その一目惚れは死の宣告

直哉 酒虎

その一目惚れは死の宣告

「その一目惚れは死の宣告」

 

 約束が守られることなど、人生の中でそうそうない。

 むしろ守られない約束の方が多いだろう。


 何人もの人に守ると誓われ

 何人もの人に約束を破られ

 何人もの人を犠牲にしてきた


 私はまるで死神のようだ。

 関わったものを死にいたらしめる、呪われた女だ。


 あの人はすごく強かった。

 だから今回はきっと約束を守ってくれるって信じていた。


 信じていたからこそ辛い思いをした。

 結局人間は、約束など口先だけでしか誓えない。


 まんまと信じてしまった私がバカだったのだ。

 私はまた一人見殺しにした。

 こんな事なら信じなければよかったと後悔するのは、これで十三度目だ。


 冷たい雨に打たれ、体と心が冷え切っていく。

 流れる景色はまた灰色に変わっていく。

 私は何度、この絶望を味わえば気が済むのだろうか?


 もう二度と、大好きな人が私を置いて行ってしまう所など………


 ——————見たくなかったのに。

 



 ♤

 雲一つない空で、照りつける太陽が西に傾き始めた頃。

 広々と広がる草原の中に、透明な障壁に囲われた空間があった。

 その空間の中にいた青少年二人が、楽しそうに会話しながら歩いている。


「な? 言っただろ? ガイスの腕なら余裕だって!」

「いやいや、生きた心地しなかったよ。 まだ守護者になって三ヶ月しか経ってないのに、あんな怖い魔物と戦うなんて………」


 付かず離れずの距離感を保ち、ゆっくりとした歩調で歩みを進めている。

 二人を囲う障壁の外には魔刈霧【まかいむ】が満ちているため、障壁の外には出られないのだ。


 この世界の空気は魔刈霧によって汚染されている。

 その名の通り、触れるだけで魔力を刈り取ってしまう呪われた霧だ。

 この世界での生命力はいわゆる魔力だ。


 魔力は全ての物質に宿っていて、これがなくなれば死に至る。

 魔刈霧の汚染からは、トメリコの樹という巨木を中心に展開された障壁でしか守ることができない。

 この世界の街や村はトメリコの樹の根本に作られている。


 それぞれの街で戦闘能力に長けた人間が選ばれ、トメリコの樹を削って作られた木札を渡される。

 その木札に魔力を込めて簡易的な障壁を展開する事で、街の外に出ることができるようになるのだ。


 今、平原を歩いている二人は守護者と呼ばれている。

 トメリコの樹を枯らさないため世界中に散らばった迷宮に行き、養分であるノルンの聖水と呼ばれる神聖な水を取りに行くのが仕事であり、現在は迷宮からの帰り道。


 ノルンの聖水には神聖な力が宿っており、世界中に分布する迷宮の奥深くに存在している。

 迷宮にはさまざまな魔物が生息しており、魔物の強さはノルンの聖水の質によって大きく変化する。


 二人が向かった迷宮の攻略難易度は、例えるなら最難関の一歩手前。

 素人が足を踏み入れれば、即座に魔物に噛みちぎられてしまうだろう。

 そんな危険な迷宮に、たった二人で向かっていたのだ。


「なんでガイスはそんなに自己評価低いんだよ、その実力ならもっと威張ったっていいくらいだぜ?」


 先を歩いている赤髪の青少年が、じれったそうな顔で呟く。

 短い髪をツンツンと尖らせ、鷹のように鋭い瞳をした細身な体型。

 身軽な格好をしているが足元だけは鎧で固められていて、動きやすさを重視するため関節を圧迫しすぎないよう細かな細工が施されている。


「そんなこと言っても、僕はまだアディールとしか迷宮行ったことないから………他の基準がわからないんだよ。 だからと言って今ごろ他の人を迷宮に誘っても、断られちゃいそうだし」


 後ろを歩いていた紫髪の青少年は困ったような顔で俯いた。

 左目は長い前髪で隠れており、ゆったりとしたローブを着ていて鎧は装着していない。


 そんな彼の顔を見て、アディールは少し悔しそうな顔をしながら進行方向に視線を戻した。


 二人は幼馴染で、両親が亡くなってしまったアディールを、ガイスの家庭で引き取った。

 ガイスの両親は一般の家庭だったが、貧しい暮らしにも関わらずアディールを笑顔で迎え入れた。


 アディールは拾ってもらった恩を返すため、守護者になる事を決めた。


 彼らの街では十五歳から守護者の訓練場に入門できる。

 訓練場での教育はかなり厳しく、入門した八割の門下生が守護者になることを諦める。

 守護者になるのはかなりの才能とセンス、たゆまぬ努力が必要なのだ。


 障壁の中でしか生活できないこの世界の人々は、食事も娯楽も最低限しかたしなめない。

 生活が安定するのは守護者くらいだ。

 彼らは街を守るため命をかけて迷宮に向かっている、必然的に守護者たちは街の人々から敬われてもおかしくはない。


 いわば街の英雄と言っても過言ではないのだ。


 アディールはガイス一家に恩を返すため、引き取られてすぐ訓練を始めた。

 少年期から毎日の筋力トレーニング、魔法の練習を倒れるまでし続けた。


 十五才になり、訓練場に入門するまで休むことなく毎日、毎日………

 努力の甲斐もあり、アディールは入門と同時にメキメキと成績を伸ばし、並外れた戦闘センスを発揮してかなり有名になった。


 アディールの親は二人とも守護者だったため、彼には元々才能もあったのだ。

 たった半年で訓練場を卒業し、十五歳で守護者となったアディールは、瞬く間に街での人気者になる。


 ガイスはそんな彼の背中に憧れ、追いかけるように訓練場に入門した。

 しかし彼が卒業したのは三ヶ月前。

 卒業までにかかったのは、十六歳で入門してから二年と四ヶ月。


 無論、アディールとは守護者の経験、実力も天と地ほどの差がある。

 そのため、幼馴染というだけで二人が共に迷宮に向かう事を、他の守護者たちはよく思ってはいないのだ。


 そのことを知っているアディールは、複雑な表情で進行方向に視線を送る。

 視線の先には、見上げるだけで首が痛くなりそうなほど巨大な樹がそびえ立っている。


 これが二人の故郷を守るトメリコの樹、通称【セイアドロ】だ。

 街の名前はトメリコの樹と同じ呼称をされるため、この街はセイアドロと呼ばれる。


 アディールは街を見ながら、気を取り直すように小さく頭を振った。


「ま、とりあえず今は腹減ったし、とっとと聖水奉納して飯食い行こうぜ?」


 アディールは親指で街の方角を示し、不器用に笑いながら振り向いた。



 ♤

 街に帰ると入り口付近に半透明な障壁があり、二人は何食わぬ顔でそれを通り抜ける。

 この障壁は街を守るように円形に展開されていて、これがセイアドロから発生している障壁なのだ。

 

 そして街の正面に位置する巨大な門の前で、二人は門番に木札を見せた。

 この木札は二人が守護者であることを証明する身分証であり、魔刈霧から身を守るための命綱だ。

 

 門番は木札を一瞥し、門の上に控える別の兵士にアイコンタクトを送る。

 すると木製の巨大な門の一部が開かれる。

 門の大きさに反し、開いた扉は人一人が普通に通れるくらいのサイズだった。

 二人は慣れた足取りで扉を抜けて街に入る。

 

 周囲からは妬むような視線を向けてくる者が多数いる中、アディールは後頭部を覆うように手を組み堂々と歩く。

 すると周囲からの視線は、ガイスに集中し始めた。

 嫌な視線を集めているのはアディールではなくガイスだったのだ。

 

「うわ、金魚のフンが帰ってきやがったぜ?」

「はは、笑わせんなよ。 知ってるか? あいつ、アディールさんにおんぶに抱っこされてるだけの雑魚らしいぜ?」

「ただ運がいいだけのラッキーマンだもんな?」

 

 この時間帯は迷宮から帰ってくる守護者が比較的多いのだ。

 ガイスに嫌な視線を向けている守護者たちは、コソコソと耳打ちをしながらケラケラと嫌な笑い声を上げ始める。

 アディールは青筋を浮かべながら振り返ると、俯きながら縮こまって歩くガイスが目に映る。

 その姿を見たアディールは、小さく舌打ちをしながらため息をついた。

 

「ガイス、お前に文句あるやつがいるみてぇだが………どうする? お前の力見せつけてやった方が早いぜ?」

 

 怒りの沸点を通り越したアディールが、全身から物騒なオーラを振り撒き始めると、ガイスに向けられていた視線はあさっての方向に向けられる。

 

「やめてよアディール! 僕がうとまれるのは当然じゃないか! 守護者になりたての僕があんな質の良いノルンの聖水を持って帰れるのは、アディールのおかげに違い無いだろう?」

「ちげぇな、お前のサポートが的確だからだ。 俺一人の力じゃねぇ」

 

 慌てて駆け寄り耳打ちをするガイスに対し、わざと大きめの声で返答するアディール。

 アディールが血走った瞳で周囲の守護者たちを見渡すと、凄まじい気迫に恐怖した守護者たちは二人の様子を横目に見ながらそそくさと退散し始めた。

 その場に居合わせた一般人たちも『何事か?』とざわつき始めたのを見たガイスは、あたふたしながらもアディールの背中を押して無理やりその場を離れる。

 

「それでも支援魔法を使う僕が、最強クラスの守護者なんかと一緒にいたら羨ましがられるのは当たり前じゃないか! 僕のことは気にしなくて良いから早くトメリコの樹にノルンの聖水を奉納しに行こう!」

 

 ガイスに背を押され、無理やり歩かされながら不機嫌な顔をするアディール。

 

「ったく、つまんねえ事で難癖つけやがって。 だからどいつもこいつも雑魚のまんまなんだ」

 

 アディールの呟きを聞き、ガイスは苦笑いしながらも街の中心部に生えている巨大な木に向けて歩みを進めていった。

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