顔で眉間にシワを寄せる。

 するとやや後方でそっぽを向いていたガイスが、顎に手を添えた。

 

「無慈悲の裁定者、アディール・バラエイド。 セイアドロの英雄。 二つ名とかはこんなもんだけど、これをもじってなんかいい名前考えようとしても………なんかパッとしないね。 なんでハナビさんは名前変えたのかな?」

「知るかよ。 あいつの村にあったなんかの遊び道具の名前らしいぜ?」

 

 アディールが振り返りながら呟くと、ララーナは小さくなっていたアディールを人形のように鷲掴みして目の前に持ってくる。

 

「おい! こら! 何すんだこの野郎!」

「ガイス君と目を合わせちゃだめです! 意地悪されます!」

 

 真剣な顔で鷲掴みにしたアディールを凝視するララーナ。

 

「子供かお前は! つーか離せ! 俺をその辺の人形みたいに扱うんじゃねえ!」

「ちょっとララーナちゃん! 意味わかんないよ! なんで僕にだけそんなに当たり強いのさ!」

 

 理不尽な扱いに抗議を始めるガイス。 すると西門の方から大勢の足音が響いてくる。

 

「こちらです! この辺で戦闘が行われていたはずです!」

「ビリビリ小僧がおらんではないか! あやつはどこにおる!」

「ちょっと! そんなところでダラダラ何やってるんですかララーナさん! アディール先輩が悪霊に襲われていると伺いました! ララーナさんたちもささっと助けに行かないと!」

「ヒック、どこ行ったんだアディールの野郎! いつもいつも面倒なことばっかしやがって! ヒック、ちくしょう!」

 

 門番とともに、三人の守護者が大慌てで杉の方に駆け寄ってきたため、ガイスは何食わぬ顔で手を上げながら近づいていった。

 

「みなさん遅いですよ? 一体今まで何を………」

「あなたは助けに来てくれた守護者様! アディール様を助けにいってくれたはずじゃ?」

 

 門番が頭を抱えながらガイスに視線を送る。 すると門番の横をものすごい速さで駆け抜けてくるエンハ。

 

「何をしておるのだおぬしは! ビリビリ小僧を助けにいったのではなかったのか!」

 

 エンハがものすごい剣幕でガイスの胸ぐらを掴む。

 

「ちょっとガイス! あんたもしかして、ビビって逃げたんじゃないでしょうね!」

 

 エンハの肩から飛び出したハナビが、ガイスのおでこに蹴りを入れた。

 おでこを蹴られたガイスは涙目でのけぞる。

 

「ララーナさんまでこんなところで何を? アディール先輩を早く助けに行きましょう! もうチクタク時間が経ってしまってますが、あの人ならきっと大丈夫です!」

「そうだぜララーナちゃん! ヒック、こんなところで黄昏てる場合じゃねえ! ヒック、さっさとあのバカを探そう!」

 

 赤面しながらひゃっくりを繰り返すサラカを、ララーナがじっと見つめる。

 

「サラカさん、なんで酔っ払ってるんです?」

「ちょっと飲んじまったんだよ! 安心しろ、思考は回ってる! だからさっさと………」

「おめえら後からきといてギャーギャー騒ぐんじゃねえよ。 ったく、来るのが遅えんだよ」

 

 ララーナの肩から響く声を聞き、一時停止されたように動きを止めるエンハたち。

 話について行けていない門番に至っては、しばらく前から石のように固まってしまっていた。

 全員沈黙する中、エンハはゴクリと息を飲む。

 

「ビリビリ小僧の声が、どこからか聞こえてきた気がしたのだが?」

 

 ガイスの胸ぐらを掴んだ状態で、キョロキョロと視線を彷徨わせるエンハ。

 胸ぐらを掴まれていたガイスは、脱力して身をそらしたまま目を回している。

 

「ねぇねぇエンハ! なんだかアディーの声が少し高くなってる気がするわ! 幻聴かもしれない! まさか! 悪霊の能力であたしたちは幻影を見ているのかも!」

「どこにいるんですかアディール先輩! 今ささっと助けに行きますよ!」

 

 シェンアンは手をメガホンのようにして口元に添えながら、辺り一体を見渡す。

 

「あれ? ララーナちゃん、その手に持ってる可愛い人形はなんだ?」

 

 恐る恐る指をさしながら、目を丸くするサラカ。

 

「は? 可愛いってなんだてめえ、ぶっ飛ばすぞこら」

「私のアディール君です」

「おい! 『私の』は余計だ! 俺はおもちゃじゃねえ!」

 

 唯一動かせる首を動かしながら、ララーナの握り拳の中で暴れるアディール。

 その姿を見て、エンハたちはお互いの顔を見合わせ、ゆっくりとララーナの手元に視線を戻す。

 

「悪霊はどこにいるのかのう?」

「このオレンジ色のツンツンは何かしら?」

 

 エンハとハナビが首を傾げると、胸ぐらを掴まれて目を回していたガイスが頭をポリポリ掻きながら状態を起こす。

 

「アディール………聖霊になったんで、今ララーナちゃんと新しい名前考えてたんです。 僕が今いい案を出そうとしていたんですが———」

「ガイス君の意見は却下です!」

「ちょっと! ひどいよララーナちゃん! もう、ごめんってば! ちゃんと謝るから機嫌直してよ!」

 

 そっぽを向くララーナに、困った顔でにじり寄っていくガイス。

 口論し始める二人を見て、エンハたちはぼーっと立ち尽くしていた。

 

「悪霊はどこにいったのだ?」

「おかしいですね、門番さんの見間違いでしょうか? もしそうなら、ビシバシお仕置きする必要があります」

「そ、そんな! 私は確かにアディール様が戦闘してるところをこの目で見たのです!」

 

 固まっていた門番は、急に声をかけられ肩を跳ねさせると、青ざめながら声を上げる。

 必死に声を上げる門番に、目を細めながら視線を送るアディール。

 

「あ、お前この前サラカと喧嘩した時に泣き叫んでた門番か? この前は悪かったな!」

「え? この可愛らしいお人形から、アディール様みたいな声が………」

「おい門番てめぇ、喧嘩売ってんのか?」

 

 アディールがギロリと門番を睨みつけると、茜色に染まった平原に門番の叫び声がこだました。

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