その教えは英雄を育む

 西門の一本杉付近で睨み合う俺とディゼル。 どうやら俺の実力が認められたらしい。

 お互いの自己紹介を済ませ、ディゼルはニヤリと口角を上げた。

 

「そのボロボロの体で僕を殺す? 君は本当に面白い事を言う。 もしかして、守護者じゃなくて大道芸人だったのかな?」

「………雨の日はな、守護者みんな迷宮に行きたがらねえんだ」

 

 俺の言葉の意図を察していなかったのだろう、ディゼルは首を傾げている。

 あいつがお喋りに興じているうちに、切断された左腕と貫かれた脇腹に止血軟膏を塗って血を止める。

 

「雨の日は、緊急の狼煙や発煙等をあげても見えねえからな、みんな街でぐだぐだ過ごしやがる。 つまり誰も、俺が雨の日に戦っているところを見たことがねえんだ」

 

 残っている右手で指を弾くと、放電した雷は一直線にディゼルへと飛んでいく。

 

「グガァぁぁぁぁ! キ、貴様! 何を………」

「ララーナを逃したのは、自分が死ぬ覚悟をしてあいつだけでも逃がそうとしたから、とか思ってたか? 違うぜ? あいつが近くにいると、巻き込んじまって放電できねえからだ!」

 

 俺の放電は、雨の日は誰彼構わず一番近くのやつに必ず当たる。 雨が降っている時に、俺を襲ったのがあいつの不運。

 今の俺は、片足一本でも戦える!

 

「おもしれえよな? 普段は全く言うこと聞いてくれねぇ俺の雷は、雨の日だけ面白いくらい当たるんだぜ? 狙ってもねえのにな」

 

 苦悶の表情で俺を睨みつけるディゼル。

 

「右腕一本でも、十分てめぇと戦えんだよ!」

「調子に乗るなよ下衆が!」

 

 また背後からの奇襲、体が痺れててもあの黒い触手は動かせるようだ。 しかしこの攻撃は三度目、もう避けるコツは覚えた。

 三度目にして完璧にかわしきり、空中で身を捻りながら攻撃が飛んできた方に視線を送る。

 そしてこいつが使う能力の種がわかった。

 

「なるほどな、こんなのかわすのだけでも奇跡だろ。 お前は俺の影から攻撃してきてたんだもんな?」

「さて、いつまで続くだろうな?」

 

 ディゼルの足元と俺の影からウネウネと影の刃が飛んでくる。 この影の刃は切れ味が尋常じゃない。

 俺の足も腕も、紙みたいにスパスパぶった切りやがった。 けど、何度も見た単調な攻め、目が慣れれば避けることくらいできる。

 しかし同時に、避けるのに精一杯で攻撃に電力を裂けない。

 

「クソうぜえな!」

「それはこちらのセリフだ。 人間の分際でこの私にダメージを与える奴がいるとはな、あの世で自慢するといいさ」

 

 影の刃は前後左右、上と下からも無数に俺を狙う、このままでは全てかわし切るのは不可能だ。 しかし、攻撃をかわしながら、ふと目に入ったものがある。

 ディゼルの足元から俺の影に向かって伸びる細い影。 その影は特に攻撃することはなく、俺の影にくっついたまま動かない。

 

 つまり、あいつが伸ばしてる細い影に捕まれば、自分以外の影も自在に操れる。

 あいつは俺と長々話してる最中にあの細い影を飛ばして、俺の影にくっつけたのだろう。

 高速で動いても影からの攻撃がついてくるってことは、一度捕まったら逃げられないと言うこと。

 

 ならば対策は簡単だ。 俺は大きく距離をとり、一瞬だけ隙を作り出す。

 そして手の平に電力を集中させ、天高く手を掲げた。

 眩しい灯りが俺の頭上で輝く。

 

 影を使って攻撃してくるのなら、影を無くしてしまえばいい。

 ディゼルは俺の行動を見て、頬をひきつらせながら舌打ちした。

 

「死に損ないめ! 忌々しい!」

 

 ディゼルから伸びていた影は、俺の発した光を浴びて霧散していく。

 俺の影にくっついていた細い影も霧散した事で、俺自身の影からはもう攻撃が飛んでこなくなった。

 

「カラクリが分かれば単純なもんだぜ」

 

 俺は灯りを消さないよう、手に魔力を込め続ける。

 魔力もまだ少ししか使ってない、上手く使えばこのまま倒せるかもしれない。

 こんな怪我じゃ、またビークイットに何を言われるかわからないな。

 ビークイットの嫌味を想像して、苦笑いを浮かべてしまう。

 

「おい、何勝った気でいる? 少々面倒だったが、ようやく片付いたか」

 

 俺は一瞬自分の耳を疑った。

 なんせ俺の頭の上では電気によって発生させた灯りが爛々と輝いている。

 影が入り込むところなど………

 

 そう思っていたが、足の裏に伝わる感触を察知して、慌てて飛び上がる———

 

「こいつ、地中を掘って………」

 

 下唇を噛みながら、切断された下半身が地上に落ちていくのを見送った。

 

「光があれば、必ず影もできる。 私から出ている影は自由に動かせるからね。 地中を掘って進むこともできる」

 

 ぼんやりした視界の中で、邪悪な笑みを浮かべるディゼル。

 

「自分が光源になったから影ができないと思って油断したな? 君がさっきみたいに動き回っていれば、こんな芸当はできなかったんだよ。 動きの速さが君の武器なのに、油断してその武器を手放したのが運の尽きだったみたいだね?」

 

 油断、確かに否定できない。

 このままいけば倒せるかもしれないとか思ってた。

 情けない話だ。

 油断の隙を突かれ、たった一撃で全て終わる。

 

「貴様がどんなに早くても、影からは逃げられない。 光より早く動けたのなら、逃げることはできたのかもしれんがな?」

 

 大雨の中、切断された下腹部から血飛沫をあげ、宙を舞う。

 時間がゆっくりと進み、目の前で降り注ぐ雨がゆっくりと動き、水滴の一つ一つがしっかり見えていた。

 

 おそらくこれが、走馬灯。

 右腕一本にされた俺に残された、最後の猶予だ。

 

 

 

 オヤジが生きていた頃、俺によく言っていた言葉がある。

 

 『いいかアディール。

 お前はとにかく強くなれ!

 腕っ節だけじゃない、全てにおいて強くならなきゃいけない。

 お前は優しいから、誰彼構わず助けようとしちまう。

 それは親として誇り高いことだ。

 だから強くなれ!

 武力、魔力、財力、知力、精神力、権力!

 あらゆる力をつけるんだ。

 お前はきっと大きくなったら守りたいものが増えていく。

 大切なものが増えていく。

 武力や魔力だけつけても、守りきれないものがきっと出てくる。

 大切なものを守るために、ただひたすらに強くなれ!』

 

 俺は親父を尊敬していた。 けれど突然、帰ってこなくなった。

 悪霊と遭遇して、二度と帰ってこれなくなったと聞いた。

 

 悔しかった。

 あんなにかっこよかったオヤジが

 あんなに輝いていたオヤジが

 俺の中のヒーローだったオヤジが

 悪霊と呼ばれた化け物に、簡単に殺された。

 

 家族がいなくなって、ガイスたちに拾ってもらって。

 当時食糧難な上に治安も悪いこの街で、子供二人育てるのがどんなに大変だったことか。

 それでも俺を、文句ひとつ言わずに育ててくれた。

 

 恩返しをしたいと思った。

 家族がいなくなってから初めてできた、守りたいもの。

 だから親父に言われた通り、筋トレも魔法の訓練も、戦闘の経験も知識も、金だって貯めた。

 腹一杯飯を食ってもらいたかったから、食糧難の原因も潰すことにした。

 

 ガイスたちは、治安も悪いせいで街の中を歩くときもビクビクしていた。

 恩返しをするためにはこの環境から改善する必要があった。

 この家族を守るために、この街をもっと住みやすくするために、俺にできることを必死に考えた。

 

 俺は食料難の原因だった農家をぶっ潰して、治安を悪くしてた守護者たちも片っ端からぶっ飛ばして。

 ガイスの家族だけでなく、この街の一般人たちが住みやすくなるように街を変革させた。

 その功績が認められ、五聖守護者にもなった。

 

 五聖守護者になって権力も手に入れた。

 親父に強くなれと言われ続け、俺は言われた通り強くなった。

 

 この街を、前より格段に住みやすい街に変えられた。

 ガイスの家族を、笑顔にさせることができた。

 

 けれど、それでもまだ足りない。

 悪霊は天災を引き起こすほどの魔力の結晶体から産まれる。

 天災そのものだ。

 こいつ………悪霊に勝つためには、まだ力が足りなかったんだ。

 

 

 

 ——————いいや、まだだ。

 

 まだ終わっちゃあいねえ。

 俺はまだ息をしている。

 魔力も十分残ってる。

 動かせるのは右腕一本。

 

 下半身を切り落とされ、左腕も切断された。

 けどまだ生きてる。

 

 思考も回る。

 意識もある。

 息をしている。

 心臓も動いている。

 

 だったら、全然余裕で戦える。

 人に注意しておいて自分が油断かよ。

 余裕ぶっこくのはまだ早い!

 

 さっきこいつは言っていた、五人目が悪霊になったが自分が吸収したと。

 つまりララーナにつきまとう悪霊は、こいつが正真正銘最後だ。

 

 こいつさえ倒せば、ララーナにつきまとう悪霊は本当にいなくなる。

 だったら最後の最後まで俺は戦うだけ。

 

 理由なんてない、ただララーナと約束したからだ。

 今ある力を全てを出し尽くし、こいつをぶっ倒す。

 ララーナにもう一度微笑んで………………

 

 いや、ララーナを満面の笑顔にさせるために!

 

 たとえこの体がどうなろうと俺は!

 この一撃が、最後になったとしても全然構わない。

 全身全霊、俺に残ってる全てを使って!

 

 ——————こいつをぶっ倒す!

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