その契約は波乱の幕開け

 翌日、守護者の砦は騒然としていた。

 アディール死亡の噂が広まり、アディールに憧れていた守護者たちが痛哭していたのだ。 その惨状を見て、守護者の砦入り口で呆然としているララーナ。

 肩に座っているアディールは特に何も言おうとせず、泣きじゃくっていたり俯いている守護者をじっと見ている。

 

「私のせいで、こんなことに………」

「何言ってんだララーナちゃん。 君もここでベソかいてるやつらと同類かよ?」

 

 突然声をかけられ、慌てて振り返るララーナ。

 

「サラカさん? どうしてここへ?」

「どうしてもこうしてもねえよ。 ヘタレどもの目を覚まさせてやるためだ」

 

 サラカはララーナに一切視線を向けず、拠点の中央部にずかずかと歩いていく。

 

「アディールに憧れたとか豪語してた守護者共は、本当は大した事ねえ凡人しかいなかったのか?」

 

 独り言のように呟いたサラカに、鋭い視線が集まる。

 サラカは一番近くで睨んでいた守護者に皮肉な笑みを向ける。

 

「なんだよその目? アディールに本気で憧れて守護者になったやつらは、もう迷宮に行って猛特訓してるぜ。 あいつが抜けた穴を埋めるんだとよ?」

 

 サラカを睨んでいた守護者たちは、悔しそうな顔で拳を握った。

 

「つまりここでベソかいてるやつらは全員偽物だったってわけだ。 アディールに憧れてるとか言ってるだけで、自分は頑張ってるって思い込んでたわけだろ? 本気であいつみたいになりてえなら、今頃どうやったらもっと強くなれるのかを考えて、行動に移してる頃だ」

 

 サラカは周囲の守護者の顔を見渡し、スーッと息を吸う。

 

 「アディールの意志を引き継ぎてえなら、今すぐ行動に移せ!

  アディールに本気で近づきてえなら、手段を選ばず強くなれ!

  アディールが認める守護者になりてえなら、あいつ以上の功績を残して見せろ!

  ここで時間を浪費するくらいなら、あいつの名前は二度と語るんじゃねえ!」

  

 全身を刺すような覇気を振り撒きながら、サラカの叱咤が砦内に響き渡る。 すると周囲の守護者たちが纏っていた空気がガラッと変わる。

 

 無言で立ち上がり、みなぎる闘争心を瞳に宿しながら街の正門に向かっていく守護者たち。

 その守護者たちを横目に見ていたアディールは、ララーナの肩の上で呆れたように鼻を鳴らした。

 

「サラカの野郎、一丁前にカッコつけやがって」

 

 サラカの叱咤を真剣な顔で聞いていたララーナは、キュッと拳を握り、自分が装備している鎧を一瞥した。

 アディールが購入した、薔薇の彫刻が美しく刻まれた鎧。

 

「私もこんなところで油売ってる場合じゃなかったです。 ガイス君やアディール君に便りっぱなしじゃなく、自分の意志で電気反射に反応できるようになりたいです」

 

 ララーナの真剣な目を見て、アディールは嬉しそうに笑う。

 

「一緒に戦うって契約だもんな? ララーナも俺についてこれるくらい強くなってもらわないと困るぜ?」

「望むところです!」

 

 ララーナは瞳を輝かせながら迷宮に向かった。

 その後ろ姿を見てため息をつくサラカ。

 

「ガイスはこれから先を期待できるが、ララーナちゃんはなんとも言えねえな。 言わなきゃわかんねえやつはこの先のびねえだろうし」

「それはどうかしらね?」

 

 後ろから声をかけられ、サラカは困った顔で振り返る。

 

「ビークイットさんか? ガイスのやつは何かに取り憑かれたような顔で迷宮行ってたぜ? あいつは筋金入りの狂人だ。 普段はウジウジしてるくせに、テンション上がるとエンハの野郎をノロマ呼ばわりするらしいからな?」

「あの子は確かにすごい子だけど、ララーナちゃんだって変わってきてる。 昔のあの子ならきっと、今頃無表情のまま簡単な迷宮に行ってたと思うの」

 

 ビークイットはサラカの横に歩み寄りながら砦の入り口をじっと見つめた。

 

「朝、顔を合わせたとき言ってたわ? あの子、今日は八等級の迷宮に挑戦するんだって。 しかも一人で」

「八等級かよ、まだまだ先が心配だな」

 

 小難しそうな顔で吐息を漏らすサラカ。

 

「一人で八等級クリアできれば、仲間と一緒に十等級攻略も夢じゃないわ? もう少し様子を見てあげてもいいんじゃない?」

 

 微笑むビークイットの顔を見たサラカは、苦笑いを浮かべた。

 

「ま、今すぐどうにかできるだなんて思ってねえから、俺はとりあえず骨がありそうなやつ捕まえて迷宮行ってくるぜ?」

 

 頭の後ろで手を組みながら砦を出ていくサラカ。

 すると出ていったサラカと入れ違うように、山のような大男がものすごい勢いで砦内に入ってくる。

 

「予が遠征から帰ったぞ! 新しい迷宮を発見した! 遠征だ! 遠征である! 五聖守護者をすぐに呼べい!」

 

 赤茶色の短い髪をオールバック気味に掻き上げた筋肉隆々の大男。

 獅子のような気迫のこもった瞳で、砦の内部を見渡した。

 

「ビークイット! うぬも遠征の準備をせい! 五聖守護者たちに概要を伝え次第、近日中に出発するゆえ心しておくのだ!」

 

 大男は怒鳴っていると勘違いしそうなほどの声量でビークイットに声をかける。

 

「相変わらずうるさいわね、耳がおかしくなっちゃうわよ。 そんなことよりトゥアルド? 今結構面倒な状況になってるから遠征に行くのはかなり後になっちゃうかもしれないわよ?」

「なんだ? 面倒ごとか! 予もまぜい! 一体何があったのだ!」

 

 さらに声量を増したトゥアルドににじりよられ、ビークイットは苛立たしげに耳を塞いでいた。

 

「事情は話してあげるから、とりあえず静かにしなさい!」

「うむ! あい分かった! して、何があったのだ! はよう教えんか!」

 

 ビークイットは盛大なため息をつきながら、砦内の休憩所に足を向けた。

 

 

 ♤

 八等級の迷宮からの帰り道、ララーナはボロボロの体で帰路についていた。

 全身あざだらけで、髪もボサボサになってしまっている。

 

「いきなり八等級に一人は厳しかったみたいだな?」

 

 肩の上で足を投げ出しているアディールに声をかけられ、ララーナは首を振った。

 

「いえ! 早く強くなりたいので、明日は九等級に向かいます!」

「あ、まあ。 いけるとは思うけどな? 無理しすぎると体に毒だぜ?」

 

 初めての八等級に挑戦したララーナは、始めはアディールの電気反射に慣れるため、何もせずにアディールの掛け声に合わせていたため、序盤は問題なく魔物を倒せていた。 しかし途中からは、自分でタイミングを合わせようとして余計な動きをしてしまい、攻撃を外したり能力を操作するタイミングを間違え大きな隙を作ってしまったりしていた。

 

 結局最後までアディールの電気反射に反応できず、最後はほぼアディールの起点で魔物を討伐するハメになる始末だった。

 しょぼくれているララーナに困った視線を向けるアディール。

 

「俺も新たな能力開花に目覚めたぜ。 砂鉄を操っての攻撃を思い付かなきゃ、今頃大怪我してたもんな! まずは連携の練習から始めようぜ? 電気反射は基本的に俺一人でやった方が楽だから、無理に合わせようとしなくていい。 ララーナは自分の体を軽くしてくれさえすれば大丈夫なんだからよ!」

「ご迷惑をかけてしまいすみません。 だけど、アディール君の反射速度に追いつけないと、負担が全てアディール君にいってしまいます」

 

 元気付けようとしたのだが、逆に落ち込むララーナを見てアディールは渋面を作る。

 アディールはしばらくの間顎に手を添えて考え事をしていると、突然何かを思いついたようにハッと目を開いた。

 

「いや、電気反射で動くときは何もせずに俺に任せてくれていい。 それよりも新しい戦法を思いついた。 ちょっと体に電流流すぞ?」

 

 遠慮気味に頷くララーナ。

 するとアディールはララーナの肩に片手を置いて電流を流し始める。

 

「痺れるか?」

「全く痺れてません。 本当に私の体に電気を流しているのですか?」

 

 ララーナの返事を聞き、ニヤリと笑うアディール。

 

「電気系の魔法を使う守護者は自分が痺れないように体の表面に魔力の層を作るんだ。 俺はララーナと契約してるからララーナの体にも魔力の層が作れる。 ってことはお前の機動力を生かせば、無理に電気反射で動く必要性もなくなる。 あれは奥の手として取っておこう。 いろんな戦闘パターンを試行錯誤できそうだな!」

 

 にっこりと笑うアディールを見て、ララーナは頬を朱に染めた。

 

「………夢みたいです。 迷宮に行ってるのに幻獣種の魔物が出てこないし、死と隣り合わせの緊張に怯えることもなく、誰かと一緒にいろんなことを相談しながら冒険をできてます」

 

 ララーナはどこか儚げな顔で遥か遠くに見え始めたセイアドロを眺める。

 

 「今までは簡単な迷宮に行って、ただノルンの聖水を取りに行くだけの作業でした。 けど今は違います。 誰かと一緒に………いや、大切な人と一緒に迷宮を攻略するのって  ——————こんなにも楽しいんですね!」

 

 アディールは、ただ呆然とララーナの顔を凝視していた。

 

 

 

 満面の笑みを向けてくるララーナを見て、ただただ心を奪われたのだ。

 

 

 

 呆けているアディールに、ララーナは訝しげな視線を向ける。

 

「アディール君? どうかしたんですか?」

「あ、いや。 すまねえ、お前の笑顔がめっちゃ………いや、気にすんな。 なんでもない」

 

 顔を真っ赤にしながら両手を暴れさせるアディール。

 ララーナはハッとした顔でアディールをつまみ上げた。

 

「あ! おい! やめろ! 何しやがる!」

 

 するとララーナはなんのちゅうちょもなく、摘み上げたアディールを耳元に近づける。

 息をすればかかってしまいそうな至近距離にララーナの耳が近づいたため、思わず息を止めてしまうアディール。

 

「呼吸をしていない! 呼吸困難! 肺の病気かもしれません! 熱は!」

 

 ララーナは慌ててアディールを顔の前に持ってきて、ジッとアディールの顔を凝視する。

 アディールは目の前にララーナがいるせいで、顔から蒸気吹き出しそうなほど真っ赤になってしまう。

 

「はっ! 顔が真っ赤です! 病気です! すぐにビークイットさんに!」

「ちょーーーっと待て! これ前も似たようなことあったぞ! お前の勘違いだから落ち着け! そもそも俺聖霊だから病気とかあるわけねーだろ! おい! 鷲掴みはやめろ! 離せ! なんでいつもこうなんだよちくしょぉぉぉぉぉ!」

 

 広々と広がる草原の中で、アディールの叫び声がこだまする中………………

 ララーナは嬉しそうな顔で、セイアドロまでの帰り道を駆け抜けた。

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その一目惚れは死の宣告 直哉 酒虎 @naoyansteiger

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