その英雄は無慈悲の裁定者

 門番と別れ、いつもの酒場に移動したララーナたちは、悪霊との戦いで起こった事をエンハたちに説明していた。

 

「あはは! アディーもあたしの仲間になったのね!」

「うわ! こっち来んなやかましい!」

 

 聖霊になったアディールとハナビがララーナの頭の周りを飛び回り、追いかけっこしている。

 

「悪霊をたった三人で倒してしまうとはのう、末恐ろしい限りだ」

「でもこれでララーナちゃんにつきまとう悪霊はいなくなったわけだし、これからはなんの心配もなく迷宮に行けんだろ?」

 

 人数が多いため、テーブル席で会話をしているエンハたち。

 エンハとサラカが会話をする姿を見ながら、シェンアンは浮かない顔で黄色と赤が混じった煎餅をかじっていた。

 

「でも、アディール先輩は………これから先もう一緒に戦えないんですよね? 五聖守護者は、もう四人になってしまいました」

 

 俯き気味で、吐息混じりに呟くシェンアンに気まずい視線を送るガイス。

 

「僕が駆けつけるのがもっと早ければ………」

「それを言うなら俺たちに責任がある。 俺たちが最後まで尾行してれば、悪霊との戦いはすぐ助けに行けた」

 

 悔しそうにしているガイスの肩に、サラカが優しく手を置いた。

 

「は? お前ら尾行してやがったのか! だから武具屋で急に話しかけてきやがったんだな!」

「あだっ! 急に止まらないでよアディー!」

 

 逃げ回っていたアディールが急に止まったせいで、ハナビが勢いよくぶつかる。

 

「お前が追っかけ回すからだろうが! つーかお前、超石頭だな! 脇腹がくっそ痛え!」

「レディーに向かって石頭とは失礼ね!」

 

 ハナビとアディールがララーナの鼻先で喧嘩を始めると、ララーナは真顔でアディールを鷲掴みする。

 

「おい! やめろ! その掴み方はマジでやめろ!」

 

 ララーナの拳から首だけ出して騒ぎ出すアディール。

 

「ハナビさんは泥棒猫さんです。 私のアディール君にちょっかい出しちゃダメです!」

「あらら! ララーナちゃんに嫉妬されちゃったわ! なんて初々しいのかしら! あたし、ときめいちゃうわ!」

「いい年こいで、何ときめいてんだよ」

 

 両手で頬を押さえながら身を捩っていたハナビに、呆れた視線を送るアディール。

 

「ちょっと! 今何つったのかしら! あたしとエンハは二才しか離れてないわよ! ビークイットと同い年だわ!」

 

 耳ざといハナビがすかさず文句を言い始め、ララーナはアディールを掴んでいた手を胸の前に持ってきてハナビに背を向ける。

 その姿を見て呆れたような顔をするエンハとシェンアン。

 

「あやつらのせいで真面目な話ができんわい」

 

 エンハがため息混じりにいつもの飲み物をおちょこでカッと煽る。

 シェンアンは控えめに笑いながら奇妙な色合いの煎餅をたいらげた。

 

「まあでも、クヨクヨ考えてもしょうがないですね! ハナビさんとアディール先輩のコントで何だか元気出ました!」

「コントじゃねえ! このクソチビ!」

「だぁれがチビですか! 私はまだぴちぴちの十代です! これからノビノビ成長するんですよ! っていうか! 今はアディール先輩の方がチビです!」

 

 勢いよく立ち上がったシェンアンは、ララーナの拳の中からヤジを飛ばしたアディールを指差した。

 

「っていうかそろそろ離してくれよララーナ」

「アディール君が他の女の子に目移りしそうなので嫌です!」

 

 ララーナはそっぽを向きながら頬を膨らませる。

 

「おお! ララーナさん、私が教えたキュンキュン萌え萌えテクニックを上手に使ってますね!」

「テメェが仕組んだのかこのクソチビ! お前のせいでこいつは今まで以上にわけわからん行動するようになっちまったじゃねえか!」

 

 感心しているシェンアンに、アディールが文句を言い始めた。

 その姿を横目に見ながら、サラカとエンハは真剣な顔で視線を交差させる。

 

「それにしても、五聖守護者が一人抜けた穴はでかいのう」

「エンハ、最近は訓練場に良さそうな新顔はいないのか?」

 

 サラカがグラスに入ったウイスキーをちびちび飲みながら、困った顔で首を傾げる。

 

「さあのう、今のところ骨のありそうな若もんは、あのビリビリ小僧に憧れて守護者を目指しとるストイックな連中しかおらんわい」

「五聖守護者の中ではアディールだけだもんな、この街の一般人のために街の変革をしたのは。 助けられたガキどもが憧れんのも納得だぜ」

 

 二年前、守護者になったアディールは、この街の問題となっていた食糧難と治安の悪さを改善した。

 当時食糧難の原因は、食料を作る担当だった農業家や酪農家が、高額で食料を売り始めたのが原因だった。

 

 これに対し、街は食料を安く売れないかと交渉をしたのだが『汗水垂らして育てた食料を、なぜお前らに安値で提供せねばならんのだ。 文句を言うなら今後一切食糧は売らない!』と明言され、どうすることもできなかったのだ。

 その上力を持った守護者たちは『俺たちのおかげで街は存続しているのだ、一般人どもは俺らに食事や衣類を無料で提供しろ』などと言い出す輩が増えてしまっていたため、この街はかなり物騒な時期が続いていた。

 

 守護者たちは一般人から恐喝まがいの脅しで金や財産を奪い、農家たちは食糧に高値をふっかける。

 この惨状に一般人たちは食せる雑草や水だけで生活するしかなく、餓死する者が多数だった。

 

 そんな中アディールが守護者になり、迷宮で討伐した魔物や迷宮までの道中で採取した野草、食べられそうな動物を片っ端から捕まえ一般人たちに無料で提供し始めた。

 そしてそれをよく思わない農家たちが彼に文句を言おうと家に押しかけたが、アディールはこれを返り討ちにし、暴行された農家たちは『暴力を振るうお前らには今後一切食い物は作らん』などと言った結果。

 アディールは高値で食料を売っていた農家たちを一人残らず縛り上げ、障壁の外に放り出してしまったのだ。

 

 『飯作れねえような役立たずはこの街にいらねえ。 ちゃんとみんなに食い物を分けるような奴らでお前らの畑や家畜は勝手に使うから、そこでのたれ死ね』

 

 と言って悪逆を尽くしていた農家たちを脅した。

 これによって農家たちは泣きながら命乞いをし、アディールを恐れた農家たちは食糧を適正価格で売るようになった。

 それと並行してアディールは、一般人たちに発煙等を配り歩き、悪者の守護者に襲われたらそれを使えと言って回った。

 

 アディールは朝早くに迷宮に行って、帰ってきてから街の中を巡回する。

 発煙等が使われたら持ち前の素早さで即座に駆けつけ、一般人に乱暴していた守護者を半殺しにして回った。

 こうして鬼のような見回りをし続け、治安も徐々に回復していった。

 そんなアディールにつけられた二つ名は無慈悲の裁定者。

 

 悪逆を尽くしていた者たちからは恐怖の象徴として、その名は瞬く間に広まっていった。

 その一方でアディールの行動に心を動かされた一般人たちは、次々と守護者に志願し、アディールの手伝いをし始めた。

 そして今では、街の中を見回るのを仕事にした衛兵隊が設立されたのだ。

 

 衛兵隊は『守護者にはなれなかったが街を守りたい』と言う若者が多く志願していて、今ではこの街で恐喝や暴力事件はほぼなくなった。

 その方法は誉められたものではなかったが、それによって救われた一般人たちはアディールを英雄と呼ぶようになった。

 そしてそんなアディールに憧れ、正義感が強い守護者志願者もかなり増えた。

 

 アディールに憧れて志願した守護者見習いたちは、訓練時間以外は倒れるまで自主トレーニングをする者が多く、たまにアディールもエンハに頼まれてそんな見習いたちを直接指導してたりしていた。

 五聖守護者はこのように、街に多大な繁栄や改革をもたらした上に、十等級の迷宮を難なく攻略できるような強い守護者に与えられる呼称であり、そう簡単にアディールが抜けた穴は埋められない。

 サラカとエンハはボーッと天井を仰いでいた。

 

「トゥアルドの旦那はまだ遠征から帰ってこねえのか? 本格的に話し合いたいところだぜ」

「そうだのう、あやつだけ今回の一件に関わっておらんからな。 まあそろそろ帰ってくる頃合いだが、仲間はずれにされたなどといってヘソを曲げなければ良いがのう」

 

 二人の背後でギャーギャー騒ぐアディールたちの声を聞きながら、二人は盛大なため息をついた。

 騒ぐアディールたちと深刻な話をするエンハたち、どちらの会話にも混ざれずじわりと汗をかきながらソワソワし続けていたガイス。

 

 何かを言いたいらしく、ずっとタイミングを伺っていたらしいが、結局何も言い出せなくなってしまい、ハイペースでピーナツを口に放り込む事しか出来ていない。

 そんなガイスが目についたのだろうか、ハナビがふよふよとガイスの顔前に飛んで行く。

 

「何ウジウジしてんのよ! へなちょ小僧!」

「あ、ハナビさん! あなたにちょうど聞きたいことがあったんです!」

 

 パッと満面の笑みを浮かべるガイス。

 ハナビは若干引き気味の顔で少し距離を取った。

 

「な、何よ? 聞きたいことって」

「ハナビさんは、聖霊になって名前変えたんですよね! なんで変えたんですか?」

 

 ガイスの質問を聞き、ハナビは眉をクシャリと歪めた。

 

「なんだ、そんなことだったのね? 元の名前が嫌いだったからに決まってるじゃない」

「え? なんでですか?」

 

 食い気味に聞き返すガイスにうっとうしそうな視線を向けながら、ガイスが使っていたマグカップの持ち手に腰かけるハナビ。

 

「ほら、火花って危ないし地味でしょ? でも花火っていう遊び道具があたしたちの村にあってね、派手だし綺麗だし、すごいのよ?」

 

 ハナビは嬉しそうに微笑みながら淡々と語り出す。

 

「それに、エンハは色々あったせいでずっと笑わないひねくれた子だったの。 そんなあの子が初めて笑ってくれたのが、あたしが魔法で作った花火を見せた時だったからね」

 

 儚げな表情で遠くの方に視線を送るハナビ。

 

「だからあたしは、聖霊になったことだし名前変えちゃおうって思ったわけ」

「すっごくロマンチックです! かっこいいです!」

 

 ガイスは目をキラキラと輝かせながらハナビに視線を送ると、ハナビは胸を張りながら自慢げな表情をする。

 

「でっしょー? って言うかなんでそんなこと聞くのよ?」

「アディールも聖霊になったので、名前変えたほうがいいのかなって思ったんです。 でも、いい名前が思いつかなくて」

 

 ガイスは小さくため息をつきながら眉尻を下げた。

 

「なんだ、そんなこと? 無理に変えなくていいと思うけど? アディーって自分の名前嫌ってるの?」

「いえ、お父さんにつけてもらったみたいで、昔は聞いてもないのに自慢げに名乗りをあげたりしてました!」

「じゃあ変えなくていいじゃない? それに、ララーナちゃんもそのほうが喜ぶと思うわよ?」

 

 ハナビが肩をすくめながらララーナに視線を送ると、いつの間にか拘束から逃れていたアディールを追いかけて酒場の中を走り回っている姿が目に入る。

 

「なんで逃げるんですかアディール君。 こっちにいらっしゃーい」

「鷲掴みされるから嫌だ!」

 

 あいかわらず抑揚のない声で天井近くを飛び回っているアディールに声をかけるララーナ。

 

「ララーナさん! もっとお色気が必要です! この前教えたお色気ポーズをしながら呼びかけてみて下さい!」

「お前! いい加減にしろこのチビ! 偏食女! 煎餅かじって大人しくしてやがれ!」

 

 天井からヤジを飛ばすアディールに、シェンアンはぎろりと視線を送った。

 

「あ! ばか! やめろ! こんなくだらない事に能力使うんじゃねえ!」

 

 騒ぎながらゆっくりと落ちてくるアディールをララーナが両手でキャッチする。

 祈るように両手を組み合わせながらアディールを捕まえ、親指の隙間から不機嫌そうなアディールの顔が出ている。

 ララーナはそのまま組んだ両手を天高く掲げた。

 

「つっかまーえた」

「何をしとるんだおぬしらは! 酒場では行儀よくせんかぁぁぁぁぁ!」

 

 エンハが怒鳴り出したのをみて、ガイスとハナビは呆れたような顔でお互いを見合い、肩を揺らしながら笑いあった。

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